四 波動残渣

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月十日。

 オリオン渦状腕深淵部、アッシル星系、惑星ナブール。

 静止軌道上、ナブル砂漠、オアシスミルガ上空、巨大球体型宇宙戦艦〈オリオン〉。



 JはPDアクチノンが気になった。

「ホイヘンスのことから離れるけど、質問していい?」

「いいですよ。J」

「PDアクチノンは何処に居るの?PDガヴィオンはこの宇宙船に居るでしょう?

 PDたちは時空間を隔てて、PDガヴィオンとシンクロしてるの?」

「シンクロしています。私をPDガヴィオンと考えて話しても通じますよ」

 PDアクチノンの執事のアバターがPDガヴィオンのアバターと重なり一体化した。若い執事が微笑んでいる。

「PePeは私、PDアクチノンの分身だと説明しました。私がPePeでありPePeが私です。

 私たちは機械ではありません。今、私はPePeの中に居ますが、Jの中にも居ます。

 その事は、いずれ、ご説明します」

 PDたちが分離した。


「ああそうだった!ごめんね、忘れてた。安心したよ。

 それに、あたしの中にPDたちが居るのは感じてる。

 ダディーとマミーとPDがいないと不安だよ」

 Jは両親の存在を気づかった。あたしを教育したのはPDガヴィオンだ。そして、いっしょに行動してきたのはPDアクチノンだ。PDたちが居ないとあたしはとっても不安だ。PDガヴィオンとPDアクチノンは同じ存在としてあたしの中に生き続けてる。それは実の両親の存在より大きい・・・。


「心配ありません。ずっといっしょにいますよ。

 今後はPDガヴィオンと一体化して話しましょう。その方が皆様は混乱せずにすみます」

 PDアクチノンのアバターがPDガヴィオンのアバターと一体化した。若い執事のアバターになっている。


「うん、わかりました・・・」

 PDアクチノンの存在を知って、安心したJの中に、ぼんやりとイメージが浮かんだ。

『酸化ロドニュウムの砂漠そのものを攻撃したら、どうなるの?』

 どう説明していいか言葉にできないまま、イメージが形になってゆく・・・。

 攻撃を受けた砂が、海面に舞いあがる膨大な波しぶきのように、砂漠に舞いあがり、純粋な金属ロドニュウムとなって砂漠に降り注ぐ・・・。

『これって何?』

 いつのまにかJは精神思考(心で思考すること。精神空間思考)していた。


 Jの精神思考を読みとって、PDが伝える。

『未来の、波動残渣でしょうか・・・』

『どういうこと?』

『Jの精神が未来の現象を見ていたのです』

『スキップして、また今に、戻ったってこと?』

『ええ、私ととともに、一瞬に時空間スキップして未来を見て、そして現在に戻りました』


『ホイヘンスの武装勢力は、スキップもスキップさせることもできないんだね』

『スキップできるのはモーザだけです。

 戦艦〈ホイヘンス〉のスキップは亜空間転移です』

『モーザを作れたんだから、ホイヘンスがスキップ機能を入手する可能性はないの?』

『ありません。可能性はゼロです。

 ホイヘンスがモーザを完成させたのは、ホイヘンスの功績でも偶然でもありません。

 ホイヘンスは、へリオス星系惑星ガイアの地下に格納されていた、へリオス艦隊の円盤型小型偵察艦からPDの機能をコピーしたように考えていますが、PDガヴィオンの一部がそのように行動しただけです』


『えっ?どういうこと?PDは何をしたの?』

『円盤型小型偵察艦のPDの機能も、我々PDの一部です。

 Jの方針に合うよう、過去の時空間で、我々PDの必然性が生んだ結論です。

 平行宇宙論(多元宇宙論)のことはいずれ説明しましょう。

 今は現象を正しく把握してください。現象が出現した理由を追及しても、結論には至りません』


『わかった。なんとなく理由はわかるけど、あとで、きちんと理由を教えてね。

 約束だよ。きっとだよ。約束だよ・・・。

 いつも、そう言ってPDと約束したよね・・・。

 あの時約束した相手は、PDガヴィオンだった・・・』

『私たちはシンクロしています。きちんと説明しますよ。ご心配なく』

 若いアバターのPDが微笑んでいる。

『じゃあ、皆に話すね・・・』

『いいですよ。話してください』


「よく聞いてね。攻撃のチャンスは一瞬だよ!

