第14話「緑小鬼」

 第十四話「緑小鬼」


 この異世界にはゴブリンと呼ばれている緑の小鬼の魔物がいる。

 基本群れをなして行動していて魔王軍の歩兵として活動している。

 片言だが喋る事が出来る上、多少の知能がある。

 一体一体の実力は大したことはない……と思われており、多くの冒険者の登竜門的存在として扱われていた。

 そして今日もゴブリンの犠牲になる町がひとつ。


 ―とある村


「ここがゴブリンに襲われている村ね、ゴブリンなんて雑魚、私の炎魔術で焼き尽くしてやるわ」


 黒髪ロングヘアのローブ姿の女魔術師が自信満々に言う。

 それに反応したのはリーダー格の赤髪ショートヘアの剣士風の女だ。


「油断しちゃ駄目よ。奴等は数は多いんだから」


 その警告に余裕綽々で反応したのは黒髪短髪の革のボディスーツ姿の盗賊の女だ。

 獲物であるダガーを研いで舌なめずりしている。


「でもリーダー、所詮ゴブリンよ?楽勝だって」


 この三人はそこそこ腕に覚えのある冒険者達だったが、運が良いのか悪いのかこれまでこれだけの集団のゴブリンとの戦闘経験はなかった。


「さあ、雑魚ゴブリンなんかさっさと倒していざ酒場に繰り出すわよ!」


 もう勝った気でいる魔術師の女は今後の祝杯の事をもう考えていた。

 それに同調するように盗賊の女も軽口を叩く。


「そういえば最近近くに大きい酒場ができたっけ。そこいきましょうよ」


「いいわね~、リーダーもそう思うでしょ?」


 二人を怪訝そうな顔で睨みつけるリーダーの女剣士。

 女剣士は初めての規模のゴブリンと言う事でかなり警戒していた。


「あなた達、浮かれるのはゴブリン達を倒してからよ」


「「ほーい」」


 こうして三人のゴブリン退治が始まった。


 ―数分後


「さあ、ゴブリン共!私の炎で焼かれなさい!」


 ギャアアアアアアアアアア!!!


 何体かのゴブリンが女魔術師の炎魔術で焼かれていく。

 次第にゴブリン達は動かなくなりぐったりと倒れ込んだ。


「さあ、切り刻んであげる!」


 盗賊は二刀のダガーを構えるとゴブリン達を次々と切り倒していった。

 ばたばたと音を立ててゴブリン達は倒れん込んでいく。


「はあああああああ!!!」


 赤髪のショートヘアの女剣士はその見事な剣さばきでゴブリンの大群を倒していった。

 そこには大量の血塗れのゴブリン達が倒れている。


「ふ、楽勝ね。今日の祝杯が楽しみ~」


 女魔術師は焼けたゴブリンを見て再び軽口を叩いた。

 彼女達は冒険者の実力で言えば相当な物なので別に弱い冒険者が調子に乗ってる訳ではない。

 しかし圧倒的に経験が足りなかった、それだけだ。


 ―数時間後


「どうして!なんで何度も焼いたのにこいつら立ち上がって来るのよ!?」


 倒したはずのゴブリン達が立ち上がり徐々に魔術師に近付いて来る。

 女魔術師は次々と魔術を放つがどれも致命傷にはならない。


 グヘヘヘ……


 獲物を追い詰めた余裕からだらしなくよだれを垂らし笑うゴブリン。

 そして女魔術師はゴブリンの集団に取り押さえられた……

 一方で女盗賊も同じような目にあっていた。


「私に近付かないで!」


 女盗賊はいたずらに短剣を振り回すがそれはゴブリン達にかすりもしない。

 女盗賊は左右からゴブリン達に押さえつけられると地面に叩き伏せられた。

 最後にリーダーの女剣士だが、彼女はこの惨状を見て一目散に逃げだした。

 臆病なのではない、どう足掻いても勝てない敵に向かっていくのは勇気ではなく蛮勇だ。

 愚かな行為なのである。


 いやあああああああああ!!!!


