20:僕の中に眠る熱。 [性描写あり]

 僕の記憶は、魔塔主の部屋から始まる。

 本棚に並ぶ分厚い本と、瓶の中の奇妙な色をした液体、そして床に散らばる紙には魔法陣が描かれていた。

 魔塔主のフランシーヌ ・ドーヴェルニュは、天使のように美しい顔をしているが、魔法使いらしく、黒いローブを身にまとい、大きな木の杖を持っていた。

 僕は幼い頃、よく、フランシーヌから魔法で宙に浮かべられぐるぐると振り回された。フランシーヌは「テオドールが喜ぶから、いつもしてあげていた」と、懐かしげに語る。しかし、僕の中には“恐怖体験”として残っていた。

 僕は赤ん坊の頃、魔塔の前に捨てられていた。“拾われた日”が僕の誕生日になっていて、今日でちょうど12年だった。

 世間には、僕のことを“魔塔主の実の子供”だと思っている人がいるらしい。

 僕たちを本当の親子だと思うのは、フランシーヌを見たことがないからだ。なぜなら、フランシーヌは僕とそう歳が変わらないように見える。出会った時から十代半ばのようだったし、10年以上経っても変わっていなかった。

 魔力の強い人間は、不老に近い。数百年生きた魔法使いがいたという記録もある。

 フランシーヌが実際はいくつなのか、魔塔にいる最年長の魔法使いも知らないほどだった。

 僕とフランシーヌは、髪も瞳も色が違う。そして僕には魔力がほとんどなかった。今はまだ子供だから、魔塔に置いてもらえているが、いつかはきっと出ていかなければならない。僕には、魔塔にいて役に立てることがなにもないのだ。

「魔塔主様にとってお前は、よくしゃべる鳥のような存在だ」と、若い魔法使いに言われたことがある。たしかに僕には、ペットとして愛嬌をふりまくくらいしか能がないのだ。

 夜には、ささやかではあるが僕の誕生日を祝う晩餐が開かれ、塔にいる魔法使いたちからたくさんの贈り物を受け取った。そのあとで、フランシーヌから魔塔主の部屋に呼ばれた。

 珍しく部屋が片付いていることにまず驚いた。いつも床に紙が散らばっているので、部屋の中央に大きな魔法陣が書かれていることに気づいていなかった。

 フランシーヌは目を細めて、しみじみと「早いものでお前が塔に入ってから12年になるな。体もかなり成長したから、そろそろ耐えられるだろう」と言った。

 それから、「着ているものをすべて脱いで、その魔法陣の中央に立ちなさい」と続けた。

 フランシーヌの言葉を聞いて、心臓が早鐘をうちはじめる。

「服をすべて、脱ぐのですか?」

「そうだ」

 フランシーヌは真剣な顔をしている。僕は、冗談ではなさそうだと、感じた。この世界の誰よりも強い魔力を持つフランシーヌには、王族でさえ逆らわない。僕は素直に服を脱ぎはじめた。

 なぜ、裸にならなければならないのか、理由はわからない。

「下着もとりますか?」

「その方が良いだろう」

 僕は下着を脱いで、恐怖で縮み上がった性器を手で隠した。フランシーヌは真剣な顔のまま僕を見据えていた。

「早く」

 促され、魔法陣の中央まで歩を進めた。背を向けて立つように言われて、体の向きを変えた。

 フランシーヌの足音が近づいてくる。僕は、吐いてしまいそうなほど緊張していた。

「力を抜きなさい」

 背後から声をかけられ、僕は、力を抜くどころか、固く目をつぶって肩をすくめた。

 フランシーヌがため息をついた。

「私もさすがに緊張しているからな。お前は無理もない」

 僕は、なにも返せずに、ただ、息を止めて立ち尽くしていた。

「なにも心配することはない。すぐに終わる」

 背中に、フランシーヌの手が触れた。やけに熱い。それから、手のひらで僕の背中を擦りはじめた。

 はじめのうち、フランシーヌ手は、撫でるようにゆっくりと動いていた。少しくすぐったくて、それでも、ぐっと唇を固く結んで耐えていた。

 次第に、フランシーヌの手の動きが強く速くなっていく。僕もフランシーヌも、呼吸が乱れ始めていた。

「テオドール、感じているだろう?」

 少し前から、僕の体は熱くなっていた。なにかがせり上がってくるのを必死で抑え込もうとして、体を強ばらせた。

「抑えなくていい」

 僕はとうとう立っていられなくなり、その場に膝をついた。

「そろそろだな」

 フランシーヌは座り込んだ僕を、背後から強く抱き締めた。

 僕の中のなにかが、溢れ出しそうだった。

ーーもうだめだ。

「私が受け止める。そのまま解放するんだ」

 僕のなかでなにかが弾けた。

「くっ」

 僕は声と同時に、僕の中でどうしようもなく大きくなった熱を、放った。

 フランシーヌは僕をさらにつよく抱きしめ、頭を撫でた。

「よく、耐えた」

 僕は何が起こったのかよくわかっていなかった。

「お前の魔力の封印を解いた。幼い炎の魔法使いは暴走しやすいからな」

 フランシーヌは立ち上がると、「もう、服を着てもいいぞ」と言った。

 僕はまだ、別の熱がおさまっていないことに気づいて、恥ずかしくなり俯いた。

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