第7話 郷愁
図書室をあとにした美澪は、メアリーに
美澪はむくりと起き上がり、暗い室内を、目を細めて見回した。
……どうやら、ぐっすりと眠ってしまったらしい。
(召喚される前は夕方だったのに、こっちにきたら朝だったもんね。時差ぼけしても仕方がないか)
――それにしても、夢も見ずによく寝たものだ。
美澪は、自らの
「メアリー。どこに行っちゃったんだろう」
暗い室内で膝を抱えていると、控えめなノックのあとに扉がゆっくりと開き、廊下の冷気が流れ込んできた。
(……誰だろう)
美澪はじっと目を凝らす。そうして視線の先に現れたのは、メアリーだった。
メアリーは、足音を立てないよう滑るように歩いて室内に入り、部屋の中心にあるテーブルの上に
そして再び廊下に戻ると、今度は食事がのったワゴンを引いてきた。それから、開いたままになっている扉を閉めた後ろ姿に、「メアリー」と声をかけた。
メアリーは振り返り、
「よくお眠りになられましたか?」
と穏やかな表情を浮かべて美澪にほほ笑んだ。
寝台の上から「はい」と答えた美澪に、
「それはようございました」
とうなずくと、メアリーは燭台を手に持ち、部屋のあちこちにあるロウソクに火を
真っ黒だった室内が暖かな明かりによって浮き彫りになる。
メアリーが配膳している間、美澪は室内を見渡した。
白い壁に大理石の床。窓辺には、カフェテーブルと椅子が2脚置いてあり、
(こういうのを元の世界では、アンティークとかヴィンテージって呼んでるのかな? 生きている木の香りがするわ……)
そうして、ひととおり室内を見終わった頃、
「エフィーリア様。お食事の用意が整いましてございます」
と声がかかった。返事をした美澪は、室内履きに足を通して、センターテーブルに向かった。
テーブルの上には見慣れない料理が所狭しと並べられており、空腹を忘れていたおなかが、たった今、思い出したかのようにぐぅ~と鳴った。
美澪がとっさにおなかを押さえると、その姿を見たメアリーが「ふふっ」と小さく笑って、
「温かいうちにお召し上がりくださいね」
と椅子の背を引いてくれた。
メアリーにお礼を言って椅子に座り、用意されていたナプキンをひざにかけた。
料理はコースで用意された物ではなく取り分けて食べるバイキング形式だったので、何から手を付けようかと迷った。それを察したメアリーが、かいがいしく料理を取り分けてくれる。
「ありがとうございます、メアリー」
「いただきます」と手を合わせてからカトラリーを両手に持ち、取り分けられた料理を口に運んだ。
「んん……! とーってもおいしいです!」
頬を染めて満開の笑顔で言えば、
「それはようございました」
とメアリーはほほ笑み、グラスにオレンジジュースを注いでテーブルに置いた。
料理の見た目や味は、イタリアンやフレンチに似ていて、今まで食べた物の中でトップクラスの美味しさだった。
美澪はおなかが満たされるまで、洗練された料理の数々に舌鼓を打った。
メインを食べ終わり、給仕をしてくれているメアリーが食後のデザートを置いてくれた時、美澪は「そうだ」と声を上げた。
「いかがなさいましたか?」
何か不備でもあったのかと不安そうに首を傾けたメアリーに、
「大した事じゃないんですけど」
と前置きをして、
「その、エフィーリアって呼ぶの、やめてもらえませんか……?」
と、なぜか申し訳なく思いながら言った。するとメアリーは、
「エフィーリア様は、エフィーリア様では?」
と首を傾けたので、美澪は眉尻を下げて、静かにフォークを置いた。
「私の名前は
美澪はうつむいて、ナプキンをぎゅうっと握りしめた。その姿を静かな眼差しで見つめていたメアリーは、しばらくの間をおいて、ゆっくりと口を開いた。
「……では、なんとお呼びいたしましょう?」
そう穏やかな声で尋ねられ、美澪は喜色満面の笑みを浮かべて、
「美澪、って呼んでください!」
と声を弾ませて言った。
異世界に召喚されて初めて上げた心からの喜声に、メアリーはほっとした表情を浮かべ「はい、ミレイ様」とほほ笑んだ。
そうして食事がすんだ後、入浴をすませた美澪はベッドに横になっていた。
メアリーに「お疲れでございましょう。今夜はお早めにお休みください」と言われ、大人しくベッドに入ってみたものの、昼寝をしたのでなかなか寝れず、何度も寝返りを打っていた。
「……眠れない」
緊張の連続でアドレナリンが出ているからか、眠ろうと意識すればするほど瞳が
はぁ、とため息を吐いて、バルコニーで風にでもあたろうと起き上がったとき、控えめなノックの後に
そして美澪と瞳が合うなり、「起きておられたのですか」とメアリーは目を丸くした。
「眠れなくて」
そう言って、ペロッと舌を出して素直に打ち明けると、メアリーは「ホットミルクをお持ちいたしましょう」と退出していった。
かいがいしく世話を焼かれるのは初めての経験で、どこかこそばゆさを感じつつ、美澪はベッドから抜け出し掃き出し窓を開けてバルコニーへ出た。
「……ぅ、わぁ~! 綺麗な星空!」
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで、石造りの手すりから身を乗り出すように夜空を見上げた。
雲ひとつない青天の夜空に、宝石箱をひっくり返したような、色とりどりの星々が瞬いている。
「あのいろんな色に変わる星はオパールで、
天の川のような夜空の帯の中、美しさを主張し合うように瞬く星たち。星座に詳しくない美澪でも、日本で見る星空とは違うと分かって、ここは異世界なのだとようやく認めることができた。
「……っていうか、そもそも都会じゃあ、こんなに綺麗な星空なんて見られないんだけどねーー……」
言って、苦笑をこぼしながら手すりに手をかけると、
「太陽があるし月もあって、どっちも1個ずつなのに、ここが地球じゃないなんてね」
せめて太陽が2つあったり、月の色が違ったりすれば、もっと異世界に来た気がしたのではないだろうか。
(確かに、ここから見える景色だけでも、日本じゃないんだなーって分かるけどね)
美澪は手すりに両肘をついて
――高いビル群も、コンビニもない、真っ暗な夜の街。
その中に、まだ火を落としていない住居がぽつぽつと点在し、温もりを感じさせる橙色の灯りが、美澪の心に影を落とす。
(みんな、急にあたしがいなくなって、心配してるだろうな……)
ぼうっと物思いにふけっていた美澪の肩に、肌触りの良いショールがかかる。メアリーが気を利かせてくれたのだろう。その気遣いが温かく、孤独で寂しい心にじんわりと染み渡った。
「かえりたい」
囁くように言った言葉に、「ミレイ様……」といたわしげに呼ばれて、美澪は笑顔で振り返った。
「あはは。ちょっと感傷的になっただけですから! 心配しないでください」
そう言って元気なポーズをしてみせると、メアリーは気遣わしげな表情を浮かべ、
「ホットミルクをお持ちいたしました。ここは冷えます。中に入りましょう」
と言って、二人はバルコニーを後にした。
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