婚約者はあざと女にひっかかった
……伯爵夫人のおつとめの話だった。
もちろん伯爵令嬢であるアメリアも、お茶会も夜会も何度も出ている。
転生に気づく前は、それなりに楽しんでいた。そういうものだと思っていたし。
が、転生に気づいてからは、やはり苦痛。がんばってやっているけれども。
それが、夫人となったらいっそう荷が重い。
はあ。
それ以前に、問題は婚約者本人だ。
転生に気づいてからひと月半。一回も連絡がない。
元の世界ならば、別れる案件でしょう。
彼について、よからぬ噂が流れている。
とある令嬢と特別に懇意にしている。
マチルダ・ステイシー子爵令嬢。
ふたりで腕を組んで歩いているのを見た。
アンディがマチルダの家に入っていくのを見た。
城下町でデートしていた。
ご親切に教えてくれる人がいる。
へえ、そうですか。
このマチルダという娘、一見おとなしい。だまって言うことを聞きそう。
なにを言っても、うふふと恥ずかしそうに、笑っていそう。
知ってる、こういうタイプ。
だいたい、おとなしい女が婚約者のいる男に手を出すわけがない。
おとなしそうに見せて、心の中で略奪してやったとほくそ笑んでいるのだ。
会社員やってたころいたもん。おとなしそうに見せかけて、人のカレシをとる女。
いつでもどこにでもいるんだね、こういう女。
アンディのことは、好きだった。アンディだってわたしに縁談を持ってくるんだから、好きだったはず。多少の打算はあったにしても。
転生に気づく前の純真なアメリアの乙女心はギッタギタに傷ついていたのだ。ひとりで泣いたことも何度もあったのだよ。
そういう記憶はある。いまのわたしは「ふざけんなよ、クソガキが」と思っている。
年の甲だね。
アンディ、どうしたんだろうね。
どうするつもりなんだろうね。
どこで、どう知り合ってここまで仲良くなったのか。
わたしのことは考えなかったのか。
一ヶ月半ほったらかしても、なんとも思っていないのか。
それほどわたしを蔑ろにするのか。
十八才の女子だったら泣き寝入りするかもしれないけれど、五十四才のおばさんはそれなりに対抗できるよ。
あざとい女のあざとい手口に、ころっとひっかかるような男はこっちから願い下げだ。
双方からばっちり慰謝料とってやる。
噂は親の耳にも入っている。
「解消してもいいんだぞ」
夕食時、おとうさまが言った。
「そうだぞ。あんなヤローのところに嫁に行くことはない。もっと誠実でいい男を探してやる」
おにいさまはずいぶんご立腹だ。
もちろん、わたしも解消したいと思っている。
ただ、ブランドン伯夫妻はわたしを気に入ってくれて、結婚を心待ちにしている。
そのふたりをばっさりと切り捨てるのはちょっと胸が痛い。ほだされる気はないけれど。だからこそ、息子をちゃんとシメておけよ、とも思うのだ。
「ほんとうに困ったわよねぇ。アンディもちゃんとけじめをつけてくれればいいのだけれど」
おかあさまはそう言うが、簡単に浮気する男はもう信用できないのですよ。
ああ、ほんとうにめんどうだ。
元の世界の夫だって、浮気はしなかった。
……する度胸がなかっただけかな?
「証拠はばっちり掴んであるから、いつでもつきつけられるよ」
さすがおにいさま、仕事が早い。
「いずれむこうの有責だからな。もうすこし泳がせて慰謝料をつり上げるか」
おとうさまが鬼畜でいらっしゃる。
おそるおそる、わたしの本心を口にする。
「結婚しないで、このままシャーロットお嬢さまの侍女を続けちゃダメかな」
おとうさまは、とっても驚いたように目を瞠った。
「そんなことできるわけなかろう」
だよねぇ。結婚するのがあたりまえだもの。結婚しないなんてゆるされない。
「シャーロット嬢が結婚したら、城のほうで侍女をつけるのだろうしな」
そうだよねぇ。
はあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます