第12話 高い壁

 九月に入ってからはロンバルディア杯のために振付のブラシュアップする期間にしている。

 課題であるスケーティングの質を高めるために、大西先生が指導してもらうことになったの。

 午後八時半、クラブの貸切練習の後に希望者が残っている。


「それじゃあ、始めようか」

「はい」


 始めたのはコンパルソリーと言われる図形を描いて、どれだけきれいに滑れるかを確かめる。

 昔は競技にも採用されていた。

 大西先生がジュニアに上がる前に廃止されたけど、いまも練習メニューとして使う選手も少なくはない。


 コンパルソリーの図形は指定されたもので大西先生がお手本を見せてくれた。

 みんなも同じように練習をしていくことにしたんだ。

 わたしも同じように滑っているけど、背筋をきれいに滑ろうと意識してわかる。


友香ゆかちゃんは全体的にできているね。でも、ちょっとだけ左のバックインのループ、うまく滑れてないね」

「はい……サルコウも同じですよね。踏み切るときの」

「そうだね。右のバックアウトはきれいなんだけどね。ループジャンプは得意だと思うから」

「はい」


 それを話して自分の苦手意識を考えていることが具体化しているので、サルコウジャンプの不調の原因になるかもしれない。

 わたしはサルコウに関して苦手意識があるので、このエッジの使い方に癖があるみたいだ。

 そのときに清華せいかちゃんの方を見てみると、みんなが集まっているのが見えた。


「友香ちゃん、清華ちゃんのやつ見て! めちゃくちゃきれい」

「え、マジ?」


 清華ちゃんはコンパルソリーの位置がほぼズレていない、きれいな状態で三周しているのが見えた。

 めちゃくちゃきれいに姿勢で少しスピードに乗ったまま、お手本のように滑っているのがわかる。


 コンパルソリーは同じ図形を三回滑って、順位を決めたりしていることが多かったみたい。

 たぶんコンパルソリーがあった時代で、このクオリティだったら上位に行けるかもしれない。


 それを見て、伶菜れいなちゃんが質問をしていた。


「清華ちゃん。きれいだね、コツはあるの?」

「う~ん……、どうなんだろう。こういうのはついつい集中しちゃうから」


 清華ちゃんはそれを話しながら説明するのは難しいみたいで、首をかしげながら考え込んでいる。


「たぶん重心と軸のイメージがついているのかもしれない。頭から糸で吊られているイメージで、正しい姿勢とエッジで氷を押す位置を把握しているんだと思う」


 佑李ゆうりくんが聞いていると清華ちゃんも思いついたようにピンときたみたいだ。


「確かに、それに近いかも。一押しして、あとは氷の上でエッジを固定しているだけだから。体も無駄に動かないし」

「それと目線かな? 俺はわかるんだけど、進行方向を目線で追っているでしょ? 自然と進む方向へエッジを傾けているし。車の運転に似ている気がするのは、俺だけかなって思ってるけど」

「ああ~。言われてみれば、そうかもしれんなぁ」


 大西先生もうなずいているけど、清華ちゃんは少しわかっていないところもあるみたい。


「たぶん清華ちゃんや伶菜ちゃん、彩羽いろはちゃんが急成長したのも、スケーティング重視でコンパルソリーを練習メニューに入れたからじゃない? エッジワークはジャンプを正しく跳べるようになるし」


 スケーティング重視の練習をしている東原ひがしはらFSCフィギュアスケートクラブでは、ジャンプの上達するスピードが速い子が多い。

 だからスケーティングの上達が選手としての強化に繋がっているような気がする。


 名古屋なごやから移籍してきた和田わだ彩羽ちゃんの急成長を見ていて、スケーティングが上達したことでジャンプが跳びやすくなったのかもしれない。


「確かに。彩羽ちゃんも、それに当てはまるかもしれない」

「そうだね。わかる」


 それからコンパルソリーを終えてからは、それぞれステップを練習することになっている。

 午後九時になっているけど、一度整氷するときに休憩する。

 自分のエッジを手入れしてから、一度エッジケースにはめる。


 その時にスマホにはLINEの通知が来ているけど、アイコンを見てちょっとだけドキッとした。

 それは西倉にしくら和樹かずきくん……初恋の相手だったんだけど、また好きになってしまっている。


 彼はアイスダンス選手でいまは関西に練習拠点を置いて、実際に世界選手権の日本代表として活躍している。


『今度のロンバルディア杯、俺らも出るからよろしく』

『やった~。楽しみ』


 それだけ送って、再び練習をすることにした。

 整氷が終わってからはそれぞれのプログラムを曲かけで練習することになっている。

 そのときに清華ちゃんが更衣室から出てきて、リンクに入っているのが見えた。


「すごいきれいじゃん」

「うわぁ!」

「それ、新しい衣装?」

「うん……一応、こっちが本命なんだ」


 少し照れながら同じように話していることをしているのが見えたの。

 清華ちゃんが着ているのはフリーで使う衣装だけど、いつも見ているのではなくて新しいものだったんだ。


 ハイネックで長袖は袖口が広がっていて、スカートはふんわりとした仕上がりになっている。

 上半身は白くて、スカートや袖口にかけて青へとグラデーションで染められているみたい。

 キラキラとしたラインストーンや、レース、刺繍がとても繊細に縫い付けられていて、まるで冬の妖精みたい。


 寒色系の衣装がこんなに似合う人がいるんだなと思うくらいに見とれてしまいそうだ。

 手足の長い清華ちゃんのスタイルが引き立つデザインになっているんだ。


「でも、フリーの衣装って……あっちが予備?」

「うん……イメージには合っているんだけど、試合で滑ったときに違和感があって。第二候補の衣装の方が似合うって」

「ああ、そういうことね」


 衣装はシーズン通して着るけど、たまに衣装を変える選手もいる。

 シーズン前半で着ている衣装から後半に新しいデザインに変えたり、マイナーチェンジしたりすることもある。


 北京ペキンオリンピックのシーズンは清華ちゃんがサイズアウトしそうになって、新しい衣装を作ったことがあったのでそんな感じかもしれない。


「これで一回通しで滑る感じ?」

「うん。フリーでお願いします」


 今日は新しい衣装を着て試合のときと同じように滑ることにした見たい。

 流れてきた『Merry Christmas Mr. Lawrance』のピアノのメロディーに乗せて、ひざまずいていた清華ちゃんは立ち上がって滑り出した。


 空を仰ぎ、一気にスピードに乗って最初のジャンプである四回転サルコウを跳んでいる。

 見事に着氷させてから、次に得意の四回転ループ、トリプルアクセル+シングルオイラー+トリプルサルコウを次々と降りる。


「ヤバいね」

「今回もヤバそう……」


 伶菜ちゃんも同じようにジッと清華ちゃんの演技を見つめていた。

 衣装は演技に支障がないようで、一通り滑って違和感はないみたいだった。


 なんとなく緊張感が張り詰めているのがわかる。

 男女問わず、今シーズンに賭けている選手は多い。


 レベルの高い演技を見ると、これを超えなければという気持ちになる。

 高い壁がそこに立っているような気持になる。

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