 攻撃の第一波はここ〈オリオン〉からだよ・・・」

 JはカムトたちトムソとDとKを見わたした。


 チャンスは、ホイヘンスの武装勢力のシールドが弱まっている一瞬だけだ。この瞬時に、〈オリオン〉の多重位相反転シールドに微少な間隙を開いて、〈オリオン〉からレーザーパルスナノビームで攻撃する。この瞬間をものにできなければ、ビーム兵器による攻撃は膠着状態に陥る。

 しかし、この状態は、惑星ナブールの資源に関心を持つ三星系に、ホイヘンスの武装勢力に対抗する新勢力の出現を示し、三星系が武装勢力に無条件降伏するのを思いとどまらせるはずだ。



「あたしたちには、ホイヘンスにまさる時空間スキップ攻撃がある・・・」

 と話しはじめたJの言葉を、PDたちが捕捉説明する。

「この〈オリオン〉は惑星移住計画用球体型宇宙戦艦です。

 あらゆる兵器と戦闘機を搭載しています。

 時空間スキップと物質転送スキップが可能です。

 エネルギーマスも物質です。シールド内にビームパルスをスキップするのも可能です」


 Jは驚いた。〈オリオン〉がスペースコロニー型攻撃艦だなんて知らなかった!

「バトルスーツとアーマーのPDが、〈オリオン〉は直径四十キロメートルの惑星移住計画用球体型宇宙戦艦と説明したのを、Jが聞かなかっただけだ・・・」

 カムトは冷ややかにJを見ている。

 何なのコイツ。やけにピリピリしてる・・・。

 Jはカムトを睨んだ。


「J、説明しますよ。

 現在、新たな兵器・ヒッグス粒子弾を開発中です。

 このエネルギー弾はターゲットの時空間にヒッグス場を構成し、プログラムに従って物質の消滅と再構成が可能です」

「PDのエネルギー転換機能そのものじゃないの!」

 Jは驚いた。

「そのとおりです。よくお気づきですね。

 ヒッグス粒子弾と呼びますが・・・」


 プロミドンによるエネルギー転換は時空間規模で転換が可能だ。消滅から再現、移動など、あらゆる事がPDによって行われる。

 一方、ヒッグス粒子弾は、ヒッグス粒子が構成するヒッグス場をエネルギーマス化して投射する兵器だ。ヒッグス粒子弾を被弾したターゲットは、ヒッグス場に包囲されたまま亜空間転移し、エネルギー転換する。つまり、再エネルギー転換しても、実体が出現するのはヒッグス場から構成されたダークマターの亜空間内だ。ここから自力で時空間に戻るのは不可能だ。ヒッグス粒子弾はターゲットを追って時空間スキップも可能だ。


 Jは精神思考した。

『ターゲットはこの時空間から完全に消滅して、二度と時空間に戻らない。

 そうなると、あたしたちが他の星系へ侵攻する口実が無くなるよ。

 PDはその事を知っているのに、ヒッグス粒子弾を使う気なの?』


 PDは言葉で答えた。

「もちろん星系侵攻の口実に、ホイヘンスとモーザは残しますよ。

 戦艦〈ホイヘンス〉と兵器と武器を攻撃するだけです」

 PDは笑っている。

「ビームパルスや隕石で〈ホイヘンス〉を攻撃できないの?」とJ。


「いいえ、これから説明する事を、Jが先読みしただけですよ。

 先ほどの、ナブル砂漠の酸化ロドニュウムが還元して降り注ぐ件は、ヒッグス粒子弾による酸化ロドニュウムの酸素消滅です。

 あの巨大遺跡を金属ロドニュウムで包囲し、内部をシールドすれば、武装勢力を幽閉できます」


「内部を攻撃して、シールドと包囲しているロドニュウムが破壊される可能性はないのか?」

 カムトは包囲とシールドを気にしている。

「可能性はゼロです。ロドニュウム内のシールドは、この〈オリオン〉と同じ、多重位相反転シールドが構成されます。私たちPDが構成する多重位相反転シールドはヒッグス場もシールドします。破壊されません」


「よ~し。ヒッグス粒子弾が完成するまで、ホイヘンスの兵器と武器を攻撃する!

 全員準備してね!」

 Jは全員に指示した。


「J、その前に昼飯にしよう。

 ガイアの静止衛星軌道上で朝飯食ってスキップして以来、何も食ってないんだ」

 カムトが空腹を訴えた。

「わかったよ。あたしもお腹が空いてたけど、いろいろあって忘れてた。

 PD。皆に、昼ご飯を用意してね。何を準備できる?」

 JはPDを見つめた。こうなるとPDはまさに執事だ。


「皆様、お好きなものを言ってください」

「あたし、ミートローフとバジルのビザと野菜ジュース!」

 Jはまっ先にそう言った。

 カムトとトムソたちが驚いてJを見ている。

「そんなに食えるんか?ここのはどっちも特大だぞ?」

「まあ、見てなって!

 PD!ミートローフもビザも、スペースバザールのだよね?」

「はい、用意できます。惑星グリーゼの食物も、惑星ガイアの食物も、準備できます」

 とPD。


「じゃあ、デザートに、グリーゼ13から、手頃なロドニュウム鉱石を調達してね」

 JはPDに目配せした。

「準備しましょう」

 納得するようにPDが執事のような仕草で頷いている。 

 JとPDのやり取りに、カムトたちトムソとDとKが、

『Jは、ホイヘンスをロドニュウム鉱石でスキップ攻撃する気だ』

 と驚いている。

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