2-3 思い出の公園、ひび割れたスマートフォン

「誰だ、スペードの4を止めておるヤツは。委員長だな?」

『へへーん、誰でしょうねぇ。光平、次はそこ、ハートのクイーン出して』

「うん。でも、あっちのクローバーを先に出したほうがいいんじゃないか?」

「兄さん? 兄さんは今日は風子さんの助手なんだから、意見を出しちゃダメ」

「はいはい。でも、どうして七並べなんだ? ハルダ」

「昨晩、お釈迦さまが夢に出て来て、『明日は永岡家で七並べぇ~』と仰ったのだ」

 今日、学校でハルダに愛のことを話した。

 愛が、スマートフォンを通さずに『うしろの風子』を見ることができたって。

 そうしたら、ハルダはなぜかずいぶん鼻息を荒くして、『視神経に直接作用する電波などあり得ない。これは妹さんに直に会って聞き取りを行わねば』などと言いつつ、放課後になると部活にも行かずに僕の後を追い掛けて来た。

 実にもっともらしい理由だ。

 まぁ、例のごとく、途中のコンビニでセンスの欠片も無いお菓子を大量に買い込んで来たので、それなりに気は遣っているようだが。

 ただ、僕の部屋に入るなり、「検証は七並べをしながらだ」とあごをしゃくって、すぐにトランプを準備しろと指示したのには少々面食らった。

 よく意味が分からないが、会話を生むのにはトランプが一番良いという持論らしい。

 そうして、愛を交えて大トランプ大会が始まったわけだ。

「うーむ……、愛さんというのか。あまりのかわいらしさに卒倒しそうである。ぜんぜん永岡と似てないではないか」

「まぁな。かわいいだろ」

「どうしたっ? なんか悪い物でも食ったのか。素直な永岡はキモイのである」

「お前に言われたくないな。素直さは美徳だ。取り繕った物言いの大人ばかりだから世間は無味乾燥なんだ」

「永岡よ。その素直さが炸裂しておるから、お主はいつもめんなのだぞ?」

「うるさい。風子、どれ出すんだ?」

『えっと……、えっとね、ダイヤの2』

「しかしである。なぜに愛さまにはこの『バーチャル風子』が見えるのであろうか」

 スマホの中では、『なによ「バーチャル風子」って』と言いながら風子が「はぁ?」という顔をしている。

 ハルダはお構いなしだ。

「愛さま? 愛さまはこの『バーチャル風子』の姿が直接見えておられるようですが、生の声は聞こえないのでありますか?」

「え? ……うん。もっと静かなところで心を落ち着けたら聞こえるのかも」

「そぉーでありますか。愛さまは静かなところがお好きなのでありますね」

「ハルダ……、キモさが炸裂だ」

 愛には、小さいときからちょっと不思議な力があった。

 オカルト的な話じゃない、ほんとちょっとした不思議な力。

 砂場で落としたキーホルダーをすぐに見つけ出したり、まだまったく姿も見えないのに母さんが帰ってくるのが分かったり。

 一番びっくりしたのは、教会の裏でずっと鳴いている子猫の声を聞いて、その母猫がケガをして警察署に届けられているって教えてくれたとき。

 僕ら家族は、その愛の不思議な力に何度も助けられた。

 まぁ、ひとつひとつの事象を超現実的に分析すれば、偶然が重なったものだとか、高い洞察力があれば思いつくことだとか、そんなふうに見ることもできる。

 特に、僕のような完全無神論者、物理科学信奉者は、そうとしか捉えることができない。

 でも……、今回は少しだけ、この愛の力を信じてみたくなった。

 もしかしたら、『うしろの風子』は物理科学では解明できない存在なのかも。

『光平、最後のスペードの4を出して! よぉーし、あーがりっ!』

「なんと! やはり委員長が止めておったのか! ぐぬぬ、愛さまを差し置いてあがるなどっ、『バーチャル風子』の分際で!」

『なんですとー? 「バーチャル」って言うなっ! なんかエッチく聞こえるじゃんっ』

 なんやかんやで風子とハルダの掛け合いがずっと騒がしかったけど、まぁ、場はずいぶん和んだ。

 愛もとても楽しかった様子。

 結局、ハルダは何を検証したのか分からないが、ひととおりトランプで遊んだあとに「ハルダは愛さまをずっと敬愛いたします」と愛に握手を求めて、それから颯爽と自転車で帰っていった。

