第14話 隠し事③

「困ったね……」


「ね、どうする?」


「そうだなぁ……」


 俺は腕を組んで考える。週明けに音楽室で練習を始めようとしたが先週と違うことがあったのだ。音楽室前に人が集まってる。2年が一番多いが、1年と3年もいる。


「帰れっていうわけにはいかないしなぁ……」


「音楽室は私たちのものではないし、当然だね」


「でも、どうして今週になって人が集まったんだろ?先週は誰も見向きもしなかったのに」


 葛城の疑問は当然だった。


「それはあいつらのせいだ」


「誰?」


「高見と三峰だよ」


「2人がどうかしたの?」


「あいつらが俺達の事を話しまくったんだよ。それで尾びれがついてこんなことになったんだ」


「そういうことかぁ……」


 莉愛も納得したようだ。高見と三峰は2人とも口が軽く、またお喋りなのだ。それにしては異常な広がりではあるが。


「どうする?このままする?私は構わないけど」


「……まあ、最終的に人前で歌うことになるから練習になるか……」


「でも、どんな曲を歌うかを知られるのはあんまり良くない気がする」


「あっ……」


「確かに……」


 莉愛の発言に俺達はハッとなる。葛城が言っている楽しむためには何を歌うのかというワクワク感はあった方がいいに決まっていた。


「でも、仕方ないよね……。他に練習できる場所無いし」


「「……………」」


 俺と葛城は黙り込む。きっと俺達の頭の中には同じ場所が浮かんでいる。


「なぁ……」


 俺は小声で葛城に話しかける。 


「何?」


「お前も同じことを考えているんだろ?」


「……そうだね……」


「あいつは高見と三峰と違って口は固いぞ」


「それは何となくわかる」


 葛城にはまだ少し迷いが見えた。


「……ま、しょうがないか。2人とも場所変えよっか?」


「えっ、ここ以外で練習できる場所ってあるの?」


「うん。とっておきの場所があるよ。そこで練習しよ」


「私はいいけど……幸一君はどう?」


「ああ……俺は練習できるのならどこでもいい」


 そこで俺は気づく。俺は葛城の家に行ったことが無いということにしておかなければいけないと。


「どこに移動するの?」


「秘密」


「遠いのか?」


「…………近くはないかな」


「じゃあ、行こっか。私、お手洗いにも行くついでに音楽室の鍵返してくるね」


「頼むよ。俺達は校門前で待ってる」


「わかった」


 莉愛は音楽室の鍵を返しに行った。俺達が音楽室から出ると外にいた人たちはあからさまにガッカリとしていた。


「何か疲れてない?」


「疲れてる。すぐにでもベッドにダイブしたい。」


「ははっ、それは私もだね」


「あと思考が鈍いっていうか上手く考えられない。葛城はどうなんだ?」


「私も疲れてるけど、そこまでかな。夜遅くまで作業するのは昔からだし」


「そっか……」


 おそらくは義冥の活動をしているからだろう。


「あのさ……俺がお前の家に行っていたこと……」


「わかってる。吉野さんには黙っておくから」


「悪いな」


「あんまり下手くそな演技しちゃダメだよ。女の子ってそういうの結構わかるから。それに意外と吉野さんって鋭いよね」


「……知ってる。昔嘘ついて即バレしたことあるし」


「ふふっ、経験済みなんだ。なら、私から言うこと何もなさそうだね」


 俺達は靴を履き替え、校門前で莉愛が出てくるのを待つ。


「ねえ」


「ん?」


「嘘ってどう思う?」


「随分とざっくりとした質問だな……」


 葛城の質問はとても広い意味にとれる。一体俺は何を求めているのだろうか。


「ま、良いこととはされてないな。昔から。嘘をつくと閻魔大王に舌を抜かれるぞとかそういう伝承があるくらいだし」


「……そうだね」


「でも……人間には嘘が必要なんだと思う」


「えっ……」


「嘘は確かに良くないものだよ。それは間違いない。でも、嘘は人が使うことができる最も簡単な防衛手段だと思うんだ」


「なかなか独特な考えだね……」


「かもな。でも、嘘って自分を守るためにつくことが多いと思わないか?」


「……確かにそうかも」


「だから、人は嘘をつくのをやめられないんだろうな。葛城はどう思うんだ?」


「私は……私も嘘は必要だと思ってる。嘘は自分を表現するのに必要だから」


「表現?」


「うん。嘘をつけば理想像を作ることができる。本当の自分を隠して、なりたい自分になれる」


「ああ……義冥のことか……」


 義冥というのは葛城の理想的な姿だったらしい。確かに素の葛城を一切出していない。動画だけだと俺も葛城が義冥だとわからないだろう。


「うん。義冥には偽名って意味もあるんだ」


