第38話 スカウトも必要だが・・・


 機士学校に入学し、1カ月ほどが過ぎた。一部からは怯えられて距離を取られているが、ほとんどの同期たちとはそれなりに無難な付き合いをしており、特に大きなトラブルもなく平穏な学生生活を過ごしている。



妖霊機ファントムにはいろんな種類がいる。それぞれの特徴から分類もされているぞ。どこの戦場でも見かける汎用種、精霊ごと霊機を乗っ取ってくる寄生種、空を飛び上空から襲ってくる飛行種、固い装甲を持つ重防御種、遠くから狙いすました攻撃を放つ遠距離種、視界を他の妖霊機ファントムと共有する偵察種、そして妖霊機ファントムの中でも上位個体と言われるネームド種だ。これらの分類は試験に出るのでちゃんと復習しておくようにな」



 教室の左端の最後列の席を確保した俺は、講義を聞くことなく、窓の外を見てあくびを噛み殺した。講師の喋る内容はすでに何万時間も『神霊機大戦』で遊んだ俺には当たり前の知識でしかない。



 この機士学校時代は、ゲーム内容のチュートリアルでもあるし、たるいんだよなぁ。ハーレムENDのフラグ探ししてる時、スキップできる機士学校時代にいくつもフラグが隠されてたのを見つけた時は、制作者をぶん殴りたくなった。



 慣れたら絶対に繰り返さない場所に、幻のハーレムENDのフラグを作っておくなんて詐欺だろうに。でも、まぁ、エルとソラのフラグは無事に回収できたし、機士学校時代のハーレムENDに関連するフラグはこれで問題なしだ。



 あとはハーレムENDに向かうため、領地に招くべきサポート人材のスカウトフラグを回収しないとな。



 スカウトするフラグを得るのは、校医をしてるコラーデ・ハイルングモント。夢魔族の女性、つまりサキュバスの美人女医様だ。エルとともに『神霊機大戦』の男性プレイヤー人気を集めるえっちなお姉さん女医でもある。機士ではないサポートキャラで唯一サイドストーリーDLCが発売され良作ASMRとしての評価を集めていた。



 コラーデ・ハイルングモントは、紗奈の推しキャラだった。発売されたサイドストーリーDLCをプレイしてて、『尊い』しか言わずに鼻血を出してたし。男子キャラを推されるのも兄としては複雑だが、女性キャラのASMR聞いて鼻血を出されるのもそれはそれで心配だったんだよなぁ。



 紗奈の推しキャラは機士ではもなく、虹の宝玉の作成に関わるヒロインではない。だが、精霊を介した高度な回復魔法の使い手であり、膨大な医療知識を持っており、戦闘で負傷した機士たちの治療や領地の衛生管理を行う医療班の要として超重要な人物だ。



 彼女がいるのと、いないのでは、負傷者の戦闘復帰効率に雲泥の差が出てくる。ハーレムENDに達するには、かなりシビアな戦闘を繰り返さなければならないため、卒業時に彼女がスカウトできないと序盤で詰む可能性が高い。



 講師の講義が続いているが、俺は無視して、コラーデのフラグ回収のチャートをノートに書き出そうと羽ペンを手に取った。



 えっと、最初のフラグは――



「ふーん、へー、コラーデ・ハイルングモントって誰かな?」


「この機士学校の校医さん」


「校医……あの露出癖のある人?」


「そうなのか? 服までは見てなかったが」


「ふーん、へー」



 ノートに書いていた文字を見た隣の席のシアから、さっそくコラーデにヤンデレチェックが入る。



 えっちな女医のコラーデと、ヤンデレ精霊のシアの相性は最悪だからなぁ。なるべく一緒にいさせない方がいいのは、ゲームで何度も経験済みだ。



 エルやルカを障壁にして、シアのコラーデへの悪感情をシャットアウトできるようになったら、最初のフラグである保健室フラグを回収したいところだ。



 普通、ハーレムルートってお互い仲良くみんな主人公のことが好きな状態なはずだが、『神霊機大戦』の制作陣の作ったハーレムルートは一つでもフラグ管理を間違えると、シアが機体ごと自爆するというかなりヤバいバランス。



