第34話 合同鍛錬
朝靄の中、日課の鍛錬をする前のジョギングをしようと屋敷の庭に出ると、そこには甲冑姿のエルがすでにいた。
「エル先輩、おはよう。もっと後から来てもよかったんだが」
「ルシェ君の鍛錬に付き合うというのが、敗者の私に課せられた責務ですので、最初からお付き合いします」
「いい心がけだ。さすが元首席機士のエル先輩」
エルは俺に向かって厳しい視線を向けてくる。
まだまだ彼女の好感度は低いままだし、睨まれるのはしょうがない
とりあえず、朝の稽古の前に一〇
「問題ありません。まいりましょう」
俺はエルの返答に頷くと、そのまま中庭を周回する日課のジョギングを始めた。ジョギングと言ってもゆっくりとしたものではなく、身体に負荷をかけるためペースはかなり早い。目標の半分くらい過ぎたところで、甲冑を付けたまま走っているエルが少し遅れ始めた。
遅れ始めたエルの方へに振り返り声をかける。
「きついなら甲冑を脱いでも問題ないぞ。俺はエルの前方を常に走るし、朝早いため中庭には誰もいない」
「も、問題ないです! ついて行きますから気にしないで!」
顔が心なしか赤く染まっているようだが……。やはり自分の大きな胸のことを気にしているのだろうか。
エルは『神霊機大戦』の女性サポートキャラの中でも、男性プレイヤー人気がトップクラスだった。真面目で頑張り屋の口ベタな女機士だが、身体は大人、心は子供ってギャップが刺さり、関連グッズは爆売れ、専用のサイドストーリーがDLCで発売されるほどだ。
俺もエルに関しては、嫁END、配下END、バッドEND、純愛ENDと全てを網羅してある。脳筋的な解決法を好むし、子供っぽいところもあるが、それが見た目とのギャップを生むため、魅力的に思えるヒロインだ。
ゲーム内のエルも可愛かったが、実物のエルの方が何倍も可愛いと思える容姿だった。
キャラ性能的にもトップクラスの実力者であり、『神霊機大戦』ではどのルートでも常に配下に加えて、自機のサポートチームの前衛を任せてきた人材だ。今回も妹のため、彼女には是が非でも配下入りをしてもらいたいと思っている。
そのため、好感度が上がりやすい鍛錬に来るよう誘い、彼女のトラウマになっている、男性からの性的な視線を向けないよう、常に気を付けて行動していた。
「そうか。なら、そのまま遅れないようついてこい」
「……はい」
俺は再び走り出すと、先ほどよりも若干ペースを落とし、エルが遅れないようにしておいた。ジョギングを終えると、肩で息をしているエルへ刃を落とした鉄の剣を差し出す。
「次は素振りに付き合ってくれるか?」
「はぁ、はぁ、はぁ、わ、分かりましたって――こんな重いの!?」
手渡した剣を持ったエルが、予想外の重さによろめく。そのまま地面に倒れないように抱き留めた。
今の状況だと、エルは男との接触を嫌がるから、すぐに離れないとな。彼女の男嫌いは根深いトラウマになってるし、わざわざトラウマを味あわせて悦に浸る趣味は俺にはない。
抱き留めたエルが体勢を整えると、俺は何も言わずに離れて、自分の手にした剣を振り上げ素振りを始める。
「あ、あの――」
「素振りは200回ほどだ。ちゃんと、一太刀ごと全力で敵を斬るつもりでやるんだ」
重い剣を振り下ろし、空気を切り裂く音をさせると、胸の前でピタリと止める。
俺は霊機の操縦技術には自信があったが、生身の戦闘術に関してはド素人だった。なので、剣士として優秀な腕を持つ執事のローマンに師事し、剣の指導を仰いでいた。
まだまだ身体づくりの段階であり、未熟な腕だが、いちおう筋はいいと褒められている。
師匠のローマンいわく、剣技を極めれば、漫画やアニメみたいに剣で固い岩を断ち切れるようになると言われている。言われた当初は、眉唾だと思ったが、実際にローマンが自らの剣技で岩を断ち切るのを見せてくれた。
機士王を目指すには、身を守ることも必要になるため、俺もその領域を目指して日々剣の鍛錬にも励んでいる。
「こんな重い剣で、そのきつい素振りの仕方なんて……。誰に教わったんです?」
「執事のローマンだ。俺の剣の師匠でもある。それとこの素振りはきついからやる意味があるんだと」
「腕、壊しませんか?」
「問題なくいつもこなしてるが?」
呆気にとられるエルを横目に、手にした剣で素振りを続ける。彼女も俺の真似をして、重い剣を振りかぶると空気を切り裂く音だけが、朝日の差し込み始めた庭に響いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、きっつい……。腕がパンパンに……」
「休憩するか?」
甲冑を着込んだままきつい素振りをしていたエルは、額から滝のような汗をかいて、濡れた銀髪が首筋に張り付いていた。
自分も最初のころはきつくてへばっていたが、最近は筋力も増してきて慣れてきた。けど、初回のエルにはちょっとハードすぎたかもしれない。体力と筋力の成長値はサポートキャラ随一のエルなので、しばらくしたら慣れてくると思うんだが……。
剣を杖代わりにしたエルが立ち上がると、休憩を拒否するように首を振った。
「いいえ、いけますよ。これくらい、どうということはありませんからっ!」
「無理は――」
「してません! 次は何を!」
「なら、打ち合いの手伝いをしてほしい。実家にいた時は、義父上の従騎士たちが相手をしてくれたが、こっちでは相手がいなくてな。剣はこっちに替えてくれ」
エルでも使いやすい、軽い鉄の剣を投げ渡す。剣を受け取った彼女の顔が険しくなった。
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