束の間の枷
かなん
一
「束の間の枷」
一
時刻は午前1時を回った頃、灯りの少ない川沿いを私は歩いていた。
穏やかな風が吹く夜、私は日々の疲労とそれに付随する身体の痛みに目をやった。
少しの頭痛、肩から肩甲骨にかけての緊張、脚には鉛がこびり付いており歩くと言う行動そのものを阻害しているように感じた。
歩く速度に比例し時間も遅く感じたが顳顬に汗が流れた事に気付き腕に巻いた時計を確認した。
宛の無い歩くと言う行為を12kmと少し。
明日の予定を確認し、もう少し歩いた。
更に先に歩を進め川を広く見渡せる空間にベンチがあり、そこで暫く息をつこうと思い私は向かった。
その空間には2人掛けのベンチが二つ並んでいるだけで人気は無くとても静かな場所だった。
2人掛けのベンチが二つ並ぶ中央には背が低い暖色の街灯が一つ設置されており落ち着く空間を演出しており痛む身体を気遣いベンチに腰をかけた。
その時一瞬白い煙のようなものが目の前を掠めたが気に留めず一息ついた。
私がベンチに腰をかけて暫くしてから私が進んできた道とは逆の方向からぼんやりとだが女性が歩いてくるのが見えた。
少しして輪郭がハッキリと目視できるようになったが目を合わせるのが少し怖かった。
人気が無い上、灯りはベンチの中央にある街灯一つという事もあり、それとなく霊的な何かだと思ったからである。
するとその女性は暖色の街灯を挟んだ隣りのベンチに静かに座った。
私は携帯をいじりながら横目で彼女を確認し霊では無いことにまず安堵した。
中央に配置された暖色の灯りが彼女の鎖骨まで伸びた艶のある髪を照らしていた。
髪の色と同じ色の丈の長いワンピースを着る彼女はとても品があり、柔軟剤の香りが鼻を掠めた。
普段はヒールを履いてそうな彼女だが足元はビーチサンダルだった為、この小さい公園の近くに住んでることが容易に想像できた。
私は彼女をプライドが高い上きっと独身で高飛車な女なんだろう。と早々に決めつけ見たくもないSNSを惰性で見ていた。
暫く経ち、彼女が中々帰らない事に違和感を覚えた。
気付かれないよう彼女の方にそれとなく目を配ると彼女は中央にある暖色の街灯の光を頼りに分厚い本を読んでいた。
なんの本を読んでいるのだろうと気にしていたら彼女は私の足元を伏し目がちで見ながらか細い声で言った。
「パールバックの大地です。」
私は驚いて声を出せずにいた。数瞬置いて彼女は続けて言った。
「過ごしやすい気温ですね。」
私はやっと我に帰り辿々しく答えた。
「そうですね。」
彼女が初めて口にした言葉がまだ理解できず私は未だに混乱していた。
暫く沈黙が続き激しく身体を叩く心臓を落ち着け彼女に声をかけた。
「パールバック?大地?って…」
彼女は訝しげに私の足元を変わらず伏し目で見ながら静かに答えた。
「この本の作者と題名です。パールバックの大地。」
か細く聞こえたが少し強く吹く風に掻き消され聞き取れなかったが理解したフリをした。
また暫くの間沈黙が続き私はベンチを後にしようと思い彼女に一言声をかけてその場を後にしようとしたが彼女に先手を打たれ引き止められた。
「この辺の方ですか?」
私はここで少し嘘をついた。
「落ち着く場所がここくらいしかなくてたまにこの時間ここにいるんです。」
変わらず辿々しく話す僕の目と伏し目がちだった彼女の目が初めて合った。
どうやら彼女はこの辺に住んでおり同じ理由でこのベンチに来ていたという。
私は嘘をついた事を後悔したが、久方ぶりに女性と話した事で内心高揚していた。
「この時間にまたお会いしたらその時はよろしくお願いします。」
そう言い残し私はその場を後にした。
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