 プレイした俺からすると、はっきり言って『ハーレムとは?』という疑問が湧くシナリオだった。まぁ、でもそれはそれで、やりがいのあるシナリオだ。おかげでシアに対する理解度がかなり深まって、今ではヤンデレムーブがないと満足できない身体になった。



「このコラーデ・ハイルングモント先生って膨大な医療の知識も持ってるらしくって、時間ができた時にルカの病気のことを聞いてみたいなとは思ってる」


「そうなの。ふーん、へー」


「もちろん、その時はルカのお姉さん代わりのシアにも同席してもらうつもりだから」



 ルカのお姉さん代わりという俺の言葉を聞いたシアの表情がふにゃりと緩む。ヤンデレ精霊ちゃんの一番可愛い表情だ。シアが自分の立ち位置を認めてもらえた喜びで緩んだ表情だった。



「うん、うん、ルカちゃんのお姉さん代わりとしては、病気のことはちゃんと知っておかないとね。時間ができたら聞きに行こう。うん、うん、大事。大事なこと」


「ああ、まだちょっといろいろとあって忙しいから、聞きに行くにはもう少し時間かかるだろうけど」


「そうだね。まずは面倒な試験を終わらせないと」


「まぁ、そっちは余裕だが」



 俺たちが喋っていると、講師の講義が終わり、そのまま休み時間になる。機士学校1年生は座学が多く、実機に乗れるのは週に数時間だけだった。もちろん、それだと腕がなまるので、閉校時間まで自主練習として操練場で機体に乗らせてもらっている。



 そっちの相手もエルにしてもらっていた。



「ルシェ君、シア様、エル先輩が呼びに来たよー」



 同期のクラスメイトの男子が、俺たちの名前を呼ぶ声に視線を向けると、甲冑姿のエルの姿が教室の入口にあった。エルは俺たちを見つけると表情を引き締め、頭を下げた。



「相変わらずエルは真面目だね。カチカチに固い。特にわたしに対してずっと敬語なのはどう思う?」


「それだけシアのことを尊敬してるんじゃないか? エル先輩はもともと精霊という存在にとっても心酔してる方だし、契約した自分の精霊ともとても親しい間柄を築いてるしさ」


「ふーん、尊敬かぁ。ふーん」



 シアの小鼻の端がヒクヒクしてる。そろそろ、エルの真面目さに気が付き自分が彼女から尊敬されていることを知って、警戒心が薄まる頃合いだろう。



 エルとの朝夕の鍛錬は続いているが、未だにシアから食事に彼女を招く許可は出ていない。



 だが、今のシアの様子を見ると、警戒心はだいぶ解けたようだ。



「ルカちゃんも会ってみたいって言ってるし、今度、食事の席にエルを呼んでみる?」


「シアがそれを望むなら、俺は止めない」


「まぁ、ルシェの剣の腕の上達や操縦の腕が鈍らないよう鍛錬の相手をしてくれてるし、食事くらいはねー。呼んであげてもいいかな」


「エルの都合もあるだろうし、予定を合わせないとね」


「うん、うん、そうだね。今日の鍛錬が終わったら聞いてみる。これからいつも通り霊機を使った鍛錬するんでしょ」



 そう言ったシアは自分の鞄から俺の霊装着を取り出して渡してくれる。



「ああ、許可はもらっているし、一日でも動かさないと感覚が鈍るしね。機体を整備する整備科の連中には悪いとは思うけども機士学校に通ってるうちは続けるつもりさ」



 霊装着を受け取った俺は、「エル先輩、整備棟へ行きますよ!」と声をかけ、2人を伴って整備科が管理する整備棟へ足を運んだ。


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