第30クエスト 溢れ出す力

 アクロの戦いが終わった頃。



 サンは目の前の相手であるルナークと戦っていた。今回は直々に指名されたのだから、自信を持って戦おう。サンは姿勢を低く構えて戦闘の準備に入った。



 彼の実力は計り知れないが本気で実力を出し切りたい。タイヨー拳もフレイアも自身の持てる技を全て披露した。相手に失礼のないように持てる力は全て使い果たした。今までのサンを出し尽くしたつもりだ。だが、事態はルナークの実力によって急変する。



「お、オイラじゃ全然勝てない……」



 ルナークの攻撃を受けて地面に伏せてしまう。体は傷だらけでまともに動ける状態じゃなかった。



 対してルナークは冷静な様子で息一つさえ乱していない。それは彼が本当に強いという証拠でもあった。ルナークは自分の拳を見ながら呟いた。



「なぜだ? あの実力は僕の勘違いだったのか……?」



 ルナークがじっとしている中、サンはこれからどうするか考えていた。戦いの傷で中々立ち上がれず、指を動かせる程度しかできない。このままだとやられる。サンはなんとか痛みを堪えながら、立ち上がろとした。



 その時、後ろで気配を感じて安心感がサンを癒やす。



「サン、大丈夫かよ!? まさか、あいつにやられて……!」



 キバッグとアクリアが助けに来てくれたようだった。二人はサンの側に近寄り、怪我の程度を見てくれるようだ。



 アクリアがサンの怪我した腕に触れると、思わず疼いてしまう。



「ひどい怪我……今、アタシが回復させるわ。キバッグはあの男の相手をお願い」



 アクリアが手をかざすと、腕の傷が少しずつ和らいでいく。回復魔法によって体が軽くなるのを感じた。キバッグは大剣を背中から取り出し、ルナークへと向ける。



「任せな。おい、うちの仲間をよくもいたぶってくれたな。今度はオレが相手だ、覚悟しな!」


「……いいだろう。よほどの自信があるのなら、僕が相手になる」



 ルナークの実力はサンがよく分かっていた。キバッグに伝えるため、力を振り絞って口を開く。



「気をつけろ、キバッグ……すごく強いぞ。あいつ」



 キバッグは笑みをこちらに向けて言った。



「ああ、気をつけるぜ。サン、お前はそこでゆっくり休んでな」


「小手調べといこうか」



 ルナークがキバッグに向かって襲いかかる。



「キバッグ、来たぞ!」



 サンは思わず大声を上げた。



「分かってるさ。そう簡単に――俺はやられねぇ!」



 キバッグは大剣を振り回してルナークに近づく。対して相手の高々と跳んだ、かかと落としが襲いかかってくる。この攻撃をキバッグは大剣を盾にして防御した。



「少しはやるようだ」


「へっ、簡単にやられちゃ……面白くねえだろうがよ!」



 キバッグは大剣を薙ぎ払う。ルナークは攻撃を避けて後ろへ大きく下がった。


 スキを逃さず、キバッグが差を詰め寄るとルナークは回し蹴りを披露した。もう一度、大剣でガードすると今度は上へ振り上げる。



 バク転で回避したルナーク。今度は右膝を大きく曲げて何かをしようとしていた。



「メガ・ウインディ!」



 通常よりも数倍大きな風魔法が、かまいたちとしてルナークの足から放たれる。


 キバッグは地面に剣を突き刺して、魔法を唱えた。



「グランウェイブ!」



 その瞬間、泥だらけの地面が大きな波となってルナークを襲う。このまま飲み込まれるかと思った直後――。



「くっ……」



ルナークは先程よりも大きなジャンプで地面の大波を回避した。飛び越えると、キバッグを標的に右足を大きく振り抜いた。



「ちぃっ!」



 舌打ちしながらキバッグは攻撃を避ける。ルナークが右足で蹴った地面には小さな亀裂ができていた。



「その荒々しい戦い、さすがビースト族と褒めておこう」



「俺ってそんなすごい? 褒めても何も出ないぜ!」



 嬉しそうにしているキバッグを見ていたアクリアがため息をつく。



「あいつねぇ……こんな時に喜んでる場合じゃないでしょ」


「君は本気で戦ってくれている。だから僕も……全力を出させてもらおう」



 サンはルナークのとてつもない魔力を感じて背中が震える。少なくとも、ここにいる全員が彼の覇気を感じ取ったはずだ。



「くっ……グラン――」



 キバッグが恐れたのか、魔法を唱えようとした瞬間だった。



