13
二年前、私が持ち込んだ事件がきっかけになって、シロさんは人を死なせる選択をしたし、私はそれに手を貸した。そのことは二年間ずっと心の奥に仕舞っていて、本当にごく一部の人たちしか知らない。どうやって消化していったらいいのか、未だにわからない。きっと一生引きずるだろう。
あれはシロさんの案件だったけど私の案件でもあったし、結局手を出す決断をしたのは私で、直接蓋を開けたのも私だ。だからこんなことを考えるのは本当に身勝手だ。私はシロさんを心のどこかで怖がっているし、遠ざけたがっているのだと思う。感謝してないわけじゃないし、今回に至っては頼り切っている。自分のやったことを棚において、怖いとか遠ざけたいとか、一体何を言っているのだろうと、頭の中で考えはする。だけど、心が追いつかない。
シロさんの言う「やりたくないこと」というものも、同じくらい怖い。
正面から強い風が吹いた。キッチンカーの幟がばたばたと鳴り、隣に座っているシロさんがちょっと顔をしかめた。私も同じような顔をしていただろう。
「あの、シロさん。ここまで色々やってもらって、助けてもらっておいて、こういうこと言うのは本当どうかと思うんですけど」
話しかけると、シロさんは合成音声で『どうぞ』と言った。だから伝えることにした。
「もしもシロさんが、私のために誰かを犠牲にしようとしてるなら、それは止めてほしいんですけど」
そう言いながら、私がもっと察しがよかったらいいのに、と思った。もっと早い段階でこういう話をしておけばよかった。
今この状況が怖くないと言ったら、もちろん嘘だ。体力も精神力も消耗しているし、一刻も早く解放されたい。でも、そもそもは二日前、忠告を無視して駅に向かった私が悪いのだから、他人に禍を押し付けるべきではない。
たとえばシロさんが、これからやってくる「ものすごい憑依体質」の幸二さんに、私が背負っているものを移そうとしているとしたら。
あるいはシロさんのお弟子さんに、どんなリスクがあるかわからないことを承知の上で、憑きものの名前を指摘させようとしているとしたら。まだそこまでは任せられないと言っていたけど、憑いているものの手前、嘘をついたのかもしれない。
そういう犠牲の上に、私がこの先の人生を、のうのうと生きていくのかもしれないと考えたら、叫び出したいような気持ちになった。
自分の愚かしさに腹が立って、私はシロさんの顔を見られなかった。だからこの時、彼がどんな表情をしていたのか知らない。合成音声も、シロさんの言外の感情までは伝えてくれない。
『黒木くんの車、駐車場に来ましたね』
シロさんが言った。目は見えなくても、走行音でわかるのだろう。私が何か言うより先に、シロさんが手を振るのが視界の端に見えた。銀色のワンボックスカーが、私たちのすぐ目の前に滑り込んできた。
『神谷さん』シロさんが言った。『今回ボクは、前みたいな最終兵器も作れてないし、相手を弱体化できてもいません。だから今回は、別の手段を講じる必要があります』
ワンボックスカーの助手席のドアが開いて、女の子が姿を見せた。人形みたいに可愛い子で、手に白杖を持っている。
ぎょっとした。白杖を持っているならシロさんのお弟子さんだ、とは思ったけれど、想像していたよりもずっと幼い。どう見たってローティーン以上には見えない女の子を前に、どうしていいのかわからなくなった。
でも、シロさんはマイペースに話を続ける。
『その別の手段について、神谷さんがずいぶん心配されているのもわかります』
「わかってるなら、止めてくださ――」
そこでようやくシロさんの方を向いた私は、初めてシロさんの顔を見た。
シロさんは笑っていた。声こそ出ていないけれど、爆笑と言ってさしつかえなかった。
『ボクは察しがいいので察するんですけど、たぶん神谷さん、しなくていい心配してます。憑きものを他人に移すことも、リスクのある博打を子どもに打たせることも、ボクはしません。今回はね』
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