第22話 初夜
エクリオに来た翌日。
美澪とイリオスは、予定されていた通りに結婚式を挙げた。
エクリオの結婚式は神殿で執り行われ、大神官の前で誓約書にサインをするというもので、日本の人前式のようなものだった。
女性ならば誰もが憧れる結婚式は、「こんなものか」という感想を抱くものだった。
メアリーに言わせれば、「ミレイ様は冷めすぎです」ということだったが、美澪が何よりも驚いたのは、ウエディングドレスが
ドレスもタキシード――軍服に似ていた――も真紅で、
「エクリオでは、慶事は赤。弔事は白なんだ」
とイリオスに教わった時は、これが文化の差か! と驚いた。ちなみに日本では、慶事は白で弔事は黒だと教えたところ、今度はイリオスが目を丸くしていて笑ってしまった。
実際のところ、美澪の紺青の髪色に真紅のドレスはいかがなものかと不安だったが、ヴァルとメアリーに大絶賛され、イリオスにも「よく似合っている」と言われたので、安心して式典に臨むことができた。
けれど美澪を褒めたイリオスの方が、真紅の衣装がとても似合っていた。銀糸の髪色に、
……仮にも王族なのだから、この手の称賛は慣れていると思ったのだがと首を傾けると、呆れ顔のヴァルに「男心が分かってない」と言われてしまった。……解せぬ。
式の後はお披露目のために、白馬の四頭立ての無蓋馬車に乗って王都中をまわった。
エクリオは、たびたび起こった国王の暴政によって、ヒュドゥーテルよりも荒廃していると聞いていたが、美澪が見た限りではそのようなことはなく、よく整備された美しい街並みだった。
城に戻ってからは、披露宴用のドレスに着替えて、自国の貴族や他国の使節団からの祝辞を受けた。飲食もまともに取れず、(猛特訓した)ファーストダンスを踊り、笑顔の作り過ぎで表情筋が限界を迎えた頃。ようやく会場を辞することができた。
侍女とメイドを連れて自室に戻り、窮屈なドレスとハイヒールを脱いで湯船につかると、全身から力が抜けて、このまま天国に行ってしまうかもしれないと、本気で思った。
しかし、美澪は忘れていない。本日一番の大仕事が残っていることを……。
*
侍女たちに身支度を整えてもらった美澪は、夫婦の寝室内を落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。
白いバスローブの下には透けたランジェリーのみを身に着けており、このはしたない姿をイリオスに見られると思うと、どうにも気分が落ち着かなかった。
緊張を解すためか、センターテーブルの上にワインらしきものが置いてあり、気を紛らわせる為に一口だけ飲んでみたが、あまりの渋さに二口目は飲めなかった。
(酔うことも出来ないなんて……!)
いっそのこと、先に寝てしまおうかと無駄に広いベッドに上がった時、寝室の扉が静かに開いた。
部屋中に灯されたキャンドルの
「お、王太子殿下……」
ベッドに
一方イリオスは、そんな美澪の姿を見て口角を上げると、
「俺の新妻は、よっぽどせっかちらしい」
言ってクスクスと含み笑いをした。
「な……! ち、違いますっ。で、殿下がなかなかいらっしゃらないので、先に寝てしまおうとしていただけです!」
そう言って姿勢を正した美澪を面白そうに見たイリオスは、美澪を怯えさせないようにゆったりとした足取りでベッドに向かうと、美澪の横に腰をおろした。
「……ミレイが待ちくたびれていると思って急いで来たんだ。迷惑でなければ、髪を拭いてはもらえないだろうか」
自然な動作でタオルを手渡された美澪は、ホッと肩の力を抜いて、「お安い御用です」とほほ笑んだ。
美澪は濡れて鈍色に光るイリオスの髪を、一房ずつ取っては丁寧にタオルで水気を吸い取っていった。
室内には、二人分の静かな呼吸の音と壁掛け時計の秒針の音、そしてタオルのぽんぽんという軽やかな音だけが響いていた。
「――よし、できました!」
美澪は、一仕事を終えたように額の汗を拭うと、サラサラになった銀髪を指先でさらった。
「綺麗」
そうつぶやくと、後ろを振り返ったイリオスと瞳が絡み合った。
イリオスが瞬きをするたびに、切れ長の目を縁取った銀のまつ毛から、宝石のような瞳が見え隠れするのを、時を忘れたようにじっと見つめた。
やがてイリオスの
(……あ、ファーストキス……)
口づけたというよりは掠めたと表現した方が正しい、まるで羽が触れたような軽い口づけに、美澪はゆっくりと目蓋を閉じた。
熱を持った、大きくてゴツゴツとしたイリオスの手が、バスローブの上から
そしてサラリとしたシーツの上に横たえさせられながら、ちゅっちゅっと
くすぐったいような、気持ちがいいような不思議な感覚に、「ん……」と鼻にかかった甘ったるい声が漏れ出た。
滑るように肌を吸われ、唇に吸い付かれ、ついには厚い舌が
必死に口づけを交わしている間にバスローブははだけ、美澪の存在を確かめるように素肌に触れられて、そのたびにピクピクと身体が跳ねた。
どちらからともなく、唇を離して見つめ合う。そして、
「……もっと触れても?」
しっとりと甘く塗れたテノールが鼓膜を震わせ、美澪はドキドキしながら、こくりとうなずいた。
どこまでも優しく甘い
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