第26話 真実②

 ショッピングモールを出た私と交野君は少し離れた喫茶店に入った。奥の人が来なさそうな席に私達は向かい合わせで座る。


「コーヒーでいいか?」


「うん」


 交野君はコーヒーを注文する。


「お前はどこまで知ってるんだ?」


「名前だけしか知らない」


「どうやって知った?」


「私の家に忘れた莉愛の定期を見て知った」


「なるほど……。詰めが甘いな。あいつら……」


 交野君は少し悲しそうに笑みを浮かべた。


「で、そっからはどうなったんだ?」


「生駒君に聞いたけど、教えてくれなかった」


「だろうな」


「あと……忘れてくれって言われた」


「あいつは……ホントに……。ま、そういうしかないだろうな……」


 交野君はやれやれといった感じで手を軽く上げた。


「お待たせしました」


 注文していたコーヒーが届く。


「私からも質問していい?」


「ああ。いいぞ。俺だけ聞くのも不公平だしな」


 交野君はコーヒーカップに口を付ける。その余裕な表情に少し腹が立った。


「どこまで知ってるの?」


 私は彼にされた質問と同じ質問をそのままする。私達は今、お互いに腹の内を探ってる状態なのだろう。


「どこまでか……。どこまで知ってると思う?」


「質問に質問で返さないで」


「おお、怖……。仕方ないだろ。俺だって自分が知っていることが何%かはわかんないんだし」


「最初からそう答えたらいいでしょ」


「はいはい。おっしゃる通りで」


 私もコーヒーを一口飲む。悔しいことにとても美味しいコーヒーだった。


「とりあえず俺が知ってることは話すわ」


「……うん」


「ただ、後悔するぞ。間違いなく」


「もう後悔してる」


「俺の話を聞いたらお前はもうこれまで通りあいつらと接することはできないだろう」


「覚悟してる」


「そうかよ。ま、お前も予想はついてんだろうけど」


「…………」


「ただ、話すにあたって条件がある」


「条件?」


「ああ。絶対に生駒を見捨てないってことが条件だ。このことを話す以上お前は絶対に生駒の味方でいろ。もし条件を飲めないのなら話は無しだ」


「えっ……」


 予想もしていなかった条件に私は驚く。


「何だよ。その顔」


「い、いや……まさかそんなことを言われるとは思ってもなくて……」


「どんなことを条件にするのかと思ったんだよ」


「何かを奢れとか……一日デートしろとか?」


「出会ってそんなに経ってないのに酷い評価だな……」


「ゴメン。とにかく条件は守るよ。というか最初からそのつもりだし」


「なら、いい」


 交野君は大きく息を吐く。


「結論から話す。吉野 莉愛はこの世にはいない。2年前に死んだ」


「っ……!!」


 あまりにも残酷な真実に思わず奥歯を噛んでしまう。


「今、吉野 莉愛を名乗っているのは吉野 莉愛の双子の妹の吉野 莉紗りさだ」


「…………………」


 それは予想していた。定期は本人の名前でしか作れないため、莉愛が莉愛ではなく莉紗であるかもしれないということは予想していた。しかし、他人の口からいざ語られるとクるものがある。


「何で……そんなことをしてるの?」


 私は一番の疑問をぶつける。確かに双子の姉が死んでしまったのは悲しいことだ。しかし、だからといって死んでしまった姉の代わりをすることが何のためになるのかがわからなかった。


「俺も本人に聞いたわけじゃないからあくまで予想なんだが……自分自身を守るためだろう」


「…………どういうこと?」


「スマホで吉野 莉愛って検索してみろよ」


「……わかった」


 私は言われたままスマートフォンで吉野 莉愛を検索する。


「!!」


 出てきたのはニュース記事だった。駅のロータリーで自動車が暴走し、5人の人が亡くなったという悲惨なニュース。その5人の中には吉野 莉愛という名前があった。


「これ……知ってる……」


 ニュースでも悲惨な事故と相当騒がれていたので私もその事件は知っていた。しかし、2年前に報道された知り合いでもない名前など詳細に覚えているはずがなかった。


「その日、生駒と吉野 莉愛は駅で待ち合わせをしていたそうだ。けど、生駒は待ち合わせに遅れた。その原因をつくったのが吉野 莉紗らしい」


「まさか……自分のせいだと思って……?」


「そういうことだ。もし、自分が生駒を遅れさせなかったらって思ってしまったんだろうな。俺も同じ立場だったら……きっと同じことを思ってしまうだろうな」


「……でも、そんなこと事故前にわかるわけないから防ぎようがないじゃない……」


「ああ。生駒が時間に遅れなかったら、吉野 莉紗が生駒を遅れさせなかったら、吉野 莉愛は死ななかったかもしれない。でも、それらが直接事故を引き起こしたわけじゃない。悪いのは100%車を運転していたやつだ」