「ハルダさん、いい人だね」

「そう? ちょっと変わったヤツだけどね」

「人の本当の姿は目に見えるものだけでは分からないもの。あの人は本当に兄さんを大切に思ってくれている」

「愛がそう言うんなら、きっとそうなのかもな」

 そうやって愛と一緒に玄関先で去り行くハルダを見送っていると、スマートフォンから風子の声が響いた。

『へー、光平、愛ちゃんの言うことは一切否定しないんだ』

「否定? 間違っていないことを否定する必要はないだろ」

『いや、愛ちゃんと話してる光平、いつもとまったく違うもん! もう、愛ちゃんが何言っても絶対否定しないオーラが出まくってる』

「なんだ、風子、ヤキモチ妬くとか風子らしくないな」

『ややや、ヤキモチじゃないもん!』

 愛が少し上を向いて僕の肩越しのくうを見たあと、口元に手を当ててクスリと笑った。

 風子の顔を見て笑ったのかな。

 ちょっとだけ、僕もその風子の顔を直接見てみたいな……なんて、僕らしくないことを思った。

「さ、風子、愛が疲れちゃうから、もう部屋に戻ろうか」

 お得意の無表情。

 でも、それが照れ隠しだったと自分で気が付いたのは、それからずいぶん経ってからだった。






 風子の事故から三週間。

 体育祭が終わって、今度はひと月後の文化祭の準備に取りかかる。

 途中、中間考査もあるので、このひと月はけっこうなハードスケジュール。

 いまのところ、まだ『病院の風子』の意識は戻っていないらしい。

 ただ、この『うしろの風子』と過ごす毎日は、『病院の風子』のことを思うと不謹慎極まりないけど、まぁ、それなりに楽しくて、もう謎解きはやめて可能な限りこのままでもいいかなぁなんて……、僕はいつの間にかそんなことを思うようになっていた。

