第40話 射撃訓練


 着替えを終え、格納庫にある自分の機体に乗り込むと、併設されている保管庫からエレメントライフルを取り出す。小型モニターに火器が追加された表示がポップアップした。



 エレメントライフルは、機体に搭載してる精霊融合反応炉エレメント・フュージョンリアクターからエネルギー源を取り出すため、高出力を取り出せる機体だと、威力、射程、リロード速度がとても速くなるエネルギー武器だ。



 ただ、今俺が手にしたエレメントライフルは、ザガルバンド専用に作られている旧式の物だ。旧式ザガルバンドの精霊融合反応炉エレメント・フュージョンリアクターから出せる出力容量は少ないため、威力が弱く、射程も短く、すぐオーバーヒートしてリロードも遅いといういわくつきのライフルになっている。



「火器を制御できるようにしたよ。いつも思ってたけど、このエレメントライフルは酷い武器だね」


「動き回る妖霊機ファントムに対して、当てるのが至難の業と言われるライフルだしな」


「火器の設定は実家の時のみたいに、このまま?」


「いや、今回は弄る」



 コンソールボタンを操作して、エレメントライフルの調整を行った。



 リロード速度を最低まで落として、威力と射程に割り振るっと。これで、多少マシなライフルになるはずだ。その代わり、次弾が撃てるまでの2分間はただの棒きれになるが、当てれば妖霊機ファントムにも相応の損害を与えられるくらいにはなった。



「これだとエレメントライフルの振幅器の損耗激しいよねー」


「整備科の連中からにらまれそうだけど、実戦対応を考えたらこの設定でやらないと射撃訓練の意味がない」


「それもそうだね。整備の子たちには、訓練終了後にわたしから交換を頼んでおくね」


「そうしてもらえると助かる。さて、エル先輩を待たせてるから行くとするか」


「機関良好、いつでもどうぞー!」



 俺はエレメントライフルを携えると、エルの待つ射撃訓練場に向かった。



 操練場の端に作られた射撃訓練場に着くと、エルの乗ったザガルバンドが待機していた。指導役の彼女もまた自分用のエレメントライフルを持ってきている。



 コンソールから、通信ボタンを押してエルを呼び出す。すぐに通話が繋がり通信モニターにエルの顔が浮かび上がった。



「待たせてしまったな。準備ができたので、すぐに訓練を始めたい」


「すでにこちらの準備も終ってます。射撃に関しての注意点は、銃口を味方に向けない、オーバーヒートしたらリロード完了まで待機、転倒しないよう射撃姿勢を堅持するの3点だけです。いちおう、指導役として私が見本を見せておきますね」


「分かった。頼む」



 エルの機体がライフルを肩付けで構え、転倒しないよう脚を肩幅に開き、膝を少し曲げ、右脚を半歩下げる。そして、やや前傾姿勢で重心を気持ち前に置く感じになった。



 綺麗な射撃姿勢だけど、実戦でこの姿勢を取れることはほぼない。目視戦闘距離だと、常に敵の攻撃にさらされ、回避しながらの攻撃になることが多いからだ。とはいえ、基本を疎かにしていいわけではない。



 少し遠くで標的物が射出されると、エルの構えたエレメントライフルの銃口がそれを追って移動していく。銃口が光るとビーム状の弾体が射出された。標的物にビームが命中して砕け散る。



「命中。なかなか、やるね」


「射撃の腕に自信ないというのは嘘だな。普通の設定だと射程ギリギリの距離だ」


「ルシェ君もシア様も、私を褒めても何も出ませんよ。とりあえず、的に当てられるだけです。この程度じゃ、実戦で通じないのはルシェ君が一番分かってるのでは?」


「たしかに妖霊機ファントムには当たらないだろうな」


「そう言うだろうと思って、ルシェ君には特別な標的を用意してます。妖霊機ファントムの動きを再現した標的です。近衛機士団長の父に願い出て、自分の射撃訓練用に提供してもらいました。もちろん、校長からも許可を頂いてます。それをルシェ君にも使ってもらいます」



 おお、上級の射撃訓練用の標的か。自立型で動くあの標的なら、下位の妖霊機ファントムの動きに近い動きを再現してくれる。単調に撃ち出される標的よりかは、射撃の練習相手としてはちょうどいい。



「いいのか?」


「ええ、構いません。指導役として、ルシェ君にはそれくらいの標的を使わないと訓練の意味がないと思いますから」


「じゃあ、頼む」


「承知しました。標的、起動させます」



 遠くで土煙が上がったかと思うと、敵を感知したシアによってモニターに情報が追加されていく。



「敵、検知。距離2単位キロメートル、飛行型、急速接近中!」


「了解した」



 エレメントライフルを構えると、照準用のレティクルが追加される。接近する敵にレティクルを合わせるとコンソールのズームボタンを押す。周囲を映しだしているモニターから、敵のいる部分だけ切り取ったように拡大された。