「なるほど……ダブルネーミングなのか。というか……葛城って嘘のことをあまり良くないって思ってるの?」


「生駒君がさっき言ってた通りだよ。良いものではないって思ってる。あくまでも嘘は嘘で本物にはなれない」


「…………それは違う」


 俺は葛城の言葉を否定する。


「嘘は確かに嘘だ。でも、嘘をつき続ければそれはいつか本物になると思うんだ。だから嘘をつくにはついた嘘を貫き通す覚悟が必要だと俺は思ってる」


「…………」


「義冥は葛城の偽りの姿であり、理想ではあるんだろうけど、なれないって理屈にはならない。というかメジャーデビュー目指すならならなきゃいけないんじゃないのか?」


「それは……」


「お待たせー」


 そのタイミングで莉愛が駆け足でやってくる。


「鍵ありがとう」


「ううん。じゃあ、行こっか。どこに行くか知らないけど……」


「だな。葛城、案内頼む」


「あっ……うん」


 俺達は歩き出した。



「え、えーーーー。何これ……すごっ……」


 葛城の家に到着すると莉愛は驚いていた。それは俺と全く同じリアクションだった。


「広すぎないか……」


 俺も驚きの声を漏らす。演技ではあったが。


「練習はここでしないよ。地下でするよ」


「へ……?」


「ち、地下ぁ……?」


 我ながら演技を上手くできたと思う。


「こんなのテレビでしか見たことないよぉ……」


「だよなぁ……。レコーディングするやつじゃん……」


 莉愛が地下室に驚いているリアクションに合わせて俺も驚きの声をあげる。


「…………ほら、練習するよ。もう本番まで1週間しかないんだから」


「だな」


「うんっ!!」


 俺達は演奏の準備に取り掛かった。


「……葛城、このコードってどこに差せばいい?」


「…………その黒い機材の裏」


「わかった」


「…………………」


「用意ができたら始めよっか」


「ちょっと待って。俺、トイレ行ってくる」


「わかった。準備しておくね」


「…………」


 俺は地下室から出て行った。



「幸一君すごいすごいっ……!!すごく弾けるようになってるっ!!」


「ああ。土日で頑張ったからな」


 俺の仕上がりに莉愛は驚いていた。そのテンションは明らかに高い。


「いや、音ズレてたし、間違えてた。それに3度止まったよね?」


「相変わらず厳しいねー……」


「そんなことない。いつも通りだ」


「…………」


「ふうーー……」


 俺はため息をつく。


「やっぱりソロパートが10回に1回くらいしかできないな……」


 ありがたいことに俺にもソロパートがあった。俺の一番の見せ場だ。しかし、失敗するわけにはいかない。何しろ俺のソロパートの後には葛城のソロパートがある。俺が失敗すると葛城のパートに繋げられないのだ。


「ま、最初よりは弾けるようになったんじゃないの?最初は100回やっても引けなかったんだから」


「それはそうだな……」


「ま、あと一週間で仕上げればいいよ。そうだ。2人に相談したいことがあったんだ」


「相談したいこと?」


「うん。当日何着て歌おうか相談しておこうと思って」


「ああー……言われてみれば、考えてなかったな……」


 学園祭のステージでは自由な服装が許されている。俺は今まで演奏のことしか考えていなかった。


「どんな衣装がいいとかある?」


「ない」


「吉野さんはどう?」


「えっ……私もないかな……」


「じゃあ、私が決めちゃうね」


「何にするかは一応聞いておきたいんだけど……。あまり変な服装着せられても困るし……」


「大丈夫だって。カッコいい服装だから」


「不安だなぁ……」


 葛城のカッコいいという言葉にはいささか不安があった。何しろ義冥を本気でカッコいいと思っている感性だ。


「というかもう発注しちゃってるんだけどね」


「は……?」


「発注って……お金とかどうすんだよ」


「いいって。私が勝手にやったことだし」


 どうやら葛城は裏で色々動いていたらしい。


「あと勝手にバンド名も決めてあるから」


「はぁ……!?それくらい一言言ってくれよ」


「生駒君に言うと反対されそうだったから」


「…………お前、もしかして……衣装にバンド名入れただろっ……!!」


「正解。私のこと、よくわかってるね」


「まあな。3週間くらいだけど、お前のこと結構わかってきたよ」


「……………」


「で、バンド名は?」


「しょうがないなぁ……」


 葛城はドヤ顔をしている。よっぽど自信があるように見える。


「私達のバンド名は……鬼灯ほおずきっ!!」


 相変わらずのネーミングセンスだった。しかし、葛城の提案に反対する者もいなかった。

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