 二人の仲間の悲鳴が村に鳴り響く。

 守るべき村人ももういない。

 女剣士は仲間達を助けるためにも近くの街の酒場に急いだ。


 ―ルシファーズハンマー


 時間はまだ日の落ちる前の夕方頃、もう少しでナイトクラブの開店といった時間帯だった。

 バタンと勢いよく扉が開かれる。

 その扉を開いたのはゴブリンの血に塗れた赤いショートヘアの女剣士であった。


「おいおい、まだ開店前だぞ。もう少し待ってくれ」


 ルシファーが目が血走っている女剣士をなだめるように言う。

 しかし女剣士はその言葉を無視してルシファーにこう言った。


「至急冒険者仲間を雇いたい!ゴブリン退治をしたいんだ!」


「悪いがウチじゃあ酒と食べ物と音楽しか提供してなくてね。他を当たってくれ」


「しかしこの街にはこの酒場しかないんだろ?頼む!」


 そういえばこの街の他の大手酒場は自分達が全て潰したんだと忘れていたルシファー。

 責任の一端を感じなくなくもないルシファーは冒険者の真似事をするのも面白いと思い自身が出向こうとしていた。


「え、バーテンさんが?私は戦士や魔術師、盗賊がいいんだが……」


 不満げな顔をする赤髪ショートヘアの女剣士。

 素人についてこられても邪魔になるだけなので当然である。


「失礼な、僕はこの店の店主、オーナーさ。それに戦闘には覚えがあってね」


 現代で何千かそれ以上といった天使や人間を殺して来たルシファーである、たかだか数十体のゴブリン等敵ではない。

 しかしそれを知らない女剣士はルシファーを引退した元冒険か何かと勘違いした。

 多少の?すれ違いはあれどルシファーの同行を認めた女剣士だったが二人が入り口に差し掛かった時にリィンがルシファーを止めた。


「おいオーナー、ゴブリン退治なんて危険すぎる。やめておけ」


「大丈夫さ。ゴブリンなんてRPGの雑魚敵の代名詞じゃないか」


 現代のTVゲームを知らないリィンには訳の分からない例えなのできょとんと首をかしげる。

 一方でそれを横から見ていた女剣士はリィンの姿をまじまじと見てこう言った。


「踊り子さんに出番はないわ。引っ込んでて頂戴」


「なに!?」


 踊り子扱いされてカチンときたリィン。

 これから開店と言う事で制服である黒のビキニを着ているのだから当然ではあるが。

 リィンは自分の服装を見てそう思われたのだと渋々納得すると、腰の短剣を剣士に見せて自分が戦える事を見せた。


「ふーん、あなたも戦えるのね。じゃああなたも来て頂戴」


「気が進まないが、オーナー一人で行かせる訳にもいかないか。おいフォルス、行くぞ」


 リィンがグレーのスーツの天使、フォルスを強引に仲間に引き込む。

 フォルスは急にゴブリン退治に誘われ困惑していたが、ルシファー達についていくことにした。


「私は今来たばかりで状況を把握していないんだが・・・・・・まあ退屈なバーテンをやるよりはいいか」


「頭数が増えるのは有難い。私はメリッサだ、よろしく頼む」


 メリッサと名乗った赤髪の女はフォルスと握手を交わすと乗って来た馬のいる馬小屋に向かおうとしていた。


「いや、馬より早い物があるだろ?僕のは今使えないが」


 ルシファーがフォルスの方を見る。


「ああ、私には天使の翼があるからな」


 頭に疑問符を浮かべているリィンとメリッサの手をルシファーが掴むと、フォルスはルシファーの肩に手をやり念じた。

 瞬間翼のはばたく音がし、そこには天使の羽が数本落ちていた。


 ―ゴブリンに焼き払われた村


「一瞬にして村についたぞ!?どんな魔術だ!?」


「魔術じゃなくて天使の翼。瞬間移動と言う奴だ」


 驚くメリッサに対しフォルスが自慢する気もなく言う。

 一方でリィンも驚いていたが、リィンは村にいる大量のゴブリンにも驚いていた。


「ゴブリンがこんなにいるとは……厄介だな」


 リィンが深刻そうにつぶやく。

 その意味が分からないルシファーはリィンに訳を尋ねた。


「そういえばさっきも言ってたがゴブリンが危険とはどういう意味なんだ?」


「歴史の浅い人間や異世界人のオーナーは知らないだろうが、ゴブリンは本来危険な種族なんだよ」


 リィンの説明によればゴブリンは本来は魔王に召喚された強力な魔神であり、その力を恐れた魔王に力を何千分割もされたのがゴブリンという種族の始まりであるとか。

 更にゴブリン達が集団で行動するのは元が一体の魔神だった時の名残であり、群れる事で共鳴し力が増すのだという。

 今回のゴブリンの集団の規模は100体位であり、上級冒険者が束になってようやくといった代物なのだ。


「なるほど。あのゴブリン達に歯が立たなかった訳ね」


 メリッサが現状を把握し納得する。

 メリッサが相手をしていた時にはゴブリンの集団は20~30体だった。

 当然共鳴し力も上がっていただろう。

 メリッサが敵わなかったのも仕方が無い。


