第3話 金持ちオタク美少女
高級フレンチ料理のレストランを出て向かったのは、都内でも有数の防音室付き高級タワーマンションの35階。最上階ということもあり、この階には一つしか部屋が存在しない。で、そこにはいったいどんなお金持ちが住んでいるのか。
(やっぱり、瑠璃葉ちゃんの部屋だったな……)
『楠木』と書かれた玄関のネームプレートを見て、洸は自分の予想が当たっていたことを確認する。
ちなみに、先程まで一緒だったボディーガードと運転手は下の階に住んでるらしい。
「どうぞ、入って入って」
瑠璃葉がカードキーを使って、玄関のドアを開ける。洸は彼女に誘導され、「お邪魔します」とボソッと呟いて部屋に上がった。
(凄っ……)
玄関も、今歩いてる廊下も広くて綺麗でとても立派だ。高そうな絵画や骨董品も飾られている。それをチラ見していると、瑠璃葉がさらっと「これはこの前ちょっと落札したんだよ」と言ったので、洸は値段については考えないようにして目線を他へと逸らした。
(やっぱ、全体的にお金持ちのお家って感じだな……)
洸はいろんな所をきょろきょろ見渡しながら、そんな感想を抱く。
「そして、ここがリビングです」
「おぉ!!夜景が観える!!」
「ふふっ。どう?スゴイっしょ!!」
綺麗な夜景とともにガラスに映る自分の姿を観ながら、洸は驚きで気の抜けたようにただ茫然とそこに立っていた。
(ほんとに俺、今日からここに住んでいいの?)
瑠璃葉の話によると、洸は今日からここで匿ってもらうことになっている。……が、あまりに今日の昼までいた自分の部屋と、あまりに環境が違い過ぎていろいろと落ち着かない。
もちろん、それは高級マンションだからという点もあるが、なにせ他人様の家だ。しかも、小学生の頃まで一緒だったと言う美少女幼馴染と二人きり。ひとつ屋根の下というわけだ。
(それに、意識しないようにしてるけど……)
部屋にお邪魔した瞬間からだが、甘くて優しい香りが充満している。
まさに、男が幻想している女の子のお部屋の香り。……などと少し気持ち悪いことも考えてしまっている自分を紛らわすため、洸は、瑠璃葉が先程レストランでしていてくれた話を今一度、彼女に確認することにした。
「ええっと、
「うん、そうだよ……ほんとにごめんなさい」
瑠璃葉は申し訳なさそうに謝った。
「えっ、いや、瑠璃葉ちゃんは謝らななくていいんだよ」
「で、でも、お父さんが洸くんをクビにしたって……」
彼女の母親が父親と離婚し、女でひとつ育てていたということは幼馴染だということもあって知っていた。しかし、瑠璃葉が転校した後に彼女の母親行方不明になり、母方の祖母に親権が移ったこと。しかし、金銭面では父親が世話をすることになったという複雑な家庭環境に彼女がいたこと。
それから、その父親がFly Futureの代表取締役社長であることまでは知らなかった。
正直、彼と会って話したのは、事務所に移籍することが決まり、社内面接を受けたとき。あの時一回切りだ。首にされたときは書面での解約手続きしか行っていない。
そのため、洸は彼に対しての思い入れは特にない。それに大手の事務所ともなると、炎上している奴をそのままにしておくことの方がリスクが高い。しかも今回の場合は証拠まで出されてリークされてしまっている。庇いようがなかったのだろう。
「今回の件での俺のクビは仕方ないことだと思うよ。むしろ、そこまで売れてなかった男の個人勢を拾ってくれたことを感謝してるくらいだし……」
「洸くん……」
今、洸が述べたことは本心だ。でも、この一件で、彼が人間不信になって自殺未遂を起こしたのもまた事実ではあるが。
「……」
やはり、クビにされたときのことを思い出すとどうしても胸が苦しくなってしまう。
(Vtuberになんてならなければ良かった……)
洸が今日の昼間と同じような感情に呑まれてしまいそうになる中、瑠璃葉は静かに彼に声を掛けた。
「ねえ、洸くん。防音室案内するからついてきてくれる?」
●〇●
アニメキャラやVtuberのフィギュアやアクリルスタンドが綺麗に並べられたガラスケース。ラノベや漫画、画集に雑誌……それに同人誌が詰まった本棚。ケースに入れられた缶バッチやちょこのせフィギュア……ちょっと散らかっているエロゲソフトで囲まれたPCのデスク周り。そして、壁一面にはタペストリーがかけられている。
他の部屋とは打って変わって、オタクグッズで溢れかえっているこの部屋。そう。ここが――、
「防音室兼私のオタ部屋になりま~す」
瑠璃葉は先程までのお互いの暗い雰囲気を塗りつぶすような明るい声を出した。
「おぉ~」
洸もこれには思わずシンパシーで声を上げていた。彼も、一応、Vtuberをやっていただけあって、そこそこのオタクである。
「うぉぉぉぉ!!すげぇ、これ限定品のやつだよね?」
「そうそう、中々手に入れるの大変でさぁ~」
気が付けば、二人ともシリアスな空気が抜けたようにオタクトークで盛り上がっていた。
「これって、キャラモデルの香水だよね」
「そうそう。アニメ系のはこっちでVtuberモチーフのはこっち!」
「あ~そう言えば、俺も自分の香水、案件で作ってもらったんだよな。正直、俺、普段から香水とかしないから、開発チームの人に訊かれたけどあんまわかんなくて……」
「ふふふ……それで楽市くんが配信でよく食べてるって言ってた納豆の香水が発売になったと……ぐふっ」
瑠璃葉が、お嬢様モードは何処に行ったのやらというような感じでゲラゲラ笑っている。
「る、瑠璃葉ちゃん笑い過ぎだって……というか、俺のマネージャーが勝手に話を進めてたんだよ!!」
そう。瑠璃葉の言う通り、布武坂楽市モチーフの香水はマネージャーのせいで、納豆の匂いがするものになり、発売後、一部のガチ恋勢の女子が毎日のようにそれを街中でつけて納豆臭いと話題になった。その時も彼は今ほどではないが炎上してしまっていた。
(そんなこともあったか……)
そんなこんなで、洸は少し昔のことを思い出しながら、瑠璃葉とまだまだオタクトークを続けていた。
「このVtuberのタペストリーのイラスト、少しおっぱい盛ってるよね(笑)」
「確かに……」
「こっちのアニメのヒロインは清楚キャラに見えるが、元々エロ漫画描いてた作者さんだから、絶対にむっつり設定で作ってるはず!!ってことで今後に期待で、あのロリ巨乳娘は……なんか陥没っぽくない?」
「そうだね~って、おいおい……」
洸は気付けば、熱を込めて語るオタクトークの中に、結構色々とぶち込んでくる瑠璃葉に思わずまたツッコミを入れる。すると、また彼女はリムジンの中で呟いていたことと同じようなことを、彼に言った。
「やっぱり、そのツッコミしてくれると、洸くんが楽市くんだったんだなって思えるよ」
「……」
急な瑠璃葉のその言葉に、洸はまた声が出なくなる。彼女はこれまでの会話の流れからもわかる通り、布武坂楽市の配信をしっかり観てくれていた。
今の彼にはその事実が
(出来れば、もう布武坂楽市は
しかし、そんな彼に彼女はこう言い放ったのだった。
「私、布武坂楽市を
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