10

 シロさんは強い霊能者ではない――らしい。少なくとも本人はそう言っている。

 私が関わった事件のときも、シロさんは最初は強い相手を直接叩かず、わざわざ「秘密兵器」を用意していた。本当にシロさんが弱いのか、それとも謙遜なのか、そのあたりは残念ながら私にはよくわからない。でも、とりあえずこの状況はまずい――ということはなんとなく察しがつく。

 相手を弱体化させる手段がない場合は、一体どうしたらいいのだろう。

『いざとなったら超絶パワーが覚醒して超絶すごい攻撃ができる、とかじゃなくてすみません』

 シロさんは「ごめん」というジェスチャーと共に、私にスマホの画面を見せてくる。まだ何も言わないうちから、私の内心を読んだようなことを言うあたりは平常運転だが、問題自体は解決していない。困る。こんなときだけ誤字がないのも、むしろツッコミどころに見えてしまって困る。

「うーん……そうなるとその、どうしたらいいんでしょうか?」

『相手が弱くならない奈良、こっちの火力上げる鹿ないです』

「誤字のせいで奈良公園の話してるみたいになってる……火力上げるって、シロさんの火力ですか?」

『いやまさかそんな急に上がらないです市』

「上がらないんですか? えっ、どうするんですか」

『ところで殺気のぶろぐの件デスけど』

 シロさんは殺意の高そうな誤字だらけのテキストで、突然話の方向を変えた。

『他の人にお願い市ました。神谷さんと一緒にこの肩に会いに行ったりすると、ちょっとまずいかなと思って』

「ははぁ……」

 それなら詳細を説明できないのもわかる。私と情報を共有することによって、私にとり憑いているものにも重要なことを知られてしまうかもしれない。それはまずい。

 あのブログを作った人物についても、シロさんは知っているのか知らないのか――もし知っていたとしても、たぶん私には教えてくれないだろう。むしろ、教えてくれない方がいいのだ。とはいえ、気になる……。

『教えられなくてす見ません。あと誤字モス見ません。頭に負荷かかると甲いうとこが滅茶苦茶になっちゃうの出』

「いえ……」

 また心の中を読んだような内容だけど、いちいち驚いてもいられない。

 それにしても、爪を剥がされたり声が出なくなったりしているのに、はたから見る限り、シロさんは相変わらず飄々としているように見える。霊能者として強いか弱いかはさておき、精神的にはかなり強いな……とこっそり感心していると、シロさんは急に「ん?」という感じの顔をして、口の中を気にし始めた。何か別の怪我に気づきでもしたのだろうか……と見守っていると、今度は急にまたスマホを手に取って、フリック入力を始めた。私に見せた画面には、こう表示されている。

『黒木くんの連絡先わかります?』

「黒木さんですか? ええと、わかります」

『電話して、あっちにカガミコウジさんって人がいるか聞いてくだ歳。で、いたらナルハヤでこっちに来てほしい』

「わかりました」

 そして私は、黒木さんに電話をかけたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る