第8話 義父と義母


「義父上!?」


「立つ必要はない。そのままでいい。ルカへいい薬が手に入ったから、ただ持ってきただけだ。薬師によると、この薬は精霊力を回復させる効果が高いらしい。最近は体調が良いらしいと聞いておるので、必要はないかもしれんがな」



 ブロンギが手にしている薬は、精霊力を回復させる飲み薬だ。作るのに高価な素材を大量に使う薬で金がバカ高いやつ。精霊力の回復効果は絶大なんだが――。それは精霊力を持ってる者だけにしか効果を発揮しない。つまり、精霊力を持たないルカには効果が出ない薬であるが――。



『先天性の精霊力欠乏症のルカに近づくと穢れる』と言い続けていた迷信深いあのブロンギが、効果がないとはいえバカ高い薬を持って部屋に来ているのがビックリだった。



「義父様……。お薬ありがとうございます。本当に私のせいで迷惑をかけてます」


「こっちこそ、幼いお前をこのような薄暗い別宅に押し込めてすまん。薬師の話では、精霊力のないルカに人を近づけるのは命の危険が増すと言われておってな。命を守るための隔離だったのだ。だが、ルシェが言った『精霊力の強い者の近くに居た方が病状が安定する』という言葉が、最近のルカの様子からして当たっているように思えてな。わしも考えを改めることにした」



 今の言い方だと、ブロンギはルカを嫌っていたというわけじゃなく、守ろうとしていたように聞こえたが――。もしかして、俺を妹に会わせなかったのは、穢れさせないためでなく、ルカに病気をうつさせないためだったのか?



 俺は浮かんだ疑問をブロンギにぶつけてみた。



「義父上、もしかして俺がルカに会うことをやめさせてたのは――」


「大事なルカが、お前から病気をうつされないか心配して面会させないようにしていたのだ。ただ、お前はわしの言うことをいっさい聞かなかったがな。お前が会いに行ったと聞くたび、ルカが病気にならぬかヒヤヒヤしておったのだぞ!」


「義父上……」


「お前たち二人は、妹と義理の弟が残してくれたわしの大事な宝だ。それに義理とはいえ父親であるのだから子の命を守ることや、未来のことに心を砕くのは当たり前だ」



 いかつい人相とあの短気さからは想像できないくらい、めちゃくちゃいい人じゃねーか……。ただの意地悪な義父かと思っていたが、どうやら違うらしい。



 たしかにルカは暗くて小さな別宅に隔離こそされてるものの、ぼろいあばら家ではなく、清掃が行き届いた綺麗な部屋に暮らしているし、生活に不自由がないよう身の回りの世話をする専属メイドを付けてもらっている。



 その他にも服は綺麗に洗濯がされ、身体に負担のかからない質のいいものが用意されているし、視力の悪いルカのため床はふかふかの絨毯が敷き詰められ、転倒しても怪我をしないよう配慮されていた。



 よくよく考えてみれば、ルカの病気に配慮した環境作りがされてるし、本当に嫌ってたらこんなことまでしないだろうな。



「義父上の気持ちも知らず、無礼を続けたことを申し訳なく思います」


「謝る必要はない。わしもルシェのことを見くびっておったからな。ルカの件でお前を子供扱いしすぎたことは許せ」


「許すも何も……。妹ルカのため数々の配慮をしてもらいありがとうございます」


「さっきも言ったが親として当然のことをしているまでだ。感謝などいらぬ。もちろん、ルカも遠慮はいらぬ。わしにできることは何でもしてやるから、病気の治療に専念せよ」


「義父様……。ありがとうございます」



 義父の優しさを知ったルカの眼からも、涙が溢れて零れ落ちていた。妹の涙に釣られて俺の眼から涙が溢れる。しばらくの間、涙が溢れて止まらなかった。



 元の世界の親父には、ひとり親だったのに妹の療養費とか俺の学費とかで随分と負担をかけ、配信者としてそれなりに稼げるようになった頃には、他界してしまい親孝行ができなかったことを思い出した。



