第13話② 駄目って言ったら、絶対許さない……許さない
幅狭な生活道路の左には学校の校舎、右にはマンション。
そんな道の先、グラウンドの防球ネットの傍らに制服姿の女子学生二人が立っている。どう見ても陽茉莉と静奈だ。妹の姿は遠くからでも見分けられるし、撫子色した髪はよく目立つ。
「実は陽茉莉ちゃんに、一緒に行きたいって頼まれたの」
「おい……」
慎之介が眉を寄せていると、咲月が笑顔で言った。
「車両、一時停止」
音声指示によって車が道の端に寄り停止、小癪な事に自動でハザードランプも点灯している。二人が駆けてくると、ボタン操作でドアが開いた。
さっそく陽茉莉が乗り込んで来る。
「うわーい。お姉、ありがとー」
「ごめんね、ちょっと待たせたよね。うん、乗って。直ぐに出るから」
「はーいはい」
後ろから車が来ているため、陽茉莉は急いで座席の上を横に移動した。それに続いて静奈が乗り込んで来るが、鈍臭く頭をぶつけている。
「ふあっ」
「大丈夫?」
「へ、平気よ。これぐらい……平気、なんだから」
百歩譲って陽茉莉は分かるが、どうしてか静奈も一緒だ。
ちらりと後ろを見れば、静奈は頭を押さえ呻いている。何故来たかと聞きたいが、尋ね方によっては酷い言葉になりそうだ。言葉選びを考えていると、気付いた陽茉莉が後ろ座席から身を乗り出してきた。
「あたしが話したら静奈も来たいって。いいでしょ」
「よ、よろしく……もしかして……私が居たら駄目……駄目? 駄目って言ったら、絶対許さない……許さない。だから連れてきなさい……連れてって、下さい」
「大丈夫、お兄はそんなこと言わないし」
「そ、そうよね。私だけ仲間はずれ、そういうの……ないよね。そういうの……ううっ、仲間はずれ。そういうの……」
後ろの席からそんな声が聞こえ、慎之介は何も言えなくなる。しかも隣の席からは抑えた笑いが聞こえてくる。もうどうしようもない。
「……御家老の許可は貰ってるよな?」
静奈の父親は尾張藩筆頭家老。
しかも娘に友達が出来ただけで一時間は嬉々として語れる親バカで、それだけ娘を大事にしているという事である。しかも娘の為に権力を行使する事を躊躇しないぐらいだ。実際、それで慎之介は救われている。
そんな娘を連れ回して大丈夫かという心配が強い。
下手すれば捜索願いが出されたあげく、各所で検問が行われ捜索隊が派遣される懸念さえある。割と本気で。
「だ、大丈夫……お夕飯まで家出するって、父には伝えた」
「それは大丈夫じゃないと思うが」
「うい? 詳しいことは母には伝えてある。ネタ探しって言ってあるから大丈夫……たぶん」
静奈は母と共同で小説を執筆しており、その為に張り切っているらしい。
そんな時に静奈の持つ学校指定の革鞄から音が響いた。間違いなく着信音だ。ごそごそ取り出し確認している。
「むうっ、また父から……本当しつこい、とってもしつこい……着信拒否」
えいっと呟きが聞こえ音が途切れた。どうやら本当に着信拒否がなされたらしい。あまりにも気の毒な扱いである。
「それより、今日の訓練、特訓? ……是非見たい。戦闘シーン書くの苦手、だから参考資料欲しいの」
ウキウキした声は、もう完全に行く気だ。止めても無駄なのは明らか、こうなると慎之介は妥協するしかない。
「見るのは構わない。でも、御家老の事はなんとかしてくれないか」
「えっ? 嫌……かな」
「そんな事を言わずに」
「ふうん、どうしよう。何かお願い聞いて貰う……何にしよう」
静奈はどこか嬉しそうな口調で言った。
お願いは保留にされ、陽茉莉が中心となって会話が始まった。主に咲月と授業のことや学校の些細な事などを話しているが、途中で静奈にも話題を振って楽しくやっている。