「ミカヅキ蹴り」



 ルナークの姿が消えた。いや、そうではない。


 気付いた頃には、キバッグの体は大きく宙に浮いて、相手は離れた場所で蹴り上げていた。



「がはっ……!?」



 口から血を吐いたキバッグ。サンは自身も受けた技を見て、思わず立ち上がった。



「キバッグ!」



 そのまま地面に叩きつけられ、大の字になって倒れるキバッグ。あの技を受けたら二度と立ち上がれないことをサンは嫌でも分かっていた。



「一体、何が起きたの……!?」



 アクリアが驚くのも無理はない。あの超高速の蹴りを受けたら最後、タフなサンでも立ち上がれないのだから。



「よく戦ったが、相手が悪い。このまま楽にしてやる」



 サンはまた寒気を感じ取った。キバッグが危ない――拳を地面に叩きつけた。



(みんなは……オイラが守る。オイラが守らないと!)


「サン、あなたまだ怪我が……!」



 アクリアの言うことなど聞けない。今はキバッグを助けたい一心でいっぱいだった。



 ルナークの右脚がキバッグを狙った瞬間――。



「やめろおおお!」



 勢いをつけた突進で近づく。そして、力いっぱい握りしめた左拳でルナークの足を直撃させた。



「くっ……!?」



 僅かに体勢を崩すルナーク。



 サンの体から膨大な赤いオーラが溢れ出す。それだけではない。ハチマキが外れ、額には謎のマークが浮き出ていた。赤い太陽の紋章が光り輝くと同時に、燃え上がる闘志が湧く。



「サン、おめぇ……! その額は――」



 キバッグが驚いて口にするが、今はルナークしか見えていない。この溢れ出る力なら、と確信した。今ならルナークと渡り合える。



「ルナーク!」



 サンは普段より速いスピードで近づく。潜り込んで右アッパーを仕掛けるが、ルナークにかわされてしまう。



 攻撃の手は緩めない。今度は後ろに回り込んで右のパンチを繰り出す。これもルナークの左足によって防御されてしまう。



 距離を取って体勢を立て直す。サンは両の手のひらを合わせ、魔法を唱える。



「フレイア!」



 普段より大きい火球を作り出し、ルナークに吹き飛ばす。対してルナークも脚を大きく上げて魔法を唱える。



「メガ・ウインディ!」



 ルナークのかまいたちが飛び出し、お互いの攻撃は爆発を起こして相殺された。



「ぼくの魔法と同等威力……そしてこのスピード――どれほどのパワーアップを!」


「うおおおおお!」



 サンは雄叫びを上げルナークの周りを動き回り、右拳を振り抜く。



「くっ……!」



 ルナークを追い詰めている。確信したサンは、相手の手前で攻撃を止めてフェイントを仕掛けた。そのままくるりと回り込んで背後に向かう。



「オイラは……負けないぞおおお!」



 左拳に螺旋のオーラを纏わせる。相手が油断したスキに思い切りルナークの仮面めがけて解き放った。



「しまっ――」



 タイヨー拳がルナークの仮面を直撃した。亀裂が入ったと同時に、相手の体を大きく吹き飛ばした。全力を出し切って息切れを起こすサン。額の紋章が消えると、重い疲れが体を襲う。



 仮面が割れて起き上がるルナーク。彼の顔をはっきり見た瞬間、サンの顔が青ざめる。



「お、お前? どうしてオイラと同じ顔を――」



 ルナークの顔立ち。まさしくサンと同い年で瓜二つだった。



 暗めの青髪。黄の瞳と色は違うが本当にそっくりである。



「……サンといったな。今回の勝負はここまでにさせてもらう。また……君と戦える日が来る時は容赦しない。それでは」



 そう言い残し、背を向けるルナーク。白い光に包まれた彼の姿は瞬きしないうちに、一瞬で消えた。



「ま、待て! うっ……!」



 サンが手を伸ばし一歩前進した時、視界が大きく揺らぐ。気づく時には、体が地に伏せて力が入らなくなった。近くでキバッグとアクリアの驚いた声が聞こえるが、もう意識は薄れていく。



「お、おい! サン!? しっかりしろ――アクリア、回復を!」


「わかってるわ!」



 背中辺りに、ほんのり暖かい感覚。しかし、それが最後だった。サンの視界は真っ暗になりいつの間にか闇へと沈んでいった。



 サンはとある感情を抱きながら、気絶してしまうのだった。

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