 そう言えば親父もブロンギみたいに口下手で優しかったな……。怒りっぽくはなかったが。



「旦那様! このような場所に当主が足を運ぶ必要はありません! 先ほども申し上げましたが、薬を届けるくらいなら、使いの者をやれば事足りるでしょう!」



 義父の優しさを知り泣いていると、扉の奥から聞き覚えのある声がした。



 あのキンキンと頭に響く声は、義母のパトラだな。



「パトラ、久しぶりに顔を見せたと思えば、朝から騒ぐでない。これは、わしが好きでやっておるのだから、そなたが口を出すな」


「いいえ、お家のことに関わる話です。妻であるわたくしが口を挟むべき問題です!」



 ルシェの記憶から、金髪碧眼のいかにも貴族然とした吊り目の美魔女だが、中身はわがまま自己中女で、義母パトラとは義父以上に折り合いが悪いことを思い出した。本宅では挨拶もせず、顔も合わせない間柄で、屋敷に来てから母らしいことをしてもらったことはいっさいなかった。



 義母パトラとの折り合いが悪い理由は、俺とルカがブロンギの養子だからだ。



 パトラとブロンギの間には結婚して10年以上になるが、未だに子供がいない。



 一方、俺たちはブロンギの実妹の子で血筋的には甥と姪であるが、今は養子として迎え入れられており、どちらかが機士として認められれば、ブロンギの後継者になる可能性が高い。そうなると、子を為せなかったパトラの扱いはドワイド家の中で悪くなると思っているのだろう。



 しかも、先ごろの模擬戦で俺が機士としての高い適性を見せたことと『対話の儀』が近いこともあり、パトラの危機感は急激に高まったと思われる。



 たしかルシェには、大襲来開戦初期で義父が戦死したら、義母からドワイド家から追放されるイベントがあったな。『対話の儀』を済ませていないパトラの子が、義父の遺言書で当主の座を継ぐという異例な相続とかだった気がする。実家から身一つで放り出されたルシェが、主人公の領地に来て再会し、臣下として加わるやつだった。



 今のパトラの様子を見てると、そんなフラグが立ちそうな匂いがしてる。パトラの子供が生まれてて、ブロンギが死んだら追放ルートまっしぐらだろうなぁ。大襲来の開戦でどこが襲われるかは完全にランダムパターンだったし、ルカの静養に適したドワイド家を追放されても何とか生活できるよう立ち回る必要はあるかもしれない。



 そんなことを考えながらも、叫び続ける義母にうやうやしく頭を下げる。



「義母上、ご機嫌麗しゅう――」


「ルシェ、黙りなさい! 貴方の素行の悪さは、ドワイド家に泥を塗っておるのですよ! 少しは機族として自覚を持ち、慎みというものを覚えなさい!」


「パトラ、ルシェに関してはわしが全部責任を取ると申してあるだろう。そなたが口を出すことではない」


「旦那様が甘やかしているのですから、わたくしがルシェにきつく当たらねばならぬのです! 将来、ドワイド家を継ぐ者が無作法者となれば、わたくしが笑われるのですから!」



 ヒステリーっぽくキンキンと響く声に頭痛を感じ始める。様子を見守っているルカも不安そうな顔をしていた。



 あんまりルカに見せるもんでもないな。ここは早々にこの別宅からパトラを引き離すことにしよう。



 俺は不安そうに見守っているルカの頭を軽く撫でて安心させると、扉の前で口論する義父母の前に進み出た。



「義父上、これよりドワイド家の後継者として義母上の期待に応えられるよう、剣の鍛錬をしたいのですが、お時間を頂けますでしょうか?」


「ん? 剣の鍛錬か。ああ、よかろう。わし自らが相手をしてやる。すぐに用意いたせ」


「旦那様! そのようなことは従機士にさせるべきこと! ルシェやルカのことをもう一度わたくしと話し合いましょう! 旦那様! 聞いておられますか!」



 俺とブロンギは、パトラの言葉を無視するようにルカの部屋から出ると、屋敷の中に併設されている道場へ向かった。その後、パトラの小言を聞き流しながら、ブロンギにたっぷりと剣の鍛錬をしてもらい汗を流すことになった。

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