銀の騎士とアメジストの君 ~乙女ゲームの悪役王女は、お助けキャラを攻略したい!~

朝姫 夢

本編

第1話 乙女ゲームは簡単じゃない

 乙女ゲーム。

 それは主に、女性向けの恋愛シミュレーションゲームのことを指す。


 その物語を成り立たせるのに必要不可欠なものが、二つある。


 一つは、攻略対象者。

 彼らがいなければ、恋愛シミュレーションは成立しない。


 そして、もう一つが――。



 物語を盛り上げるため、ゲーム性を高めるための、ライバルだ。



 モノによっては、攻略対象者たち自身がライバルに設定されていることもあるけれど。

 基本的には、その役目は女性キャラクターがになっていることのほうが多い。しかも、圧倒的に。


 彼女たちとの関係は、時に友情をはぐくんだり、時に命を狙われたりと、ゲームによって設定は多岐たきにわたるが。

 その存在がいることで、物語がさらに深く掘り下げられたり、はたまた攻略対象キャラたちとの絆を深められたりと。

 作品に様々な意味でいろどりを添える存在であることは、間違いない。



 間違いではない、のだけれど……。



「乙女ゲームは簡単じゃないのよ」


 一人呟いた声は、無駄に広くて豪華な部屋の中で、響くこともなく。空気に溶けて、消えていく。

 自分が聞こえている声と他人に聞こえている声には、かなりの違いがあるというけれど。それでも涼やかな響きを持っている声であることだけは、確かだった。

 そもそも私は、この声を客観的に聞いたことがあるから。なおさらよく知っていた。


「ある時は、パラメーターの管理。ある時は、デートの行き先。またある時は、攻略キャラと会う時の服装……」


 げればキリがないくらい、気にしなければいけないことはたくさんある。黎明期れいめいきの乙女ゲームなんかは、特にその辺りがシビアだった。

 パラメーターが足りていなければ、どんなにデートを重ねていても攻略失敗。同じキャラに二回続けて同じ服装でデートに行くと、好感度が下がる。

 そんなことが、ザラにある時代だったんだから……!


「しかも全部完璧だと思ってたのに、最後の最後で媚薬やら魔法やらでさらっていかれた時の、あの屈辱くつじょくと絶望……!」


 そもそもそれってズルじゃないかとか、何度思ったことか。そんな風に誰かを手に入れても、将来幸せになれるわけがないのに。

 とはいえ、ゲームはゲーム。そこでヒロインを操作していた側は、バッドエンドを迎えるわけで。

 納得いかなかったけどね! これまでの苦労がなかったことにされるとかさ!


「……まぁ、ライバルキャラどころか攻略キャラにまで殺されるバッドエンドがあるよりは、マシといえばマシだったけど」


 そう、あるのだ。そういう、ゲームが。

 これ本当に乙女ゲーム? と聞きたくなってしまうけれど。そういうゲームも、本当にある。

 もちろん数は少ないけれど、そっちのほうがインパクトが強かったんだろうね。ネット小説なんかでも、そういうゲームを元にしてるであろう作品が多かった。

 とはいえ個人的には、ライバルキャラが命を落とすほど酷い目にう乙女ゲームは知らないけれど。


「そう、酷い目には遭わない」


 結果的には、ね。もしかしたら私が知らないだけで、そういうゲームもあるかもしれないけど。なぜか分からないけど、乙女ゲームって守備範囲広すぎるし。

 でも、それまでの過程に関しては……。


「操られてたり使命を負わされてたりするのって、すでに酷い目に遭ってるのと同じじゃない?」


 しかもそれが、プレイヤーキャラクターである主人公を邪魔する理由だったとすれば、なおさら。

 残念ながら、プレイしている時はあんまり深く考えたことはなかったんだけど。今なら、ライバルキャラの気持ちがよく分かる。


 だって……。


「本当に、なんでよりにもよってヴァイオレットなのよ……」


 自分の手を見つめながら、ため息をこぼす。

 ゲームの内容を思い出そうと、日本語でメモをすればするほど、嫌というほど実感する。

 私がなぜか、とある同人乙女ゲームのライバルキャラに転生してしまったのだという現実を。


「夢だったら、よかったのになぁ」


 十二歳を過ぎてから、五年間かけて少しずつ思い出してきた記憶は。それが夢ではないのだと、如実にょじつに表していて。

 いっそただの妄想や思い込みだったら、どんなに楽だったろうと思わずにはいられない。





―――ちょっとしたあとがき―――



※個人の感想です





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