十九話
センター・シティーはクリスマス色に染まっていた。イベントスペースにはクリスマスツリーがでかでかと飾られ、そのてっぺんには大きな星が光っている。モール全体にクリスマスの定番曲が流れて楽しげだ。イルミネーションで彩られた外壁も入るときに見えた。
「もう十二月だもんなぁ」
入院期間中に十一月は終わっていた。たった三日だがこうも劇的に変わると世間に取り残された気分になる。
この町はどこか忙しない。中途半端な都会であった。
「ハロウィンが終わったら企業はクリスマスモード。そういう商戦」
「夢がね~なぁ」
由紀は妙なところで現実主義者だ。イルミネーションを見たら「わ~きれ~」と言うのが女子高生の作法だと思うが、「電気代高そう」と呟いていた。
「クリスマスくらい頭空っぽにしようぜ? ほら、サンタクロースには何もらうよ」
「なにも。高校生だし」
「そうかぁ? まあ俺も去年は諭吉だったけど」
さすがに靴下に入っていたわけじゃなく、親父から直接手渡された。
別に金が欲しい訳じゃないんだけどな……。
「クリスマスだから贅沢しないといけないわけじゃない。いつもと変わらない」
「うわ、うわ、うわ。女子高生としての尊厳を捨てるなよ」
「捨ててない。今年は……朔夜がいるし」
さらにぎゅっと強く手が握られる。互いの感触を確かめ合うために手袋もしていないのだ。縋るような熱が伝わってくる。
「……一緒に過ごそうな。約束だぞ」
「でもイブだけ。二十五はいい」
由紀の親父は忙しく、あまり家に帰ってこない。しかしクリスマスだけは必ず休みをとり、月下家の家族の日なのだそうだ。恋人ができても由紀が家族をないがしろにするはずがなかった。
「クリスマスプレゼント、なにか欲しいのはあるか? 今ならなんでも希望を聞くぞ」
本当はサプライズであげたかったが、今朝の髪のように黙ってすると地雷を踏みそうだった。
「朔夜の期末の成績」
「ごめんなさいなんでもは言いすぎました勘弁してください」
いじわるな笑みを向けられる。期末テストは来週だ。もとより成績を気にしてないので直前に勉強すればいいやくらいに思っていた。
由紀はデートなんてしているが、多分これでも一桁順位は固いだろう。中学では常に一番だった由紀は、中堅である朝雪高校ですら役不足なのだ。本来はもっと上を目指せる。おそらく、俺に合わせてくれた。
「なんでもいい。朔夜が考えてくれたなら」
「なんでもが一番困るって母ちゃんに言わなかったのかよぉ」
と、話しているとお目当ての店に着いた。きらびやかなモールに反してシックな濃い茶色の店だった。小さな丸看板には黒猫とコーヒーカップが描かれている。
「ここって……」
「ここでいいか? 喫茶店だけど」
由紀は目を見開いて俺と中を交互に見比べた。庶民派のショッピングモールに対して、ここはいかにも高級感が漂っていた。
「朔夜はいいの? ごはん少ないと思う。それに私、そんなにお金ない」
「別に大食漢じゃねーし。あと俺のおごりな。由紀はコーヒー好きだっただろ。好きなだけ頼め。いつかの借りもあるしな」
「え、でも――」
「異論反論はうけつけてませ~ん」
手を引いて強引に店に入る。店内も木材風の茶色で統一されて雰囲気作りが徹底されていた。軽快なジャズが心地よく流れ、深みのあるコーヒーの香りが漂ってくる。
席に着いた由紀はそわそわと不安そうだ。
「私たち、場違いじゃない?」
「むしろぴったりだろ。自信持てって」
毅然とした由紀の上品さはどこに出しても恥ずかしくない。それに加えて飛びぬけた美少女なのだ。適度に飾る服装も、にじみ出る気品も、何もかもがマッチして絶妙に映えていた。
だから少し意外だった。こういう場に物怖じしないと思っていたのだ。月下家はあまり裕福じゃないから慣れていないのだろうか。
「でもサラダだけで……」
メニューを見ると確かに高かった。インターネットで確認したときには目が飛び出たものだ。いま見ても震えるが、覚悟を決めてきた。
「金は持ってきたから。むしろ値段見るな。初めてなんだからこれくらいいいだろ」
自分で稼いだ金ではないので胸ははれないが、今日くらいは見逃してもらいたい。
由紀はむ~、とメニュー表を睨みつけていたが、決心したのかコーヒーセットを頼んでいた。一番安いやつだ。俺も同じものにした。
しばらくすると料理がやってきた。スタンダードなパンとサラダにパンケーキ。あとは食後のコーヒーだ。見た目は簡素だが焼きたてのパンはふわふわで甘く、サラダも家で食べるものとは別次元でうまかった。パンケーキの味が二人で違ったので食べ比べにあ~んをしようと提案したが病院のことを思い出した由紀に却下された。まあ、俺も本当にする気はなかった。
コーヒーの良しあしなんて俺にはわからないが、由紀は幸せそうにすすっていたのでうまいんだろう。優しく微笑む由紀を見て俺も嬉しくなった。
「いいところだよな、ここ」
由紀は感心したようにうなずいた。
「朔夜が見つけるとは思わなかった。生意気」
「ひっで~」
たしかに途中まではファストフードでいいかと思っていたが。
「また来ようぜ。来年になったら」
「……来年のことを話すと鬼が笑う」
由紀は目を伏せた。実感がないのだろう。俺たちが付き合ってから一週間もたっていないが、それは何十年にも思えるほど濃密な時間だった。これから何週間、何カ月、何年と由紀と一緒にいるのは想像がつかない。
一生こんな時間が続けば幸せなんだろうな……。
ミルクと砂糖たっぷりの甘いコーヒーは幸せの味がした。味わい方は知らないが、丁寧に噛みしめた。
食べ終わって席を立つと「やっぱり私も出す」と財布を出したので強引に押しのけて会計をする。
「ごちそうさま。ありがと」
店を出ると申し訳なさそうに言われた。
「そこは払ってもらって当然くらいにふんぞり返っとけって。男に見栄をはらせろ。遠慮する暇があるなら少しでも笑え」
「……うん」
再び手をつないで歩き出す。昼飯を食べて体温が上がったからだろうか。さらに温かく感じた。
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