 交野君が言っていることは的を得ていた。私もその考えと全く同じだ。


「だがな……人間、簡単にそう思えないんだよ。特にもしもという可能性や選択肢があったやつは」


「…………」


 もし自分が同じ立場だったらと考えてみる。きっと私も同じことを感じてしまうに違いない。後悔してもしきれない。罪悪感で潰れてしまいそうになるだろう。


「実際、吉野 莉紗はそういうやつだった。自分が姉を殺してしまったという重い現実を受け止めきれなかったんだ」


「……だから……吉野 莉愛になったってこと……?」


「おそらくな。あいつの中であの事故で死んだのは吉野 莉紗ということになってるのかもな」


「…………おかしいよ」


「何がだ?」


「何でそんなことになる前に誰かが悪くないって言ってあげなかったの?」


「じゃあ、お前は言えるのか?吉野 莉紗に姉が亡くなったのはお前のせいじゃないって。お前は悪くないから元の生活に戻れって」


「っ……!!」


「そんな言葉慰めにもならない。言えば余計に苦しみが増すだけだ。もしもその言葉が言えるとすれば、それは死んだ吉野 莉愛だけだ」


「………………」


 私は反論の言葉を言えなかった。私もその時になんて声をかければいいかわからなかったからだ。何を言っても戯言にしか聞こえないだろう。


「……事故があった後すぐに莉紗は莉愛を名乗り始めたの?」


「いや、中学では吉野 莉愛が亡くなってから吉野 莉紗は一度も学校に来ずに卒業した。莉愛を名乗り始めたのは高校からだ。俺も高校に入ってしばらくして吉野 莉紗に会って驚いた」


「驚いた……?」


「ああ。半年間で吉野 莉紗は大きく変わっていた。完全に吉野 莉愛の見た目だった」


「双子だから似てるんじゃないの?」


「中学の時の吉野 莉紗は眼鏡をかけて大人しそうな見た目だったんだ。吉野 莉愛とは見た目も印象も全然違ってたんだ。けど、俺が中学卒業後見た時、あいつは見た目を完全に吉野 莉愛にしていた。さらに話し方や癖まで真似ていた。中学の時の同級生でも見分けがつかないレベルまで仕上げていたんだ。俺も初めて見た時、吉野 莉愛が生きているかと思ってしまったレベルだ」


「でも……外見や話し方を真似たって……。吉野 莉愛が事件で亡くなったことはみんな知ってるはずじゃ……」


「ああ。だから、あいつは同級生が誰も進学しない信賀学園に進学した。半年間、学校に通っていなかったせいで成績をだいぶ落としたっていうのもあるしな……」


「……そもそも死んだ姉の名前で学園に通うことなんて可能なの……?」


「俺にわかるわけがないだろ。やったこともないし。だが、事実として吉野 莉紗は吉野 莉愛として信賀学園に通っている」


「学園に事情を話して……特別な対応をしてもらってるのかな?」


「そう考えるのが妥当だろうな。定期に吉野 莉紗と書かれてあったことから学園側が知っているのは間違いないだろう」


「でも……ずっとバレないなんて……。そんな上手くいく保証はないはずないのに」


「それには同意だ。実際お前には知られてしまったしな。というかこんな綱渡りが1年半以上もったのがすげえよ」


 確かによく同級生にバレなかったと思う。私みたいに定期を見られたら一発アウトだし、学生証や成績表などを見られてバレる可能性も十分にあったはずだ。


「中学の同級生に出会わなかったのかな……」


「一度も出会わなかったってことはないだろ。ただ、出会っても指摘できないだろ」


「え……」


「あんな悲惨な事故があって、吉野 莉紗が心身ともにボロボロになったことは同級生全員が知ってる。なんでそういうことをしているのか……察してしまうだろ。言えねえだろ」


「…………」


 確かに指摘などできるはずがなかった。


「ここまで色々と言ったが、俺は別に吉野 莉紗が吉野 莉愛として生活していることに関しては認める認めないは別として、仕方がないことなのかもしれないと思ってる。世間的にどうかはわからんが、一応学園にも認められているわけだし。それで吉野 莉紗が元気でいられるのであれば悪いことではないのかもしれないとも感じてる。だが、どうしても許せないことがある」


 交野君の言葉からは怒りを感じた。


「それは………生駒を巻き込んでいることだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る