転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
ハイブリッドカーには気をつけて
はっと気がついたら、目の前に超絶美少女が立っていた。
ピンクの髪に菫色の瞳。ピンクといっても決してど派手なえげつないピンクではなくて、うすいシルバーっぽいピンク。上品。
お肌も白くてすべすべで、ニキビ跡なんか一個もない。毛穴? あるわけない。
「アメリア? だいじょうぶ?」
その美少女が心配そうに見上げてくる。
「はい、だいじょうぶです」
わたしの口が勝手に答えた。びっくりした。
ここはどこ。わたしはだれ。
ああ、そうだ。うすらぼんやりした頭が徐々にクリアになっていく。
パートが終わって、スーパーに行ったんだった。夕飯はなににしようかな、とか思いながら。夫と息子は食べるのかな。飲みに行くなら早めに連絡くれればいいのに、とか思いながら。
煌々と明るいスーパーの入り口に着いたところで、とつぜん「わーっ!」とか「ぎゃあーっ!」とか悲鳴が起こった。
顔を上げたら、目の前に車が突っ込んできた。運転席の高齢者と目が合った。なにが起きているのか、まったく理解していない様子で、ばかみたいにあんぐりと口を開けたジジイだった。
記憶はそこまで。
ハイブリッドカーって、音がしないから近づいてもわかんないのよ。どうにかしてほしいな、あれ。
「アメリア?」
美少女がもう一度呼びかけてきた。記憶の底のほうから、なにかがむくむくと沸き上がってくる。
この美少女はお嬢さま?
それで、わたしは……。
ん? ジジョ?
いや、わたしは長女だが。二個下の甘ったれで無責任な弟がいるが。何回尻拭いさせられたんだか。まったく。
は? ちがう?
侍女。ああ、そっちね。
納得したとたん、アメリア・ハミルトンとしての記憶が、頭の中になだれ込んできた。
わたくしアメリア・ハミルトン。十八才。伯爵家の三女。
目のまえのお嬢さまは、シャーロット・エバンス。十六才。侯爵家のご令嬢。そしてわたしはその侍女でした。
そうだった。そうだった。
あれだ。転生ってやつだ。ネットニュースで見た。そういうのが流行ってるって。悪役令嬢とか。
そういえば、なんかダウントンアビーみたいな長いドレス着ているし。部屋の中もビクトリア調? そんな感じだし。
すぐに、ふたつの記憶と人格はうまいこと融合したみたいだ。すんなりと腑に落ちて、違和感もなくなっている。
これも転生のなせる業か。
すごいな、転生。
「だいじょうぶです、お嬢さま。ちょっと寝不足で立ちくらみがしたんですよ」
そう答えたら、シャーロットお嬢さまはハの字に眉尻を下げた。
「なあに? 悩みごと? 心配事でもあるの?」
わたしよりも、ちょっとばかり背の低いお嬢さまは、首をかしげて心配そうにのぞき込んでくる。
わ! かわいい。お人形さんみたい。
「だいじょうぶですよ」
「ほんと?」
「ほんとです」
と答えたら、ぱっと花が咲くように笑った。
「よかった!」
胸のところで、ぱん、と両手を合わせる。ほんと、かわいいな。スイートピーみたい。淡いピンクで、ふわふわで、ひらひらで。
それが、一か月前に起きたことだった。
以来わたしは、うまいことアメリアの仮面をかぶって暮している。
うーん。主人格はどっち? わたしがアメリアを吸収したようなかんじがするけど。
もしかしたら二重人格的に、アメリアが主になっているときがあるのかもしれない。気がついていないだけで。
うーん。わかんない。
ほっぺたにとつぜん口が開いて、勝手にしゃべりだしたら嫌だな。と思う。
いまのところ、そんなことは起きていないけど。
シャーロットお嬢さまは、由緒正しきエバンス侯爵家のご令嬢。お兄さまが三人。末っ子でただひとりの女の子だから、侯爵ご夫妻もお兄さま方もかわいくてかわいくてしかたがない。
散々甘やかされているのに、わがままに育たなかったのは奇跡だろう。
蝶よ花よと育てられたせいか、はたまたもともとの性格なのか、とってもおとなしくていらっしゃる。自分の気持など口には出さない。いや、出せない。
いつだって、だれかが先回りしておぜん立てするから。
それじゃあ、ダメだと思うのよね。かわいい子には旅をさせろっていうじゃない。
せめて自分の気持くらいは言えないと。
だって、気の強い意地悪な令嬢だっているんだから。
対抗できないと!
お嬢さまもそのように思ってはいる。思ったからといってすぐにできるわけじゃない。
ちょっとそのジレンマでお悩み中だ。おくればせの思春期。
悩まし気にうつむく姿もかわいらしい。
でも!
ここはお嬢さまの成長を促して差し上げなければ!
だから、わたしはちょっと意地悪をする。ほんのちょっとだけ。
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