 今日も、いつもと同じ。

 自転車で風を切る僕の後ろでは、『うしろの風子』が楽し気にお喋りをしている。

 どうして風子は、いつもこんなに楽し気でいられるんだろう。

「えっと……、風子、どこも寄らなくていいか?」

『え? どうしたの? 突然。別にいいよ? 光平、お腹減ってるでしょ? 早く帰っておやつ食べたら?』

「うーん、そんなにお腹は減ってないけど、風子も学校と家との往復ばかりじゃ面白くないだろ?」

『そうだねぇ。あっ、それなら、ちょっとだけわがまま言っていい? あの……、駅の近くにある、「まちかど広場公園」……、行ってみたいなぁ』

「ん? 『まちかど広場公園』……か。よし、分かった」

 あの公園へは、もうずいぶん行ってない。

 高校から帰る途中の、駅前のスーパーの裏手にある、ずいぶん寂れた小さな公園。

 小学校低学年まではよく遊んだ。

 ちょうど家と小学校との中間くらいにあるから、帰り道もよくその公園の中を通り抜けたり、日暮れまで遊んだりしていた。

 でも、風子の家はとなりの中学校の校区だ。

 なぜ、こんな校区外の、しかもずいぶん入り込んだところにある公園を知っているんだろう。

 ふとそんな思案を始めたが、せっかく風子が行きたいと言ってくれたんだからと、すぐに気持ちを切り替えてペダルを踏む足に力を込めた。

 風が涼しい。

 まだ、夏の昼下がりのように暑さが汗を誘う秋の夕暮れ。

 公園の入り口に自転車を止めて、幅広の階段を上がる。

「この階段、久しぶりだな。風子、ここでいいんだろ?」

 僕はそう言いながら、スマートフォンを自撮りモードにして『うしろの風子』の顔を映した。

 風子はふわりと公園を見渡している。

『うん。あー、砂場、なくなっちゃったんだね』

「砂場? そういえば昔あったな。風子、ここに来たことあるのか?」

『うん。あたし、ほら、あそこ……、あのマンションに住んでたの。幼稚園まで。小学校に入学するときに引っ越しちゃったんで、小学校も中学校も隣町なんだけど』

「へぇ……、ご近所さんだったのか」

『そこの国道バイパスの高架むこうに幼稚園があるでしょ? そこに通ってたの』

「そうなのか。僕はその手前の保育園に通ってた。この公園でもよく遊んだよ」

『そう? じゃあ、もしかしたら同じ時に遊んでたことがあったかもね。そのころってね? 実はあたし、すごいイジメられっ子でね?』

「風子がいじめられっ子? ぜんぜん想像できないな」

『名前がちょっと変わってるし、苗字と合わさると真ん中が「台風」になっちゃうから、「たいふうおんなー」なんて言われて』

 ちょっとドキッとした。

 そういえば、いつかまったく同じことを思ったことがある。

 そうか……、その呼び名でイジメられてたのか。

『でもね? そんなとき、この公園でちょっとした出会いがあって……、それからずいぶん気分が変わって、いまみたいにいっぱい笑えるようになったの』

「出会い?」

『うん。あたしが泣いてたらその人がとっても心配してくれて、すごく優しく慰めてくれたの。「神さまは笑顔でいる子に幸せを運んでくださる」って、そんな話をしてくれて』

「それ、父さんがいまもよく言っている言葉だ。その人って、もしかしたらうちの教会に来てくれていた人かもしれないね」

『そうかもね……。あたし、それからずっと笑顔で居られるようになったんだよ? 「風子」って名前も、とっても好きになれた』

「そっ……か」

 風子はまだ遠くを見ている。

 僕が知らなかったころの風子。

 能天気で、誰にでもヘラヘラ笑って愛想を振りまいて、八方美人でいけ好かない……、ずっとそう思っていたこの桜台風子は、本当はそんなヤツじゃなかった。

 イジメられて打ちひしがれても、ちゃんと自分で答えを見つけて、また笑顔を取り戻せる……、とっても芯の強い女の子。

 それを僕は、単一指向ですべてを理解したような思い上がりをして、まるで断罪するかのように軽蔑していた。

 そう……、軽蔑していたんだ。

 しかし本当は……、軽蔑されるべきは僕のほうだ。

『光平? どうしたの?』

「いや、その……、僕は風子に謝らないといけないなって……、思ってさ」

『謝る?』

 風子がそう言って不思議そうな瞳を僕に向けたとき、その画面が突然、通話の着信を告げるメッセージへと変った。

 けたたましく鳴る着信音。

 母さんからだ。

「はい、もしもし?」

『光平? あの……、いまどこに居るの?』

「え? いまは『まちかど広場公園』に居るけど……、どうかした?」

『えっと……、すぐそこの「まちかど広場公園」? あの、いま警察の人が来てて、光平に用事があるって……』

「そう? こちらは別に用事はないんだけどね」

『ええっと、あの! ちょっと待ってください! あああ、どうしたらいいの?』