――仲良きことは良きかね……。
慎之介は心の中でこっそり溜め息を吐いた。
尾張藩と大垣藩を繋ぐ高速道路を進み養老へ、そこから東海環状自動車に乗り換え尾張藩領の山県へと移動。そこから今は尾張藩に編入された揖斐郡へと進む。地景の影響もあり、風は強く夏は酷暑で冬は豪雪という地だ。
更に山奥へと進んで行く。
「ここが目的の場所なのか?」
道路の直ぐ横に急な斜面が迫りトンネルが幾つもあって、数軒程度の集落が点々と存在している。風光明媚なだけにツーリング中のバイク集団とも擦れ違う。
「もう少し行くと、随分と昔に閉鎖された道の駅があるの」
施設が老朽化して赤字続きとなって閉鎖されたが、地元地区には撤去する財力などあるはずもない。そして放置された施設に不審者が住み着いたり、不法投棄がされたり問題となっていた。最近では不審火による小火も起きているらしい。
「だから管理に困って、特務課の訓練施設という形で引き取ったのよね」
「そんなところで訓練?」
「建物内の訓練に使えるもの。あ、でも今日は広い場所でやるから使わないよ。周りを気にせず動けるから安心してね」
咲月は楽しそうに言っている。
ダム湖を横に見つつ、山沿いの曲がりくねった道を行く。
殆ど交通がないためか、道には猿の群れが居た。車が近づくと大急ぎで路肩に避難し、そこから警戒しながら見つめて来る。都会では見られない凄い光景だ。
「他の侍、さっきの志野と赤津とか部下の人たちは来てるのか?」
「うん、もう来て自主訓練してるはずよ」
「だったら、ここらで一度降りるか」
「どうして?」
「一緒に行くと関係を疑われるだろ」
慎之介の正体を気取られるわけにはいかず、出来るだけ情報を隠す必要はあう。
「それもそうよね、うん。だったら、今ここで渡しておくわ」
咲月は身を捻って後部座席の足元に置いてあった紙袋を引っ張り出した。中から取り出したのは、掌サイズの黒い半円形の板だ。
「展開」
その言葉に反応し、半円物体がスライドしフルフェイスのヘルメットになる。全てが真っ黒だが顔にあたる部分は艶があり、顎周りから後頭部にかけては金属質。左右に短いブレードアンテナが二つずつ伸びた。
「……これは?」
「顔を隠す必要があるでしょ、中はモニターになってるし通信も出来るよ。侍用装備の試作品、無理を言って貰ってきたから。大事に使ってね。それで、収納」
もう一度咲月が呟くと、ヘルメットは半円形に戻る。
「それはいいが、この格好にか……」
慎之介は仕事帰りの背広姿だ。それで真っ黒なフルフェイスは、全く怪しい。
「分かってる、もう一つあるから」
言って咲月はヘルメットを慎之介に手渡し、また身を捻って後ろに手をやる。今度は取るのに苦労して頑張るので、身体が必要以上に慎之介の方寄って来る。陽茉莉に手伝って貰って、紙袋から黒い塊が引っ張り出された。どうやら布系らしく、軽いが思っていたよりは重めだ。
「はい、これ。こっちも試作品のもの」
「これは?」
「広げるとコートになるの。どっちもコストが高すぎで採用は見送られたけど、性能は凄いんだから」
良い事をしたといった感じで笑い、咲月はパネルを操作し車を止めた。
「じゃあ、また後でね。待ってるから」
「あー、分かった」
そして慎之介はヘルメットとコートを抱えたまま降ろされた。ドアが自動で閉まり車が走り去る。走行音が遠ざかると、鳥の鳴き声や風の音が耳をつく。
「……展開」
慎之介は仮面を付けた。黒い布の塊は確かに一振りすると、コートになった。それを羽織って具合を確認すると、侍らしい速度で駆けだした。
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