 鳥の形の飛行型か。一番動きが速い自立型の標的だ。



 近距離ズームなのにカメラの解像度が低くて映像が荒い。このザガルバンドのカメラよりか、精霊誘導弾の弾頭のカメラの方が性能が高いんだろうな。今度整備科の連中に頼み込んで取り替えてもらうか。



「補正入れるよ」



 シアがすぐに荒い映像に補正をかけてくれる。少しだけ敵の姿が鮮明になった。



 さすがのシアも、ザガルバンドの性能じゃ、これが限界か。それにしても自立型の標的はよく動く。飛行型は機動性が高いから一番当てにくいやつなんだよなぁ。さて、外したら二射目までに敵はこっちに到達するし、一撃で落とすしかない。



 不規則に左右にロールを繰り返す回避行動をとりながら、鳥の標的はこちらへ向かって突っ込んでくる。



 焦るな。引き付けて確実に落とす。



 相対距離を測っている数字が500を切った。



 どうせ、ザガルバンドのエレメントライフルの照準はズレる。だから、捉えるのはレティクルの3目盛り分横、今だ!



 エルが放ったビームよりも太いビームが銃口から放たれると、振幅器を囲っている放熱板が全開放され、オーバーヒートの警告音が鳴った。



 放たれたビームは突っ込んで来ていた鳥の標的を見事に捉えて貫くと、一撃で破壊した。



「命中、損害なし。エレメントライフルがオーバーヒート中だ。冷却に入る。少し時間をくれ」


「……ルシェ君、エレメントライフル弄ってますね。整備科の講師たちに怒られますよ」



 破壊の威力を見た通信モニター枠のエルが、ジト目でこちらを見てくる。



 「せっかくの射撃訓練だし、実戦で使えるレベルの物にしないと意味がないのだが……。いちおう、安全性は確保した設定で爆発はしない設定だから安心してくれ。エル先輩には迷惑はかけない」


「既にかかってます。射撃訓練でエレメントライフルの設定を弄るのは、指導役の許可がなければなりません」



 通信モニター枠のエルの表情は、少し怒っているようにも見えた。好感度が下がるイベントではなかったと思うが気になったので聞いてみることにした。



「怒っているのか?」


「怒ってませんが、呆れています。ルシェ君はなんで機士学校にいるんですか?」


「機士になるためだが?」


「もうすでに飛び級で機士認定試験を受けられる実力だと思いますが……。私よりも自在に霊機を操れるわけですし」



 まぁ、チュートリアルでしかない機士学校は、飛び級で機士認定試験を受け合格してスキップできたらしたいが――受けてしまうとハーレムENDを迎えるためのフラグ回収ができない。だから、今さら勉強する必要もない講義も受けている。



 とはいえ、フラグ回収のためだとは言うわけにはいかない。



「義父上には基本が大事だと言われている。だから、機士の基本が学べる機士学校で、しっかりと基本を学んでいるつもりだ。霊機の操縦に関しては誰にも負けるつもりはないが、それ以外のことはまだ身に付けねばならないことも多い」


「意外ですね」


「そうか?」


「いろいろとめんどくさそうにしてるから、早く卒業したいのかと思ってましたが」


「そう言うわけでもないさ。機士として、できてないことも多い。俺が目指すのは、ただの機士ではなく、機士の中の機士である機士王だしな」



 通信モニター枠のエルの表情は先ほどまでとは打って変わり、尊敬を含んだような物に変化した。



「そうでした。ルシェ君は機士王を目指したのでしたね。それにしてもルシェ君は本当に不思議な人ですね。落ち着きといい、歴戦の機士みたいです。普通、あの自立型の標的を前にすると、焦る人が大多数ですが、全く焦った様子もありませんし」


「エルもようやくルシェのすごさを分かってきたようね」


「ええ、シア様がルシェ君のことをずっと褒めてる意味を理解した気がします。では、今回の件は私が実戦を想定したということで、許可したことにしときます。訓練終了後に設定のデータを整備科の講師たちに提出しておいてください」


「承知した」


「シア様もご負担かけますが、データの抽出を頼みますね」


「はいはい、分かったわ。ルシェが怒られるのは回避しないとね。エルもずいぶんと分かってきたじゃない」


「ええ、ルシェ君を見てて、機士王を目指すには真面目なだけじゃダメだって理解しました」



 ん? それは俺を褒めているのか? 俺は真面目な人間だぞ?



 エルの言葉に頭をひねっていると、周囲を映しているモニターに情報がポップアップ表示された。



「敵検知! 情報追加していくね!」


「え? 私、自立型の標的を起動させてませんが――」


「敵だ。妖霊機ファントムだ」



 転移型の妖霊機ファントムメタスターシスだが……。大襲来も始まってないのに、新種のアレが存在してるなんてイベントはなかったはずだ。どうなっているんだ。



 カメラが映し出す先には、背中に大きな輪を背負った人型の妖霊機ファントムの姿があった。




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ドラノベコンの長編文字数規定に到達しました。☆やフォローをして応援して頂けると執筆のモチベになりますので、よろしくお願いします。明日よりは1日1話となりますが、定期更新できるよう書き進めておりますので、引き続き転生機族をよろしくお願いします。

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