差し入れは初恋の味
応接室に着いて、お嬢さまは「はあ」とため息をついた。
最近ため息が多い。お嬢さまはなにも悪くないのに、ただただ人の悪意に晒されて、気力を削がれている。
「気にしちゃいけませんよ。全部噓なんですから」
そう言うと、力なくほほ笑んだ。
「ええ、だいじょうぶよ。わかっているわ」
もう、上辺だけのだいじょうぶなんて言わせたくないのに、それでもお嬢さまはだいじょうぶと言う。
もうどうしたらいいのか、おばちゃんにもわからないよ。
いっそ、わあわあと泣きわめいてくれたほうがいい。
しばらくすると、ルイーズさまが入って来た。
ほんわりと頬が赤い。
「ごきげんよう」
こころなしか声も弾んでいる。
「ルイーズさま、ごきげんよう」
となりに腰掛けながら、ルイーズさまは「あのね」と言った。
「ウィリアムさまに、ケーキを差し入れたの」
差し入れ!
お嬢さまがパッと顔を上げた。
「ウィリアムさまはティーケーキがお好きだから、家の料理人に作ってもらったの。ほら、最近お疲れでしょう。すこしでもお元気になってくれたらいいなと思って」
それからちょっと恥ずかしそうに笑った。
「わたしも、すこしだけ手伝ったのよ。チョコレートをかけるところ」
なんてステキ!
「ウィリアムさまったらね、フォークを使わずに手で持って食べちゃうの。パクって」
パクって。
お嬢さまがぺかっと笑った。すっごくいいこと聞いた、みたいな顔をしている。それからぐりんっとわたしのほうをふり向いた。
「エクソシスト」の女の子くらい、首が回ったけどだいじょうぶかな? グキっていってない?
お嬢さまの目がキラッキラしている。
ああ、なにかをかけて、パクってしたいんですね。
お嬢さまは無言でうったえてくる。首はだいじょうぶのようだ。
はいはい、そうですね。お嬢さまも差し入れしましょうか。かけるか、塗るか、乗せるかできると思いますよ。
料理長に相談してみましょうね。
うなずいたら、お嬢さまはこの上なくかわいらしく笑った。
さっきまでのどろどろした気分の悪さは、吹き飛んでしまったようだ。
うん、よかった。
ほら、先生がいらっしゃいましたよ。ちゃんと聞きましょうね。
……ぜったい聞いてないな。
他国との貿易のお話よりも、差し入れのほうが大事。わかりますが。
糖蜜パイにしようかな、それともミンスパイにしようかな。
どちらもルーク殿下、お好きですものね。
あとパクってしたときに、粉が散らばらないものがいいでしょうね。
いっそ「あーん」してあげたらいかがでしょう。
なんだか、ひさしぶりにニコニコしているお嬢さまを見ていたら目頭が熱くなってしまった。クララが立った、的な。
年をとると涙もろくていけない。
やがて先生のお話は終わり、王妃さまがいらっしゃった。
看病のためかすこしやつれていらっしゃるのがおいたわしい。
「きょうもおつかれさまでしたね」
そう言って香りたかいお茶とかわいいお菓子を用意させる。
シャーロットお嬢さまもルイーズさまもきょうはちょっとだけ気が緩んでいた。
そして、ティーカップに口をつけたとたん、それまでのほんわかとした雰囲気は、なだれ込んできた衛兵たちによって、打ち砕かれてしまった。
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