トレビュー物語

澁澤弓治

序章

第1話 発見 導入の始まり


 夏も深まり、森が鳴いているように、鳥の声が満ちていた。

 オリエント川の川幅は10メートルほど、水はよく澄み、あまり深くはない。川底の石は丸く苔むしている。

 川縁に二人の男がいた。

「ザイン、サンダルは濡れるとなぁ気持ち悪りぃから脱いどけよ」

 その声の主はギィだ、ギィは彫りが深く、肌の色も濃い、声も低いから強面だが皆、彼がいい男だと知っている。

 ザインと呼ばれた青年はそそくさとサンダルを脱いた。右手にサンダルと布袋、左手には弓、背中には矢筒を背負っていた。

 ザインは恐る恐る川に足を踏み入れた。じゃぼ、8月の川の水は冷たくて心地がいいことをザインは知った。子供はこのオリエント川に入れないからだ。

 ザインは川の中からふと左側の上流を見た、遠くには山頂の白い、ドラゴン山脈が堂々在った。

 ザインは交易をする父から、オリエント川の源流はドラゴン山脈へ繋がっていると聞いていた。ザインは思わず目を見開く、脈々と繋がるものに感動せずにはいられなかったからだ。

 ザインは先月、15歳つまり大人になった。苗字はまだない。

 途中、苔むした石に転びそうになりながらも、甘い音を立てて流れる川を渡った。本当はもう少し川の流れを楽しみたかったが、先月大人になった手前、子供みたいなことはできないと思ったのだ。

「ねぇギィ、今日はなにを獲るの?」

「今日はな、一角鹿を獲れたら万々歳だ」ギィは口角が少し上がった。

「そろそろベレテの誕生日だもんな」

 ベレテとはギィの今年で14歳になる娘の名前だ。

「そう、だから一角鹿なんだ」

 一角鹿の角の髄は甘くて女性人気のあるレアな食材だ。

 二人はどんどん森の奥深くへ進んだ。

 今日はもう一角鹿に会えない、そんな空気が二人の間に生まれ出した時、

「ザイン、一角鹿だ。お前が射ろ」

 一角鹿は二十センチほどの右回りの角がある鹿だ、一角鹿は角を木に擦り付けていた。

「外しても俺のせいにするなよ」

「そんときは、お前に木の実を取ってもらう」

 ザインは弓を構えた、ギィに教わった通りに、ゆっくり息を吐きながら、一角鹿を見据える。

 一角鹿がこちらを向いた、無垢な瞳でザインを見つめる。ザインは心の中で謝り、矢を射た。後には弓のしなりが残った。

 一撃で射殺せる軌道だったが、森の中を吹き抜ける風によって矢は逸れた。

 バビン。矢は一角鹿を避けて、一角鹿が角を擦り付けていた木に刺さった。

 ザインは安堵感と同時にギィの娘、ベレテに申し訳なくなった。

「悪いギィ」

「じゃあ、もう俺にはキツイ、あのボンの実をとってきてくれ」

 ボンの木は背が高い。登るのは簡単なことではない。

 ザインは木を登り切ったとき息を切らしていた。下を見るのも怖く、ザインは遠くだけを見ていた。オリエント川を超えた先の森は大きくない、もう数十メートルも進めば草原だった。

「ん?」

 ザインは草原の中に何かを発見した。幸いザインは視力や聴力には自信があった。

 草原の中の何かは、簡易的なテントと人の群れだった。

 ボンの実を十数個取っては、落とした。

 ザインは手に汗握りながら、木を降りた。

「お疲れ、ベレテはボンの実が好きだからな、これだけ取れれば万々歳だ」

 ギィは今日いちばんの笑顔だった。ギィは娘が一番な男だ、ボンの実に喜ぶ娘の顔を想像したに違いない。

 ザインは息を整え、木の上から見えた、簡易的なテントの話をした。

「そうか、もう帰ろう太陽の位置が降りつつある、この森は暗くなると迷うからな」

と、言うギィの表情に若干の陰りをザインは見抜いた。よくない予感がした。そしてよくない予感ほど当たる物だ。

 

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