第5話 打ち上げ


※♡※


 結局、俺たちは駅近のファミレスに立ち寄ることにした。少し歩いたせいでお互い空腹度合いが増したからだ。


「いらっしゃいませ。ですか?」


 レジに立っていた店員が先に入った花崎だけを出迎える。すぐ後ろに俺も立っているんだが。身長だって俺の方が高いのに。

 花崎はクスクス笑いながら「二人です」と訂正する。それで店員が俺に気づいたのか、申し訳なさそうにテーブル席に案内してくれた。

 学校の連中に遭遇するか不安だったが、思いのほか他校の制服が多くて驚いた。

 テーブル席に通された俺たちは、とりあえずメニューを開く。向かい合って座っている花崎は、腰を下ろすやいなや呼び出しボタンを押した。


「おい早いって」

「居ないと思われてるから大丈夫だよ」

「……いつか仕返ししてやる」

「あははー。早く決めないと来ちゃうよ」

「決めてから呼ぶのが普通だろ!」

「ほらほら早くー」


 デスゲームの主催者みたいな笑い方をする。こういう会話も時間の無駄であることは分かっているが、文句を言わないと気が済まないのが本音だった。

 時間帯にしてはあまり混んでいないせいか、店員はすぐにやって来た。


「松澤君は決めた?」

「えっと……ハンバーグ定食をひとつ」

「それとミートドリアをひとつと、ドリンクバーを二つください」


 飯を食べたらさっさと帰るつもりだったが、花崎はドリンクバーを注文しやがった。


「ファミレスに来たらドリンクバーは必須だよ」

「……ソウデスネ」


 また俺の表情を読み取ったらしい。心の中を覗かれた気がしてあまり良い気分ではない。ポーカーフェイスにならないといけないな……。

 俺がそんなことを考えていると、花崎がドリンクバーでコーラを持ってきてくれた。別に飲みたかったわけではないけど、その厚意を無下にするのは人として終わっている。


「ありがとう」

「初めて松澤君に感謝された気がする」

「感謝されることやってないからな」

「……本当ドライだよね、君って」


 甘い刺激が喉を抜けながら、彼女の嫌味を聞き流す。散々こき使っておいて、感謝しろとは面の皮が厚いにも程がある。これを口に出して言う勇気はないが、クラスの中にいる花崎からは想像も出来ない発言だった。

 普段の花崎は、それこそおしとやかで物腰の柔らかい人間だった。あたたかい空気が包んでいる。誰かの嫌味を言ったりすることもないし、ずっとニコニコして彼女の周りにはいつも人が居る。


