第2話「ルシファーズ・ハンマー(悪魔の鉄槌)、前編」

 第二話「ルシファーズ・ハンマー(悪魔の鉄槌)、前編」


 ルシファーが異世界の荒野に放り出されて数時間、ルシファーは方角も分からずたださ迷っていた。

 女神から授かった能力でラム酒の瓶を召喚するルシファー。

 グラスがないのでカクテルが作れない、

 いやこの瓶の中身を少し捨てれば瓶を使ってできなくも無いがそんな小賢しい真似は最強の堕天使のプライドが許さなかった。

 極上のラム酒を瓶ごとラッパ飲みするルシファー。

 さすが自称最高位の女神(酒飲み)が用意したラム酒だ、格が違う。

 ルシファーはライムを召喚するとその搾りたての新鮮な果汁をラム酒の瓶に注いだ。

 一部材料が抜けているのでモヒートもどきだが、乾いた喉を潤すのと何もない退屈な異世界をぶらつくお供には十分な代物だった。

 更に数十分、ルシファーが荒野を歩いていると舗装された道が見えた。

 舗装されているということは車や人が通る筈である。


「よし、これでようやく一息つけるぞ」


 そこをパカラン、パカランと馬の蹄の音と荷台を積んだ車輪の回る音がする。

 ルシファーはここが異世界だった事を思い出した。

 車でなく馬車と言う事はここの文明レベルは中世レベルという事だろう。

 ルシファーは馬車に近付くと早速声をかけた。


「やあ人間諸君、さっそくで悪いが街まで乗せてってくれるかい?」


「なんだテメェ?街には行くが駄目だ。荷台は満員だからな」


「それは本当か?どれどれ」


「あっ!勝手に覗くんじゃねぇ!」


 馬車の男が制止するのも聞かずにルシファーは馬車の荷台を覗いた。

 そこにはボロ布を纏った長い耳の美しい少女達がいた。

 小説か何かで読んだ事がある、エルフという種族だろう。

 確か魔力が高く高等魔術が使え、その上何百年も生きる超長寿な種族だとか(数億年以上生きてるルシファーからしたら赤子も同然だが)。

 美しい女性ばかりな所を見ると特定用途の奴隷か金持ちの妾かそれとも見世物小屋行きか……いずれにしても悲惨な運命が待っているのは明らかだろう。


「助けて下さい!私達無理矢理捕まって―」


 一番年長者らしき(それでも20歳前後の見た目だが)銀髪でショートカットのエルフの少女が荷台から立ち上がりルシファーに駆け寄る。


「黙らねぇか!」


 馬車の男が鞭を片手に振り上げようとしたその時である。

 ルシファーが手をかざすと男の動きが止まった。


「か、身体が動かねぇ!」


「さて色々話して貰おうか」


「誰が……ひっ!?」


「僕は今機嫌が悪いんだ。さっさと吐いて貰おうか。あ、物理的にじゃないぞ」


 ルシファーは男の顔を両手で鷲掴みすると”本当の顔”を見せた。

 目は赤く光り、その顔はこの世のモノとは思えない程恐ろしかった。

 恐怖で頭がいっぱいの馬車の男はルシファーに全てを話した。

 荷台のエルフ達はエルフの里から拉致した金持ちの貴族相手に売りつける奴隷だという事。

 魔術が使えない様に特殊な魔術を施した手錠をはめている事。

 そして貴族から貰った前金のたんまり入った袋が馬車の中にある事を。


「じゃあまずは金貨を貰おうか。今後何かと要りようだからな」


「金も女もやる、だから命だけは……!」


「金も女も貰おう、後そうだなお前の望みは自分の命だったな」


「そ、そうだ、命だけは―」


「魔王への命乞いは高くつくぞ。いけカース」


 ルシファーが小瓶を取り出し蓋を開けると黒い煙が飛び出た。

 その煙は宙を漂うと、馬車の男の口から体内に入り込んだ。

 馬車の男の目が白目の無い黒一色になる。


「魔王様、ここは?」


「異世界だ。さっそくだが馬車の運転を頼むよ、カース」


「い、異世界ですか?」


「何か文句でもあるか?」


「い、いえ、馬車を操縦すればいいんですね」


「そうだ、街まで頼む」


 カースと呼ばれた元馬車の男はルシファーの配下の悪魔である。

 現代の悪魔は下界では煙の状態であり、人間の体を乗っ取る事で下界で活動できる。

 軽い念道力を使えたりちょっとした怪力を得たり、後普通の武器で傷つけられたのでは死なない。

 宿主である体は傷つくが本体である悪魔は死なないし傷つかないのだ。

 それでもルシファーはカースの様な悪魔を殺すことが出来る、一瞬で。

 特殊な武器や道具、呪文を必要とせず素手である。

 魔王を怒らしてはいけないと感じたカースは恐怖に駆られ速攻で馬車の操縦席に飛び乗った。

 一方ルシファーは荷台に乗るとエルフ達に声を掛けた。