「なるほど、つまり今度の敵は手強いって訳だ、腕が鳴るね」


 ルシファーはリィンの話を聞き余裕綽々の態度を取る。


「私の話を聞いていたのか、オーナー!?魔神の片割れなんだぞ!?ここは応援を呼ぶべきだ!」


「私もそう思う。現状の戦力では相手にならないだろう」


 リィンとメリッサが撤退を宣言する。

 これ程の事態、冒険者ギルドの上級冒険者達か王都の軍隊に任せるしかない。

 しかしルシファーとフォルスは冷静にそれに反対した。


「私は反対だ。むしろこれ以上奴等が増える前に対処すべきだろう」


「僕も反対だね。強力な魔神、部下にしたら世界征服に役立ちそうだ。無理でもこの世界の魔王の戦力を大きく削る事が出来る」


 二人とも言ってる事はバラバラだが目的はともかくやる事は同じである。

 早くゴブリン共を潰させろ、と。

 メリッサとリィンが止める間もなく二人は戦火に飛び込んでいった。


 ―数時間後


 あれからどれだけ経ったろうか、フォルスとルシファーは銀の短剣でゴブリン達を一匹ずつ確実に仕留めて行った。

 リィンとメリッサはその力を分散させるためにゴブリン達を撹乱しおびき出していた。

 ルシファー達が少しでも敵を倒しやすくするためである。

 自分達が倒せなかった相手をいとも簡単にしかも大量に仕留めるとは、この二人は何者なんだ?とメリッサは思った。

 しかし今はそれどころではない、ゴブリン達を抹殺しなくてはいけない。


「これで70体目かっと」


 ドサっと音を立ててゴブリンの死骸が積まれていく。

 その床には魔方陣が描かれていた。

 メリッサがそれは何かとルシファーに問う。

 しかしルシファーは100体目になったら教えると言ってきかなかった。

 そしてようやく100体目を迎えようとしたその時である。


「お前達!無事だったか!」


 フォルスが見つけてきた人間二人はメリッサと一緒に行動していた冒険者の女魔術師と女盗賊であった。

 二人は衣服が破けはだけており、かなり怯えているようだった。


「お前達安心しろ。ゴブリン達は全員退治した、ほら」


 メリッサが指さした先には100体のゴブリンの死骸があった。

 その下には不思議な魔方陣が描かれている。

 その魔方陣を見て魔術師の女が反応した。


「あれって復活の魔方陣じゃないの?どうするつもり?」


「なんだって!?」


 女魔術師の言葉に驚愕するメリッサ。

 しかしルシファーに問いただそうとしたその時にはルシファーが既に呪文を唱え終わっていた。


 ゴブリン達の死骸が光だし一人の人型の女が現れる。

 その女は露出度の高い革のスーツを着ており肌が緑色で紫色のロングヘア、そして鬼の様な角を二本頭に生やしていた。

 近付いただけで寒気がよだちそうな雰囲気をあふれ出している。


「我が名は魔神ゴブリーナ・サファエール・シドラ・スマイン、人間よ何用だ」


「長いからゴブ子でいいかな?」


「なに!?無礼ではないか!」


「君こそ無礼だぞ。僕は魔王ルシファーだ」


 ルシファーはその瞳を赤く光らせ本来の顔になる。

 しかし魔神ゴブ子は驚く事無くルシファーに詰め寄る。

 大きな二つの双丘がルシファーの胸板に当たっている。


「魔王だと!?私をゴブリンの姿に貶めた奴か!」


「違う違う、僕は異世界の魔王でね。君の嫌うこの世界の魔王を倒そうとしているのさ」


「つまり私の味方と言う訳か?」


「まあそうなるかな。だから僕と同盟を結んで欲しい」


「同盟……か、分かった」


「じゃあ契約書にサインを」


「分かった、サインすればいいんだな」


 ゴブ子が契約書にサインした時違和感を感じた。

 しかしサインした後で時すでに遅し、その正体は契約書に書かれた小さな文字だった。

 そこには「従順なルシファーの部下となりルシファーズハンマーで働く」と書かれていた。


「駄目だよ~、契約書はちゃんと読まなくちゃ」


 ルシファーはゴブ子に向かってニヤリと笑う。

 しかしゴブ子はその不敵な笑みに笑い返した。


「こんなもの、こうしてくれる!」


 ゴブ子は力一杯契約書を破こうとした。

 しかし一ミリも破けない契約書に対しルシファーは大笑いした。


「はははっ!僕お手製の地獄の契約書だぞ!僕と同等かそれ以上の超上級魔神の昔の君ならいざ知らず、下級の魔神級の今の君に破ける物か!」


「くっ!辱めを受ける位ならいっそ殺してくれ!」


「それはできないな。今後君は僕の異世界征服の駒になって貰う」


 ルシファーとゴブ子のやり取りを見て、こうやって魔物の仲魔を増やしていくのだなぁと、

 自分の境遇を重ねゴブ子に同情するリィンであった。

 一方メリッサ達はというとゴブリン退治専門の冒険者として活動を始めたという。

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