第24話① 一番の敵の監視カメラだが
片側だけでも三車線ある道路、幅広歩道には欅の並木。中央帯の上部には名古屋高速の高架が屋根となった広場となった大通り。両側には雑居ビルが壁のように続いている。
緊急幻獣速報に続け警報が発令され、人々が避難を開始していた。
子供を抱えた母親もいれば、老親の手を引く男性の姿もある。細かくは慌てふためくものもいたが、歩道を続々と進む人の動きは落ち着いたものだった。
たった一つの警報で、これだけの人が動くのだ。
改めて咲月たち侍が担う責任の重さというものを感じる。幻獣に襲われる人々を間一髪で救い、その歓声を受け誉め讃えられるような単純な仕事ではないということだ。
「さて、僕らも避難しようか」
慎之介は戦う力を持っているが、大っぴらにはできない。咲月からの応援要請がなければ、身を潜めやり過ごすのが正解だ。
「了ー解っ。近場のシェルターで空いてるとこ探すね」
陽茉莉も心得たものでスマホを使い検索しだす。幻獣災害に備えたシェルターは幾つもあり、利用可能な情報の提供も充実している。
「公共シェルターは……うへー、これ直ぐ満員だわ。そうすると近場で残ってんのって、私設シェルターだー。って、安いとこは全部駄目だし」
「残ってるのは、どんなだ?」
「えーっと、お一人様三万円、最高級安全対策のされた個室でテレビ付きだってさ。ていうか、高級ホテルみたいなサムネだわ。うわ、ありえーん」
「いや逆に、その値段でコンクリートの打ちっ放しだったら腹が立たんか?」
「そらそうだね」
公共であれば無料なので間違いなく足元を見た価格だが、それでも命大事のため利用するしかないのが現実だ。
「三人分なら九万円か。目眩がしそうな気分だ」
「な、ならっ……そ、それならっ。慎之介お兄さんの側に居るから。だ、だから私を守れ、守りなさい……守って」
静奈は指を向けてきた。どうやら命令しているつもりらしい。だが全く迫力はない。むしろ逆に保護意欲を掻き立てられるぐらいだ。
「一応はヘルメットとコートもあるけどな」
慎之介は自分の鞄を軽く叩いた。
「だからって勝手に動いて戦うわけにもいかん。いろいろ面倒になる」
「ういっ……それもそう。な、なら駄目?」
「危ない状況だ、ちゃんと避難した方がいい。まずは、とにかく安全第一だ。陽茉莉も静奈君もね」
「あっ。な、名前呼んでくれ、た」
静奈は軽く口元を押さえて恥じらうような仕草をした。だが、それも束の間で直ぐに上目遣いで睨んでくる。
「でも……静奈君? あ、あの人は呼び捨てなのに……むぅ……私も、呼び捨てにして。しろ、して下さい。そしたら避難してあげる、わ」
「はぁ……避難してくれ、静奈」
「うん、避難する」
静奈が嬉しそうな顔をした。
「うあーぁ、お兄ってばさ。自分の行動って客観的に見れてる? いや、無理か。だよね、お兄だし。もう本当、これだから。あーぁ」
「なんだか酷くないか?」
「酷くないし、お兄が悪いし」
「へいへい、どうせ酷くて悪いよ。ほら、避難するぞ」
慎之介は諦め、呆れきった様子の陽茉莉と嬉しそうな静奈を連れ、お高いが近くにある避難所を目指し移動を開始する。
「ん?」
慎之介はポケットで震動するスマホに気付いた。
大方予想はついたが咲月からだった。申し訳なさそうに協力依頼をされたが、合流するのは丁度指定された場所の近くだ。しかし陽茉莉と静奈と居ると言ったら、何故か急に不機嫌そうにされた。
「……なんなんだ?」
通話を終えたスマホを、微妙な気分で見つめた。その間、陽茉莉も静奈も黙って慎之介を見ている。二人とも内容は察しているらしい。
「来て欲しいと頼まれた。でも行く前に二人ともシェルターに送ってく。それからシェルター利用の領収書は貰っておいてくれ」
慎之介は額に手を当てた。後で咲月に請求するつもりだが、経費で落ちるかは微妙なところだ。
人の姿が消えた街はどこか不思議で、全く見知らぬ場所のような気がする。生活音のなさが、それに拍車をかけていた。ただ時折遠くから破砕音や爆発音が響く。
どうやら幻獣が暴れ、誰かが戦っているようだ。
ただし音はビルなどで反響するため、実際の場所は不明である。アテもなく探すよりも、まずは咲月に指定された場所に行くのが正解だろう。
「さて、一番の敵の監視カメラだが。とりあえず問題ない」
既にヘルメットは着用している。買ったばかりのジャケットは陽茉莉に預けてあり、白シャツの上にコートを羽織った。建物の硝子に映る自分の姿を改めて見てみると、怪しげな人物に見えなくもない。
ふと、慎之介は足を止めた。
視線はやや上、そのまま軽く辺りを見回す。視界の端でビルの壁面を影が過ぎった気がしたのだ。
「!」
ヘルメットのセンサーは反応していないが、慎之介は直感に従い飛び退いた。
思いっきり横に動いて雑居ビルの入り口へと身を張り付かせる。直後、それまでいた場所を影が過ぎり、同時にアスファルト舗装が激しく引っ掻かれた。
少し行った先で白い姿が止まって振り向く。
放置された大型スクーターと同じサイズの白いそれは、鳥に似た流線型をした姿で、尾羽の代わりに刃のついた尾がある。
ようやくヘルメットモニターに注釈が表示された。
「オンモラキか」
少し前に見たテレビ番組を思い出す。撃録侍密着二十四時という番組だ。飛行型幻獣オンモラキが、空を高速で移動し辻斬りをする様子が放映されていた。番組ではモザイクがかかっていたが、犠牲者は明らかに真っ二つにされていた。
「まあ見えていれば何とかだな」
羽ばたこうとするオンモラキを慎之介は掴んで捕らえた。もちろん念動力という不可視の手で行っている。細い体躯のため、そのまま圧殺して片付けた。
「早いところ行こう」
咲月から連絡のあった場所は、もう近い。
念の為に頭上にも注意を払い小路を横切って一つ区画を通り抜ける。道路にゴミが散乱している。だが、これは普段からだ。
「最後に連絡があった指定の場所は、ここらだな」
信号の無い丁字交差点から横の小路を覗くと、カフェ店舗の先に木々が密生した場所があった。そこは矢場町という名を受け継いだ公園で、地下は避難シェルターとなっている。
もちろん避難シェルターはとっくに受付完了しており、木々の向こうに見えるシェルターの看板横に『満』の文字が表示がされていた。
「む? この音……」
慎之介は微かな金属音を聞いた。硬く澄んだ音で、金属同士が断続的にぶつかり合う類のものだった。さらに人の叫びや気合い声まで聞こえてくる。音がするのは間違いなく公園だ。
嫌な感じがして矢場公園へ、木々の並ぶ場所に近づく。
音がはっきりとした。これは間違いなく斬り合いの音だと気付く。人と幻獣の戦いではなく、人と人が刀を交え戦っているのだと察した。
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