もう一度

 すーっとゆっくり意識が上がっていくように目が覚めた。ぼやっとした視界がしだいにはっきりとしてくる。鮮明に天井が見えたところで、俺はがばっと勢いよく起き上がった。

 夢か、現実か、どっちだ?

 その答えはすぐに出た。隣を見ると布団は敷かれていない。リビングに出ても二人の姿はなかった。「おはよう」の声がないシンとした部屋はいままで以上に物寂しい感じがした。


 俺は目の前の現実に肩を落としたものの、同時に高揚感も芽生えていた。

 あの紙は本物だった。本当に見たい夢を見ることができる。しかも夢の中で自由に考えて動くことができた。たしかそういう夢には呼び名があったはずだが、なんだったか思い出せない。


 テレビをつけると朝のニュースが流れてきて、ちょうど台風の最新情報について解説するところだった。どうやら台風は勢力を拡大しながら日本列島に近づいていて、上陸するのは十六日と予想されているらしい。ただ、俺の住んでいる地域には直撃しないみたいだった。近づくにつれ天気は荒れるが、さして気に留める必要はないだろう。

 俺はソファに座り、ぼんやりテレビを眺めた。ニュースに表示されている時計は七時三十分を示している。


「今日はどうするか……」


 俺はひとりつぶやいた。カレンダーに目をやっても、埋まっている日はひとつもない。要するに暇だった。やることがない。

 ここ最近の休日は昼過ぎまで寝てだらだらと過ごしていたから、こんな平日仕事に行くような時間に起きるのは久しぶりだったのだ。大型案件のあった五年前までは休日返上して仕事なんて当たり前だったが、いまは休日出勤するほど仕事量がない。だから、会社の業績としては伸び悩んでいる。

 上は由々しき事態だと焦っているが、俺にはどうでもいい話だった。別にこのまま赤字になるかならないかギリギリの低空飛行でいいと思っているし、むしろそれを望んですらいる。会社で肩身の狭い俺からすれば、もうあの頃のように仕事漬けになんてなりたくない。


 忘れもしない、大型案件で会社が忙しかったあの時、ひとつ大きなトラブルがあった。重大な設計ミスがあったのだ。設計者は、俺だった。装置の組み立てがかなり進んだ段階で発覚し、しかもよりによって協力会社にお願いしている部分だったため、その場で対応できるようなものじゃなかった。とにかくすぐにでも造り直してもらわないと、納期に間に合わない状況だった。


 俺は速攻で図面を書き直し、納期に間に合わせられるよう方々へ頭を下げた。なんとか助力を得られたが、この時はウチも協力会社も、寝る間も惜しんで働く地獄のような時間だった。結果、納期に間に合わせることはできたが、社内にも協力会社にも多大な迷惑をかけた形になった。

 そしてそれ以来、俺は社内からも協力会社からも疎まれるようになった。直接嫌味を言われることはないが、言葉の端々や態度から俺を信用していないという空気が感じられる。

 そんな騒動があった後、里美と美央が出て行った。さすがにやりきれない気分になって、気づけば酒に手をつけていた。以来、酒を浴びる毎日を過ごしている。


「はぁ……」


 嫌なことを思い出し、気が滅入った。

 頭を掻きむしりながら立ち上がり、冷蔵庫に向かう。そして扉を開け、ひしめき合う酒を見た時、ふと思い出した。あの現実かと思うほど鮮明な夢とそれを見るきっかけを作った店。そう言えば昨日、酒を買いに行ったときに寄ったんだったな。急に雨が降ってきたから雨宿りして、そのついでに。

 ……もう一度行ってみるか、あの店。商店街に行けば、あるはずだよな。

 俺は冷蔵庫の扉を閉めて、すぐに出かける準備をした。適当なTシャツと短パンに着替え、適当に寝ぐせを直し、財布があることを確認してから家を出た。

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