第28話 イリオス視点(選考対象外)

「ミレイ……!」


 パーティーの閉会を部下たちに命じて、急いでミレイの部屋に駆けつけた。


 他には目もくれず、シャトーベッドに横たわるミレイのそばに駆け寄る。ミレイの顔を覗き込み、顔色を確認して、ホッと息をついた。


 倒れたミレイの身体を抱きとめた時、身体は高熱が出たように熱かったのに対して、化粧で誤魔化された顔色は、まるで死人のように真っ白だった。


「……一体、何があった?」


 ミレイの髪に口づけて、出たままだった手にシーツを掛けてやりながら、カクトワールに寝そべっているヴァルを睨みつけた。


「初めて会った時から気に食わない男だと思っていたが、それがパラディン伯たる者のとる態度か……?」


 ミレイを起こしてしまわないように気遣いながらも、ほとばしる怒りを押さえきれず、血を吐くような声で言いやった。


 するとヴァルは、気だるげに上体を起こしてカクトワールの背に右腕をかけ、顔を半分だけイリオスに向けた。


「ごちゃごちゃうるさいなぁ……。美澪が起きちゃったらどうするのさ」


「なんだと?」


 ふざけた態度と口調で話すヴァルに驚きつつ、身分をわきまえない姿に、頭に血が上るのを感じる。


 イリオスは、怒鳴り上げたい気持ちをこらえ、右手を強く握りしめた。


 ブルブルと震える拳を興味なさそうに一瞥したヴァルは、「はぁ~あ。めんどくさいなぁ」と言って、パチンと指を鳴らした。すると――


「な、んだ……これは……」


 地平線の果てが存在せず、そらには分厚い暗雲が広がり、天と水面が鏡合わせになった世界に、イリオスは一人佇んでいた。


「なんなんだ、ここは。どうやって連れてきた!? 答えろ聖騎士パラディン!」


 全方位に向かって大声で言い放てば、土の臭いが混ざったロータスの香りが鼻先を掠めた。


「あーあ。ここには美澪しか連れて来たくなかったんだけど……。でも、オマエのせいで美澪の眠りを妨げたくはないし。それに、今のオマエだったら、ボクの神域に連れてこれるくらいには魂が浄化されてたからさ」


 「美澪に感謝して土下座するんだね」と睨みつけてくる少年を、イリオスは食い入るように見つめた。


 ヴァルに似た容姿と声を持ちながら、顎下あごしたで切りそろえられた髪は紺青で、瞳は濁った瑠璃色をしていた。


「貴様……あの、パラディンか?」


 聖騎士の制服の代わりにキトンを身に纏った少年は、「察しが悪いなぁ……。ほんと、めんどくさ」と言ってちゅうからイリオスを見下ろした。


が高いぞ、たかが人間のくせに。――ボクの名はヴァートゥルナ神。パラディンの姿は、美澪のそばにいるための仮の姿で、こっちが本来の姿。……どう? 筋肉だらけの脳みそでも、これで理解できたでしょ?」


 そう言って、指先を一振りして発現させた玉座に足を組んで座った。


 イリオスは目を丸くして、「貴様が女神ヴァートゥルナだというのか……?」と言った。するとヴァルは哄笑こうしょうし、


ヴァートゥルナ、ねぇ……。ゼスフォティーウの子孫が、面白いことを言う」


 そう言うと、愉快そうに笑っていた顔からスッと表情を削ぎ取り、ヴァルは冷ややかな表情を浮かべた。


「まあ、今はその話はどうでもいいんだよ。単刀直入に言うけど、美澪が倒れたのはオマエのせいだから」


「なに?」


「オマエさぁ……セックスし過ぎ」


「なっ」


 あきれたような表情で言われ、イリオスの顔は羞恥により紅潮した。


 とっさに言い返そうとしたが、言われたことは事実の上、相手がヴァートゥルナ神だと分かったこともあり、イリオスは何も言えなかった。


「……美澪はさぁ。本当に優秀なエフィーリアなんだよ。真っ白な魂と、ねじれることなく全身に広がった気脈きみゃくの形も美しい。歴代最高のボクのエフィーリア! ……それなのに、オマエのせいで美澪は穢水えずいを患った! ボクの血を与えなかったら、今頃は昏睡状態になっていたか、運が悪ければ命を落としていたかもしれない。……オマエ。なんでそんなに魂がけがれてるか分かってる?」


 終始、無表情で怠そうにしていたヴァルが眉を吊り上げて激昂する姿を見て、ヴァルが居なければ本当に美澪の命が危うかったと思い知り、イリオスは顔が青ざめていくのを感じた。


「なにが……原因、なんだ……」


 そう言って膝から崩折れたイリオスは、「俺にはわからない」と首を横に振った。


 それを見たヴァルは、フン! と鼻で嘲笑うと、玉座から立ち上がり、薄く張った水面上へ降り立った。そして、美しく形の整った足の指先をイリオスの顎下にあててグイとあおがせた。


「――グレイス」


「!!」


「あの女がオマエに執着してるからだよ」


 ヴァルの言葉に勢いよく顔を上げたイリオスは、目を見開いて口を開閉させる。


「……グレイスが俺に執着しているからと言って、何故俺の魂が穢れることになる?」


 震える拳をさらに握り締め、ヴァルの神気に気圧けおされないよう、頬の内側を血が出るまで咬みしめた。


 イリオスの言葉に表情を無くしたヴァルは、「……それ、本気で言ってる?」と囁くように言ったあと、浮かせたままだった右足でイリオスの横っつらを蹴り飛ばした。


 「ぐっ!」とうめいたイリオスに、ヴァルは感情を感じさせない瞳を向けた。


「オマエに懇切丁寧に教えてやる義理はないけど、このまま放置してたら割りを食うのは美澪だから、特別にボクの口から教えてあげる。――人間の世界にはさぁ、『運命の赤い糸』って言葉があるでしょ? 要はそれと同じ原理でさ。オマエとグレイスの魂に繋がりが出来ちゃってるわけ。その繋がりを『想脈そうみゃく』って呼ぶんだけど……オマエらのどちらかが繋がりを断ち切らない限り、グレイスの悪意がオマエの魂に一方的に流れ続ける」


「……それでは俺がグレイスを愛し続ける限り、浄化の役目を果たさなければならないミレイは――」


「穢れに侵され続ける。……でも。オマエらが想いを断ち切らなくても、ミレイが助かる方法があるよ」


 「ねぇ、知りたい?」と言って、蠱惑こわく的な笑みを浮かべたヴァルを警戒しながらも、イリオスはこくりと頷いた。

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