第六章 彼女

彼女(1)


 黒い小花柄のミモレ丈のワンピース、真っ黒な髪、白すぎる肌に真っ赤な口紅をさしたその人を見た瞬間、私は一瞬、幽霊かと思った。頭の中で浮かんだのは口裂け女だった。でも口裂け女なら赤い服を着ているらしいし、口角が上がっているだけで、口が裂けているわけでもない。そんなことより、よくよく顔を見れば誰かに似ているような気がする。喉元まできているのに、それが誰だか思い出せなかった。

「陽菜さん? どうしました?」

 私がエレベーターから降りないので、不思議に思った古住弁護士が声をかけた。そこでやっと、自分が他人の顔をじろじろと見つめているとても感じの悪い奴になっていたことに気がつく。

「す、すみません、今行きます!」

 慌ててエレベーターから降り、その人が空になったエレベーターに乗る。エレベーターは上へ。私は古住弁護士の方へ駆け寄った。

「……今の人、かつらでしたね」

「へ?」

 古住弁護士が突然そんなことを言い出して、私は正直何を言っているのかわからなかった。

「陽菜さんもそう思ったから、じっと見てしまったのではないんですか? 私も職業柄つい目がいってしまうので」

「いえ、その……誰かに似ているような気がして————職業柄? え、弁護士さんと鬘って関係あります?」

「……多いんですよ。鬘を被っているクライアントも、あとは同業者の男性にも。女性でも高齢の方で薄くなってる方は部分的に、っていうのもありますね。以前、鬘であることを公衆の面前でバラされて名誉毀損だと裁判をしたこともありまして」

 つまり、古住弁護士は私も自分と同じように鬘であると気がついて、ついジロジロと見てしまったのではないかと思ったようだ。

「いろんな裁判があるんですね……」

 鬘のせいで裁判になることなんてあるんだなぁと思いつつ、私たちはAJIYA食品本社ビルのすぐ近くにあった喫茶店に入った。そこで、私は古住弁護士に質問ぜめにあう。洗いざらい今までわかっていることをすべて話そうと七海ちゃんから送ってもらった写真を見せながら説明していると、そこで私ははたとその人が誰に似ていたのか思い出した。


 音成さんだ。写真の音成優さんに、よく似ていたのだ。



 * * *


「なるほど……確かに、苗字が同じで、顔も似た女が弁護士だなんて、疑っても仕方がないですね」

 私の話を一通り聞いた後、テーブルの水滴の跡を紙ナフキンで拭きながら、古住弁護士は言った。

「これは黙っていた私の落ち度でもあります。私と古住みなみとの関係は事件とは無関係なので、伝える必要がないとあえて言わなかったんです」

「それじゃぁ、古住弁護士は古住みなみさんとはやっぱり関係があるんですか?」

「ええ、従姉妹にあたります。私とみなみの父が一卵性の双子なんです。誕生日も三日しか変わらないんですよ。まぁ、星座は違うので星占いでは別の結果が出ますけどね。それに、一卵性の双子であることが関係しているのかどうかわかりませんが、父の女性の好みまで一緒で……母同士は赤の他人なんですが容姿が似ているんですよ。そのせいか、まるで双子みたいだと子供の頃はよく言われていました」

 古住みなみさんと古住弁護士は、中学一年の途中までは家も近く、同じ学校に通っていたらしい。よく双子と間違えられて、古住弁護士としてはあまりそのことをよく思っていなかった。性格は似ていないし、成績は古住弁護士の方がよくて、古住みなみさんは勉強より運動派だったそうだ。昔から何かと比べられていたのをわずらわしく思っていたが、古住弁護士が父親の仕事の関係で別の土地へ引っ越してからは、そんなことはなくなったらしい。だが、大人になって古住みなみさんが先に結婚と出産までしたものだから、再び比べられるようになっていた。「みなみちゃんはもう子供までいるのに、あんたはいつ結婚するの?」と、実家に帰るたびに言われてうんざりしていたのだとか。

「まぁ、離婚して子供も取られてしまったんですけどね。身内に弁護士がいるんだから、相談くらいしてくれれば子供を手放さずに済んだかもしれなかったんですが……そんな話は置いておいて、飛鳥さんのことです。実は、横田葵さんの弁護を私が引き受けたのは、そのみなみのせいでもあります」

「え?」

 今さっき、事件と古住みなみさんとの関係は無関係だと言ったばかりだというのに、どういう意味だと眉をひそめると、古住弁護士は一度大きくため息をついてから話を続ける。

「飛鳥さんは、みなみの初恋の人だったそうです。根拠はよくわからないのですが、みなみの話によれば、彼女になる予定だったようで……『飛鳥くんを殺したあの女がどうしても許せない。絶対に死刑になるようにして欲しい』と、泣きながら頼まれました。一人殺したくらいで簡単に死刑にはならないと思うのですが……」




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