表面上はとどこおりなく


「あらわたくし、ルーク殿下と特別仲がいいなんてありませんわ。ねえ、シャーロットさま」

 表情を変えずにさらっと言い返すルイーズさまは、さすがの公爵令嬢だ。

 わたしは、ひくっとほほが引きつる。


「そうですわね。そんな時間ありませんもの」

 お嬢さまも負けずにけろりとおっしゃる。

 そう。このふたりにも、両殿下にもそんな時間はない。

 お忙しいのだよ。あんたたちみたいに無駄につるんでいる時間はない。


「あらあ、そうですか? わたくしこの前、お城の庭園でルーク殿下とルイーズさまを見かけましてよ」

「見間違いですわ、きっと」

「まあ、わたくしが見間違えたとおっしゃるの? ルーク殿下を?」

「ええ、だってわたくしルーク殿下と庭園に行ったことがありませんもの」

「まあ、ひどいわ。わたくしが見間違うなんてねぇ。ましてや殿下をねぇ」


 取り巻きたちはいっせいにわいわいと騒ぎ立てた。


 ああ、いやだ。思い出す暗黒歴史。吐き気すらしてくる。


「それにわたくしも見ましたのよ。回廊の柱に隠れるようにふたりでいらっしゃるところを」

 取り巻きが追い打ちをかけるように言った。

「それこそ、見間違いですわ。わたくしルーク殿下と柱の陰に隠れたりいたしません。それ、ルーク殿下にも失礼ですわよ」

 さすがにルイーズさまの口調も厳しくなる。

 待ってました、とばかりにカミラが口を開いた。


「皆さま、それではルーク殿下がシャーロットさまを裏切っているみたいじゃありませんか」


 そんな言いかた!

 カミラがますますヘビのようだ。ちろちろと二股に分かれた舌が見える。……気のせいか。


 シャーロットお嬢さまは、つんっとあごを上げてお茶のカップをテーブルに置いた。

 そうです、お嬢さま。けっして顔を下げてはいけません。動揺を見せたらやつらの思うつぼです。

 がんばって、お嬢さま。


 きっとお嬢さまの心の内は、嵐が吹き荒れている。それを悟られないように必死に隠しているのだ。

 たぶん、ルイーズさまもそう。


 ああ、ほんとにいやだ。

「ほらほら、こんな不愉快なお話はここまでよ。楽しいお茶会にしましょう」

 自分が仕組んでいるくせに。ヘビめ。


 こんな場所から今すぐに立ち去りたい。こんな悪意に満ちたところにいたら、お嬢さまが汚れてしまう。

 一分が十分にも、十分が一時間にも感じられる。


 ちらりと隣にすわったルイーズさまの侍女メアリを見ると、すっかり青ざめてうつむきかげんである。

 いや、ダメでしょ。お嬢さまたちが毅然としているのだから、わたしたちだって毅然としないと!

「メアリさま」

 こっそりと声をかけた。

「終わるまで耐えましょう」

 メアリはかすかにうなづくと、かろうじて顔を上げた。


 その後は、流行のドレスや宝飾品、お菓子なんかの話が続いた。

 いやもう、どうでもいい。もう終わりにしよう。もう帰ろう。


 カミラ一派の耳障りな笑い声をただただ聞き流して一時間。

「そろそろ、おいとましましょう」

 取り巻きその一のおことばで、やっと! やっと解放だ!


 さあ帰ろう。すぐ帰ろう。


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