「さあさあお嬢さん達、さっそくその窮屈な手錠から解放してやろう」


 ルシファーが指を鳴らすとエルフ全員の手錠が音を鳴らしてはずれ床に落ちる。

 エルフ全員の顔が希望に満ちた笑顔で溢れる。

 その中で一番年長の、先程馬車の男に鞭打たれようとしていた女エルフがルシファーの前に出た。


「どなたかは存知ないが礼を言う。悪いが私達をエルフの里に連れて行ってはくれないか?」


「何か勘違いしてないか?君達は僕の所有物だ」


 女エルフの笑顔が曇る。

 他のエルフ達もその顔を恐怖や嫌悪で歪めている。


「貴様もあいつと同類と言う事か」


 あいつというのは馬車の奴隷商人の男の事だろう。

 人間と同類扱いされ若干癪にさわったルシファーは手をかざすと、

 触れてもいないのに女エルフの首が絞め上げられる様に圧迫され宙に浮いた。

 それを見た茶色いおさげのエルフの少女が飛び出し何やら呪文らしき物を唱えルシファーの方を向き手をかざした。


「リィン姉を放せ!」


 手から炎が噴き出しルシファーを丸焦げにする。

 ルシファーの魔の手から逃れたリィンと呼ばれた女エルフは咳をしながら地面に膝を付いた。


「リィン姉、大丈夫!?」


「助かったよ、エリィ」


 エリィと呼ばれたエルフの少女とリィンは抱き合った。

 他のエルフ達もリィン姉と口々に呼ぶ。

 どうやら本当の姉妹では無いらしい。

 しかしルシファーにとってはどうでもよかった。


「そ、そんな、馬鹿な!?」


「馬鹿なのは君達の方だ。魔王に楯突くなんてね」


 ルシファーは焼けた体毛や皮膚や髪や髭を瞬時に回復させるとまたもやエルフ達に手をかざしリィンと同じ様に今度は全員を手も触れずに締め上げた。


「服の修復はできないんだぞ?命を助ける代わりに契約だ。じゃあさっそく契約して貰おうか」


 ルシファーが指を鳴らすと人数分の契約が書かれたA4用紙とボールペンが目の前に現れた。

 魔王との契約……何を取られる?魂か?永遠の奉仕か?それとも拷問?リィン達が恐る恐る契約書の内容に目を通す。

 そこにはこう書かれていた「ナイトクラブ”ルシファーズ・ハンマー(悪魔の鉄槌)”」の店員として働く事(給料・休暇アリ)と。

 目を丸くするリィン達、それを見たルシファーは首をひねった。


「なんだ、条件にご不満か?別に変な奉仕活動とかはないぞ。音楽をかけたり酒や軽食を運んだりバーテンをやったりするだけだ」


「ナイトクラブだのは聞きなれない言葉だが、バーテンは分かる。酒場の店員をやれという事か?」


 リィンがエルフの少女達を代表して答える。

 俗世に疎いエルフの里のエルフでもバーテンの意味位分かる。

 かなり酷い展開を想像していたリィンだったが安堵した様で、安心しきったほっとした表情をルシファーに見せた。


「その顔は契約成立でいいかな。じゃあ名前を書いて」


「ああ分かった、みんなこの紙に自分の名前を書くんだ」


「リィン姉が言うなら……」


 リィンを信用しきってるエルフの少女達は次々と契約書にサインしていった。

 リィンが人数分ある事と契約内容を確認する。

 すると契約書を確認しているリィンの目が睨みつけるような鋭い目つきに変わった。


「おいお前、ここには契約期間はお前の気が済むまでで、契約を破ったら死ぬとあるんだが」


「魔王との命乞いを成立させるんだ、それくらい当然だろう?」


 怪訝な顔で尋ねるリィンにルシファーは笑顔で答える。


「ふざけるな!と言いたいところだが、死ぬよりはマシか……」


 リィンが諦めた様にため息を付く。

 それをなだめる様にルシファーは付け足した。


「まあそう怒るな。ここにもずっといる訳じゃない。何年かして現代に戻る頃には解放してやるさ。店もくれてやる」


「数年でいいのか。それなら皆も納得させられる」


「そうか、それはよかった」


 リィンがエルフの少女達に状況を説明すると少女達の顔に再び笑顔が戻った。

 命が助かったのも勿論あるが数年で自由の身というのも効いたのだろう。

 数百年生きるエルフにとって数年など大した時間ではないからだ。


「ところでお前を何と呼べばいい?」


 リィンが聞き忘れたかの様にルシファーに聞いてくる。


「名前はルシファーだが君達はスタッフだからな。オーナーと呼んでくれ」


「オーナーだな、分かった」


 こうして酒と従業員は確保できた。

 後は店だけ、そう息巻いたルシファーはカースに命じると近くの街の酒場に向かった。

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