酒屋

 酒を買うのにはいつも近くの商店街にある酒屋を利用している。周辺のコンビニやスーパーと比べると安く買えるからだ。昔は酒の種類が多いことも魅力的に映ったが、ここ数年はどうでもよくなった。酔えるならなんでもいい。


 商店街には家から近い南口から入る。酒屋は反対側にあるため、中を突っ切って向かう。

 俺が生まれる前からあるらしいこの商店街は最盛期には通り一面に店を開いて客を迎えていたみたいだが、いまはシャッタ―ばかりで人を寄せ付けない雰囲気が漂っている。

 実際、こうして見渡してみても人の通りはほとんどない。ただ、いつからかこの寂れた光景に妙な居心地の良さを感じるようになっていた。


「はぁ……」


 ため息をついて空を見上げた。

 かんかんと照りつけてくる太陽と目が合い、舌打ちが漏れる。ここ最近の暑さは尋常じゃない。少し外に出るだけで汗が噴き出してくる。

 項垂れながら歩いていると、酒屋が見えてきた。引き戸を開けて店に入ると、冷房の効いた空間が火照った身体を冷やしていく。俺は入ってすぐのところに置いてある買い物かごをひとつ手に取った。左側にあるレジ台には店主のばあさんがいて、俺の方を一瞥してすぐに手元の雑誌に目を落とした。


 俺は涼みながらも酒を求めて店内を歩いた。適当にぶらぶらしながら最終的には缶ビールやハイボールのコーナーに行きつく。味なんてどうでもいいから高い酒なんて買わない。

 俺は缶ビールやハイボール、ストロング缶を乱暴にかごへと詰めていき、さっさとレジに向かった。ずしりと重くなったかごをレジ台に乗せると、山積みになった缶がガシャンと音を立てて崩れ、その様子を店主のばあさんが怪訝な顔で見つめていた。


「またこんなに買うのかい?」

「ああ、さっさと会計してくれ」


 俺は短パンのポケットから財布を取り出して催促する。


「いくらなんでも飲みすぎだよ。少し控えた方がいい。身体を壊しちまうよ」

「うるせぇな。酒屋がいらねぇ心配するな。早く会計してくれよ」


 ばあさんは首を振りながらため息をつく。


「そんなんだからあんた……」

「もう聞き飽きた」


 俺が苛立ち交じりに遮ると、ばあさんは諦めたようにひとつひとつバーコードを読み込んでいった。スマホをいじりながら待つこと数分、俺は伝えられた金額に対して一万円札を放り、おつりを受け取った。そして、たんまり酒が詰まった袋を片手に店をあとにした。


 外に出ると再び容赦ない日射しが降り注いだ。暑さと眩しさに舌打ちをしながら帰路につく。暑さのせいで苛立ちは治まらず、耳をつんざくようなアブラゼミの鳴き声が不快感に拍車をかける。


「っくそが……」


 イライラをぶつけるように足元の石を蹴ると、石は一メートルほど進んだところで左にそれて側溝に落ちた。


 ……早く帰って酒を飲もう。

 俺は頭を掻きむしり、歩く速度を速めた。大股歩きで商店街の中ほどまで来たところで、視界の端に一枚の張り紙を捉えた。


「夢のつづきを見にいこう」


 太字の黒ペンででかでかと書かれていた。よく見れば、左側に上向きの矢印と「この先、二階」ともある。陳腐な張り紙だなと思いながら疑問が浮かんで足を止めた。

 こんな張り紙あったか? というか……。

 今度は張り紙の張られた建物に視線を移す。それは色褪せたコンクリートとひび割れが目立つ、廃墟と思しき小さな雑居ビルだった。窓のひとつには黒いカーテンがかかっていたが、とても中に人がいるような見た目ではない。

 そもそもこの雑居ビル自体あったか? 行きに見なかったような気がするんだが。


 俺はその廃墟を時間にして十秒ほど見つめたあと、「まぁいいか」と呟いて視線を前に戻した。多少気にはなったが、わざわざ入ろうとは思わなかった。いまは何よりも家に帰って涼みたい。噴き出る汗の勢いは止まらず、こめかみの辺りから流れ落ちた汗が頬を伝っていく。


 さっさと帰ろうと再び足を踏み出した瞬間、ぽつんと頭に冷たい感触を覚えた。

 空を見上げると頬に二、三滴ぽつぽつと大きな水滴が落ち、ざーっと勢いよく雨が降り注いだ。


「おいおい、まじかよ」


 俺は少しでも雨を避けようと袋を持っていない左手を傘にして廃墟へと駆けこんだ。すぐに雨宿りできたのはよかったが、雨脚が強いせいですでに全身がびしょ濡れだった。

 これだから夏は、とため息をつく。そう言えばニュースで台風が近づいているって言っていた気がするな。たいして出かける用事もないから気に留めていなかった。

 少し先の空は雲が薄く、うっすらと青空が見える。夕立のようだし、しばらく待てば止むだろう。俺は正面の階段の一段目に腰を下ろし、酒の入った袋を地面に置いた。

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