第10話「ソルト・パーティー(塩の宴)」

 第十話「ソルト・パーティー(塩の宴)」


「さあさあ諸君、日も落ちて来たぞ。宴の準備はいいか!」


「全く、なんで私がこんな格好を……」


 ぶつぶつ文句を言っているエルフの少女リィンには不満があった。

 見慣れない現代と言う名の異世界の内装のナイトクラブとやらの夜の酒場、ルシファーズハンマー(悪魔の鉄槌)。

 今日はその祝うべき開店の夜なのだ。

 しかしリィンには祝う気にはなれなかった。

 上下黒のビキニ姿という際どい姿を自分含め女性従業員全員がさせられてるからである。

 これはルシファー特注の制服であり営業時はこれ以外を着る事を許されない。

 リィンはもとより、他の従業員でありリィンの妹分達のエルフの少女達も同じ条件である。

 命を代償に契約している以上、ルシファーに逆らう訳にはいかない。


「おおリィン!結構似合ってるじゃないか!」


「余計なお世話だ」


 ルシファーが下心抜きでリィンを褒める。

 それがリィンは気に入らなかった様でぷいっとそっぽを向いて出て行った。

 これまで自分になびかなかった女性はいないと自負するプレイボーイのルシファーにとっては女心はよく分からないと不思議がるだけだった。


 そしてついに日が落ち夜になった。

 開店の時である。


「いよいよ開店だな、旦那」


「今晩は満月じゃない。揉め事は起こすなよ」


 旦那とルシファーを呼んだのはこの間配下になった人狼のクラウスだ。

 バンダナに革ジャンとライダー風の恰好で長い髭を生やした屈強な男だ。

 ルシファーが殺し損ねた人狼の部下達を引き連れてウェイターや警備に当たっている。

 元居た人狼の酒場のウルフズウェア(狼の毛皮亭)は2号店として現在改装中だ。

 ルシファーの予定としては人狼だろうがバンパイアだろうが魔女だろうが社交性と人語を解する能力があれば人外でも雇うつもりだ。

 それでお上に目を付けられてもルシファーのマインドコントロールでなんとかなる。

 今の所はエルフの美少女従業員が目玉で、それを目当てに若い客が押し寄せて来るとルシファーは考えていた。


「おお!噂通りのエルフの美少女だ!しかもこんなセクシーな恰好で!」


「うう……恥ずかしい……」


「恥じらう姿も実にいい!」


 さっそく来た客1号がエルフの少女一人に目を付けている。

 しかしリィンが目を光らせているのでもし変な事でもすれば悲惨な目に遭うだろう。

 一応入り口にいる門番のカースがお触り禁止だと伝えてあるのだ、その厳しい罰則も。

 問題は起こらない様に見えた。


「きゃあああああああああ!!!」


 女性の悲鳴が店内に響く。

 声の主は従業員のエルフの様だ。


「お客さん、ちょっと失礼」


 二階のVIP席で貴族達の相手をしていたルシファーが現場の一階に下りて来る。

 そこにはモヒートの入ったカクテルグラスを落とし座り込んでいるエルフの少女と、落ち着くようになだめているリィンがいた。


「どうした?客に触られたか?」


「いや、違うみたいだ。ほらオーナーだ、話してみろ」


 涙ぐんでいたエルフの少女はその重い口を開いた。


「お客の人がいきなり目の前から消えたの!何度も何度も……見間違いなんかじゃない!」


「分かった、信じるよ」


 そう言いながらルシファーは安心させるようにエルフの少女の肩に手をやる。


「そうだ、レディの言う事は信じた方がいい」


「レディと言うには若すぎるんじゃないかしら?」


 ルシファーの後方で聞いた事のある声がした。

 ルシファーが後ろを向くとそこには黒髪オールバックのタシキード姿の男と紫髪のロングヘアのドレス姿の女性がいた。

 彼と彼女はかつてルシファーが殺した吸血鬼と魔女である。


「この世界の死神は仕事をしないらしいな。そもそも地獄が無い様だからいないのか?」


 死神とは魂の取立人である。

 死後の世界に死んだ魂を連れて行く。

 人間の魂は地獄と天国へ、人外の魂は別の所に送られるという。

 ルシファーが周囲を見渡すが死神らしき者の姿はない。


「で、悪霊となって僕に仕返しに来た訳か?」


「そうさ。しかしそれだけじゃない。お前は殺せそうにないからな」


「代わりにこの店の客や従業員を殺してやろうという訳」


「それは困る。君達にはここで消えて―」


 ルシファーがそう言い掛けた瞬間に二人は消えた。

 悪霊は実体を持たず一瞬で消えたり出たりできる。

 ルシファーの力も目標が定まらないと使えない。


「どうする、オーナー。一度閉店するか?」


「いいや、こんなサプライズ滅多にない。お客様には楽しんでもらうとしよう」


 ルシファーはそう言うと入口の方に行きドアのカギを閉めた。

 これ以上犠牲者を増やさない為である。

 そしてルシファーはバーカウンターの内側から塩袋を持ってきた。