 母さんは自宅の前らしく、その声の背後では「落ち着いてください」なんて言っている別の女性の声が聞こえている。

 あの少年係の、諸田という女性警察官だろうか。

『お母さまの声……。どうしたんだろう。光平、すぐ帰ろ!』

「うんっ」

 イヤホンに響いた風子の声を聞いて、僕はすぐに自転車を止めている公園入口の階段へ走った。

 スニーカーが砂を蹴る音が響く。

「おいっ、そこを動くなっー!」

 階段にたどり着く寸前に聞こえた、その怒号。

 同時に、一台の灰色の車がギュギュッとタイヤを鳴らして階段下に止まった。

 運転席の窓から、見覚えのあるあの顔が覗いている。

 下見警部補。

 二日市警察署、生活安全課少年係の係長。

 乱暴にドアが開き、くたびれたスーツ姿がゆらりと足を踏み出す。

 僕は階段の少し手前で立ち止まって、その言葉に何も返さずに下見係長を見下ろした。

「ふん、いい面構えだな、永岡光平。ちょっと警察署まで来い」

 僕を睨みつけながら階段を上って来る下見係長は、以前に警察署で話したときとはまったく別人のような粗野ぶりだ。

「なんか用ですか?」

「おう、お前に聞きたいことが山ほどあってな」

「先日すべてお話ししましたけど」

「俺はお前みたいな嘘つきが一番嫌いなんだ」

 最後の一段を上り終えると、下見係長は階段を背にして僕の前に立ち塞がった。

 部下は伴っていない。

 さっきの電話の声からすると、あの女性警察官は母さんを相手に別のことをしているんだろう。

「お前、桜台風子の見舞いに行ったそうだな。冷淡なお前が珍しいじゃないか」

「そうですか? 一緒にクラス委員やってるんだから見舞いくらい不思議じゃないでしょ」

「お前、桜台風子のケガがどの程度か確認しに行ったんだろ? かなり心配になって」

「いまの言葉は僕の行動の説明としては間違っていませんが……、『心配になって』が、誰が誰のことを心配しているのかでずいぶん意味が変わってきますね」

「そりゃ、お前が一番よく分かっているだろ」

「さぁ、どうでしょうね。係長殿はどう思われるんですか? 僕の内心を代弁してくださいよ」

「はぁ? ずいぶんとナメた言い方だな」

 そう言って下見係長が目を見開いたとき、僕のずっと後のほうで甲高い声が上がった。

「係長ーっ! ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」

 砂を蹴って駆けて来る足音。

 振り返ると、パンツスーツの諸田巡査部長と、端正なスーツ姿の若い男性警察官が息を切らしてこちらへ走って来ている。

『あーっ、またあの女刑事だ! もー、光平をイジメるなぁーっ!』

「うわっ、風子、それ僕にしか聞こえてないから」

 いつもなら、この時間は犬の散歩やジョギングをする人などの姿がちらほらとあるはずなのに、なぜか今日はまったく人影がない。

 不意に、冷たい秋風が制服シャツの襟をふわりと揺らした。

 下見係長が僕越しに声を張り上げる。

「なんだぁ? 諸田っ! お前は母親からコイツの最近の生活ぶりを聞いていろと言っただろうがっ!」

「……ハァ、ハァ、係長! ここはちょっと私にっ!」

「黙れ! お前に何ができるんだっ」

 すぐ背後で諸田巡査部長の声がした次の瞬間、突然、僕の襟首がぎゅぎゅっと後ろへ引っ張られた。

「うわ」

「光平くんっ? 挑発にのっちゃだめよ? あなたの話は、私がもう一度ちゃんと聞くわっ」

 そう言って僕をぐっと後ろへ押しのけて、下見係長の前に立ちはだかった諸田部長。

 同時に、男性警察官が僕の背中を受け止める。

 係長の顔がみるみる鬼瓦へと変わった。

「諸田……、お前、なんの真似だ」

「係長……、私は……、私たちがすべきことは、まず少年を信じることだと思います」

「は?」

「少年警察の責務は、少年を信じて、ちゃんと向き合って、その違法行為がいかに罪深いことかを理解させ、そうして一日でも早く立ち直らせることのはずです」

「お前、誰に向かって――」

「――ましてや、少年が無実の罪を負わされようとしているのなら、我々は必ずそれを救わねばなりません」

 どうしたんだ。

 諸田部長が僕の味方をしてくれている。

「係長、私は……、私はっ、光平くんが無実であると信じています」

『うわぁ……、この女刑事、「光平くぅん」とか言ってる。はっ? まさかこの人、光平のこと』

「風子、黙ってろ」

 係長が一歩迫る。

「お前ら、さっさとどいて俺にそいつを渡せ」

「係長、私は――」

 諸田部長が肩をいからせてそう発した瞬間、僕の背中に手を当てていた男性警察官が、僕越しにずいぶん優しい声を上げた。

「あのー、係長? なんか刑事ドラマみたいになってますね。僕は諸田部長に賛成なんでこの子を係長に渡したくないんですけど、それって職務上の命令ですか? それとも、私的要求ですか?」