「どうしたの?」

「いや別に」


 あっという間にコーラを飲み干すと、彼女の視線が刺さった。


「言いたいことあるなら言ってよ」

「……普段と性格違うんだな」

「普段って?」

「クラスにいるときだよ」


 俺がそう言うと、彼女は「あぁー」と言いながら笑う。


「別に性格は変わってないよ。クラスでもこんな感じで喋ってるし」

「そうか? 俺に言うみたいなことは言ってないだろ」

「どうだろ。でも本当変わらないよ。別に松澤君が特別ってわけじゃないんだ」

「別にそうは言ってない」

「あはは。がっかりした?」

「さあな」


 それ以上は変に突っ込まれたくなかったから、空になったグラスを持って立ち上がる。ドリンクバーに逃げて、コーラ色に染まった氷をジャラジャラと捨てた。

 グラスを替えて綺麗な氷を適当に入れる。そのままウーロン茶を注いで花崎が待っている席に戻った。


「ねぇねぇ松澤君」

「なんだ」

「ちょっとんだけど」

「作った?」


 グラスをテーブルに置くと、花崎がスマートフォンの画面を俺に見せてきた。それと作ったという発言がリンクしていなくて、その行動の意味がイマイチ理解できなかった。

 しかし、その光る画面を見ると謎が解けた。


―――☆―――


 初恋相談所ホームページへようこそ。あなたの初恋、私たちが叶えて差し上げます。

 ご相談の条件は「初恋であること」と「相手と面識があること」のみ。この条件さえクリアしていれば、どなたでもご依頼いただけます。

 報酬は成果型。ご依頼が叶った場合は、あなたが一番大切にしているモノを一ついただきます。これは自身で決めていただいて構いません。


 相談の秘密は厳守します。

 なお、SNSへの弊所に関する投稿は禁止します。発覚した場合、ご依頼を打ち切らせていただく場合があります。


 詳細はS高2年の「M」まで。ご依頼の際は『ジュテーム』とお伝えください。


―――☆―――


「おい」

「結構良いデザインでしょ?」

「ちげーよ! 何で俺が窓口になってるんだよ」

「だってアシスタントじゃない」


 洗練されたデザインにポップな文字列が並ぶ。初恋相談所のホームページであることが一目で分かった。

 だが問題はそこではない。その文面を読み進めていると、最後に俺であろうイニシャルと合言葉らしき文言がある。確かにある。


「さすがに面倒を押しつけるな。これで依頼が大量に来たらどうすんだよ」

「大丈夫だって。高校名も伏せてるし。S高なんて全国に何万とあるから気づかれないよ」

「ならホームページなんか作る必要ないだろ?」

「せっかくならあった方がそれっぽいじゃん?」

「なんで疑問形なんだ……」


 そもそも、花崎のスタンスが良く分からない。

 依頼は無くても良いとか、目の前の困っている人を助けられれば良いとか言ってるくせに。こうやって募集かけることは自身の発言に反してるとは思わないのだろうか。


「思わないよ。冷やかしが嫌なだけで、存在感がこっそり伝われば良いの」


 今日何度目だろうか。俺が口にしていない言葉に反応されるのは。

 人の表情を見て、そこまで理解出来るものなのだろうか。俺が顔に出やすいだけか? それとも――でも持っているのか?


「友達から結構怖いって言われない?」


 自身のスマホの画面に視線を落としていた彼女は、俺の言葉をどのように受け取ったのだろうか。視線を上げず、一見すると無視しているように見える。でも――その薄い唇がわずかに反応した。


「言われたことないなぁ。私から怒ることないし」


 そういうことではない――と言ったところで結果は目に見えている。

 彼女は何も言わないだろう。誤魔化すとかじゃなくて、俺の発言を根本的に否定する。

 ファミレスの喧噪けんそうを感じさせない空気が俺たちの間に流れていた。注いだばかりのウーロン茶を飲んでも、口の渇きが良くならない。


「そういえば、あの子からの連絡はもうないの?」


 花崎は話題を切り替えるように、声のトーンを上げて問いかけてきた。


「あの子?」

「ほら、田中君依頼人の相手の子」

「あぁ、ないよ。俺は告白してフラれたみたいなもんだし」


 別にアカウントをブロックしたわけじゃないが、現時点で向こうからの反応は何もなかった。というか、反応があった方が困る。田中裕武との交際が始まったことは知っているし、これで万が一「会おう」なんて言われれば誤魔化せる自信がない。

 そういえば、田中はどうして花崎に相談しようと思ったのだろうか。

 ふとした疑問だが、それは至極真っ当な疑問であった。ヤツが依頼にやって来たのは、オカルト研究会が出来た翌日。普段なら絶対に近づかないあの部屋に一人で来たのだ。


「もしかして田中と知り合いだったのか?」

「ううん。女バスバスケ部の同級生から彼のことを聞いて、そそのかしたの」

「どうやって?」

「下駄箱に手紙を残したの」


 あぁなるほど。確かに考えてみれば、依頼人を待たずともこちらからアプローチはできるわけだ。噂話から相談まで、その事実に確証がなくたって、悩んでいる人間は勝手にやって来る。作り話みたいな相談所だとしても、本気でを成就させたいと考えているのなら。


「やっぱ怖いな、花崎って」

「優しいの間違いじゃない?」


 ニヤリと笑うその表情は、まるで悪役みたいだぞ。全く。

 そのタイミングで、店員が料理を持ってきた。お盆には……花崎のミートドリアしか乗っていない。


「ご注文は以上でしょうか」


 店員の淀みのないスムーズな対応に、思わず頷いてしまいそうになる。

 俺を不憫ふびんに思ったのだろう。花崎がハンバーグ定食が来ていない旨を伝える。すると店員は俺の方を見てひどく申し訳なさそうに厨房へ消えた。


「金髪にでもしてみたら?」


 そうだな。考えておくよ。

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