 騒然としている客や従業員に固まって集まる様に言う。


「どうするつもりだ?オーナー」


 いぶかしげにリィンが尋ねる。


「こうするのさ!」


 ルシファーはその周囲に円状に塩をまいた。

 塩は聖なる結界となり悪霊たちを寄せ付けない。

 悪魔であるルシファー達には通じないが、彼らには彼ら用の結界がある、がそれは別の話。


「いいかみんな、この塩の輪から出るなよ。後塩に触るな。途切れたらあいつらが入って来るからな」


 ルシファーが客達や従業員達に忠告する。

 輪は2つあり、1つはリィンが2つ目にはルシファーが守っていた。


「あいつらって?」


「悪霊さ!」


 ルシファーは火薬と塩の弾丸が入った袋とラッパ銃を投げてリィンに渡した。

 ラッパ銃はこの時代のショットガンの様な物で広範囲に弾丸をばらまくことが出来る。

 神出鬼没で狙いの付けにくい悪霊にとってはうってつけの武器と言える。

 加えて塩は悪霊の天敵だ、これだけ悪霊に脅威の武器もないだろう。


 さあ、ソルト・パーティー(塩の宴)の開幕だ!


 ルシファー達が殺したヴァンパイアや魔女、人狼の悪霊たちがルシファー達を目掛けて迫って来る。

 しかし塩の結界に阻まれて悪霊達は弾かれた。

 そして消える前にリィンはラッパ銃を構え塩の散弾を発射した。


 ドカン!!!


 ギャアアアアアアアアアア!!!


 悪霊達は悲鳴を上げるとそのまま霧散した。

 一方でルシファーは迫りくる悪霊達を指パッチンで消し飛ばしていた。

 彼には塩の弾丸は不要な様である。


「お頭~、よくも俺達を裏切ってあいつについたな~」


「ひぃ!?く、来るんじゃねぇ!」


 一方人狼のクラウスは死んだ部下の人狼に問い詰められていた。

 横からリィンが割り込んでラッパ銃をぶっぱなす。


「嬢ちゃん、その武器の使い方どこで習った!」


「説明書を読んだのよ!」


 そして人外達の悪霊をほぼ一掃したルシファー達。

 その少し離れた柱の影で二人の男女が言い合いをしていた。

 ヴァンパイアの悪霊と魔女の悪霊のリーダーそれぞれがである。


「くそっ、こうなるなんて聞いてないぞ!」


「私に当たらないでよ!あなたが大丈夫だって言うから乗ったのよ!」


 二人は言い合いに夢中になって気付いていなかった。

 一人のシルクハットのタキシード姿の老人が近付き二人の真後ろにいる事に。


「「!?」」


 二人が気付いた時には老人の手は二人の頬に触れていた。

 血管が肌から浮き出て、まるで生気を吸われたかのように二人は倒れ込む。

 そして砂の様になって風と共に消えていった。

 この老人こそがこの異世界での死神だったのである。

 リーダーであった二人が消えると残った悪霊は散り散りになって去っていった。


「さて、ここでみなさんにお知らせがある。これまでのは全てアトラクション、ただの見世物さ!」


 勿論ルシファーのはったりである。

 しかしこの男の陽気な態度と怪我人が一人も出ていない事もあってかお客も従業員も全て信じ切ってしまった。


「なんでぇ、偽物だったのかよ。びびって損したぜ」


 ほっと胸を撫で下ろすクラウス。

 しかしリィンは安堵したというよりも落ち着き払った顔でクラウスを見てこう言った。


「偽物な訳が無いだろう」


「え?」


「騒ぎになるのはオーナーの本意じゃないから黙っておけよ、狼男」


 リィンがクラウスに釘をさす。

 一方でルシファーはというと宴会会場のど真ん中にいた。


「今日は開店祝いに全部タダだ。みんなじゃんじゃん飲んでくれ!」


 おおおおおおおおお!!!!


 店内で歓声が上がる。

 そしてルシファーが特別指導したエルフの少女達が特注のこの世界には無いギターという楽器を使って激しい曲を奏でる。

 それは現代の激しい洋楽でもあり、エルフ音楽のケルト音楽にも似た優しい音調が組み合わさった未知の音色だった。


「さあ、今日は極上のモヒートが飲み放題だ!どんどん飲んでくれよ!」


 ルシファーがモヒートを生み出す能力で周囲にモヒートを振舞っていく。

 そしてその中には先程のタキシードの老人がいた。


「これはおいしい、なんてお酒で?」


「モヒートさ、僕の自慢の逸品でね。ああ、今日はお代はいいよ死神さん」


「ばれてましたか。では奢って頂いたお礼にいい事を教えましょう」


「ああ、僕の寿命なら知ってるからいいよ。不死だからね」


 しかし死神の言葉はルシファーの自信を打ち砕く物だった。


「あなた、五年後に死にますよ」


「え?」


 ルシファーが疑問の言葉を投げかける前に死神は消えていた。

 その存在を証明するかのようにシルクハットだけを残して……

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