「なんだとっ? ナメてんのかお前っ! お前らふたりともそのクソガキと変らんな! 職務上の命令だ! さっさとそいつを俺に渡せっ!」

「あらー、それじゃ、地公法の『上司の命令に従う義務』の違反になっちゃいますねぇ。どうします? 諸田部長」

 それを聞いて、諸田部長が顔半分こちらへ振り向いた。

「いいんじゃない? 違反で。光平くん、何も心配要らないわ。この会話、電話の向こうのお友だちにも聞かせてあげなさい」

 ぎゅっと僕に近づいた諸田部長の笑顔。

 柔らかな花の香りがふわりとした。

 よく見ると、すごくキレイな人だ。

 この前とはまったく違う顔。

 あの日、後ろでしっかりとひとつに結ばれていた髪は、今日はゆるやかなウェーブを描いて肩にかかっている。

「えっと……電話って……、あ……、はい」

 そう僕が口ごもって目を伏せた瞬間、突然、イヤホンから漏れたジャリジャリという激しい音。

『もおぉぉぉーーーっ! なにデレデレしてんのよぉぉぉ!』

「うわっ」

 思わず耳を押さえると、勝手にスピーカーモードになったスマートフォンから風子の声が響いた。

 思わず画面を見る。

 同じく勝手に自撮りになったカメラ画面では、スキーのジャンプ台みたいに斜めになった眉を上下させて、真っ赤な顔の風子がわーわー言っていた。

「な、なに怒ってんだよ」

『もうっ! 光平っ! あたしにはぜんぜんそんな顔しないくせにぃ!』

「なんなんだ」

 その風子の叫びが再び広がった瞬間、諸田部長が急に視界から消えた。

「きゃっ!」

 そして僕の眼前に迫ったのは、諸田部長を押しのけて迫る下見係長の鬼の形相。

「きさまぁ! 誰かにわざわざこの会話を聞かせてるのか! なんてガキだっ! その電話をよこせっ!」

「なにするんだっ!」

「電話を切れ!」

 むんずと掴まれた、僕の右手首。

 同時に諸田部長が左から割って入った。

「係長っ、やめてくださいっ!」

「うわっ!」

 突然、浮き上がった僕の左足。

 引っ張られた僕の右手には、真っ白なスマートフォン。

 下見係長の顔が左に流れると、その向こうに公園出入口の階段が見えた。

 釣られて出した右足は、もう階段を踏み外している。

 一瞬だけ、男性警察官の手が背後から僕の肩を掴んだが、その手はすぐにするりと遠ざかった。

 諸田部長に引きずられて、バランスを崩して倒れる係長。

 相前後して、その手から解放された僕の右手首。

 次の瞬間、足元に急勾配で下っているコンクリートの階段が見えた。

 もう、僕の体はその上に飛び出している。

 手から離れて、宙を舞うスマートフォン。

 それを掴まえようと思わず手を伸ばすと、ゆっくりと体が回転した。

 一瞬見えた、夕暮れの秋空。

 キレイな空だ。

『光平っ!』

 聞こえた、風子の声。

 同時に背中が暖かくなって、懐かしくて優しい香りがぎゅっと僕を包み込んだ。

 風子だ。

 風子が後ろから抱きしめてくれている。

 なぜか、そう思った。

 そしてすぐにゴツリという鈍い音が響いて、永遠にも思えるほどに景色が暗転した。

 感じた、アスファルトと砂の匂い。

 じわりと目を開くと、顔のすぐ横を赤い液体がゆっくりと流れていた。

 その液体の先には、無残に画面が割れている僕のスマートフォン。

 それからまた目の前が暗くなって、僕の意識は遠くへと運ばれていった。

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