第3話
我ら1の4の教室内は、閑静だった。正面の黒板に描かれた、流行りのアニメのキャラクターだけが騒がしい。私が一番乗りだったのだ。席を探して座る。1番右の1番前の席には鞄が置いてある。トイレにでも行っているのだろう。2番だったか。縦に6人横に6人、わたしは3列目の後ろから3番目に座った。閑散とした教室に1人という環境は、人を悪戯心にしてしまう。この環境に置かれた人はなんだか歌い出したくなったり、黒板に落書きをしてみたくなったり、ゲーム機なんてものがあったら飛びついてしまう。そんな感じでわたしの心にはさっきのセーラー服着たドヴォルザークの新世界よりがずっと奏でられていた。そのトランペットに鼻歌を重ねてハーモニーを生んだ。故郷はそれほど離れていないから、今迄に過ぎ去ってしまった過去をわたしは思い返した。
両親、かつての友人達、通りすがりに自分に親切にしてくれた人達より与えられた愛の蝋燭に火がついて、なんだか感傷的な気持ちになってきた。そこでジョークをひとつまみ。「産まれた時には熱いのと冷たい流水を頭からかけられて、東西南北へ7歩歩いてそれから、天と地とを同時に指さしながら、天上天下唯我独尊って言ったんだっけ」
フフっと笑った時、誰かが教室に入ってきた。その子は前の扉に1番近い、1番右の1番前に座った。彼はどうやら鞄の持ち主で出席番号が1番のようだ。彼への興味よりも、今の笑い声を聞かれていないか上回って彼を注意深く睨みつけた。その子を皮切りに新しいクラスメートがぞろぞろと入室してきた。人が増えてもほとんど会話のないこの空間がなんだか気まずくなって、目を閉じてやり過ごすことにした。時刻は8時くらい、30分後に教室を出て体育館に行って、そこで始業式。このままやり過ごしてしまおう、わたしは目を閉じたままさっきと同じように思い出の空想に耽った。
「まことちゃん。起きなさぁーい」
誰かがわたしに呼びかけた。懐かしい。思い出の中にあった声。誰だかはわからないけれど、心地いい声。
「起きないと遅刻よぉー。早く来た意味なくなっちゃうよー」
「わかってるよー、起きるよぉ」寝ぼけて間抜けた返事をしている場合ではなかった。その声は夢の少女の声だ。脳内の靄が晴れてきた。わたしはハッと目覚めた、その時気がついたことが3つあった。1つは始業式がもう始まっていて、校舎が異様な静けさにあること。2つ、この教室にはカバの鳴き声のようないびきがなり巡っていること。3つ、そしてそのカバが真後ろにいること。わたしはこの状況を完全に理解できていなかった、しかもそんな状態のまま後ろを見てしまった。そのカバ、進藤佐一は他のイスを持ち寄って並べて、寝にくそうなベッドを作ってそこに横になっていた。わたしの頭には「?」「なにしてんだこいつ」可動範囲の狭いイスの上で寝返りを打ち、時折鹿のようにピーといびきをたてる進藤、眠りから覚めたため体温が下がって、馬のようにのんきに身震いするわたし、2人そろって馬鹿だった。
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