第5話 模擬戦闘



「準備に時間がかかったようだが?」



 周囲の様子を映しているモニターの端に、観覧台にいたブロンギからの通信が表示される。表情はとても苛立っている様子だった。



「起動手順を思い出しておりました。何事も基本が大事。ですよね?」


「たしかにそう教えたな。まぁ、いい。今日も模擬戦闘訓練を実施するぞ。相手は機士ではないが長く従霊機じゅうれいきの操縦者を務めておる者だ」


「承知しました。相手に不足はないです」


「口だけは一人前――」



 面倒臭そうな話が続きそうだったので、こちらから通信を切った。訓練相手のザガルバンドが、キレた義父の指示を受けたらしく、ゆっくりと動き出してこちらに迫ってくる。



 遅い……。遅すぎる。そんな動きじゃ、魔物討伐すらおぼつかないぞ。



 相手から繰り出された脅威をまったく感じないパンチを軽くかわし、腕を絡めとると、足払いをして地面に転倒させた。



「義父上、物足りませんよ。これくらいの従霊機じゅうれいきであれば、4~5機くらい相手にしないと訓練になりません」



 観覧台で見ていた義父に向け、俺が外部拡声器で話しかけると、怒りのボルテージが一段と上がった様子が見えた。



 怒らせるつもりは微塵もないが、かといって実力を低く評価されても今後に影響する。なので、この訓練はとことん俺の実力を見せつけておくつもりだ。



 転倒したザガルバンドが立ち上がると、追加で2機のザガルバンドが戦いに加わった。合計3機だが、操縦者が機士ではないので、脅威を感じるほどのものではない。



 ザガルバンド型の弱点は、精霊融合反応炉を小型化できなかったことによる胸部装甲の薄さ。胸部に強い衝撃を受けると、装甲の薄さから機士席にもダメージが行く。なので、物理攻撃最弱のパンチであっても操縦者が気絶するくらいの衝撃が起きるはずだ。



 フットペダルを踏み込み、機動性に全振りした機体の動きを加速させる。加速のGが身体にかかった。



 加速のGがすげえ! これがリアルで霊機を操縦するってことかよ! VRコクピットじゃ感じられなかった感覚だ!



 のっそりと繰り出されるパンチを躱し、素早く相手のふところに潜り込むと、弱点である機士席をねらい素早いパンチを繰り出し痛打を浴びせる。胸部装甲が凹んだザガルバンドが膝から崩れ落ちて倒れた。



 ワンダウン! 見えてないと思ってるんだろうがバレバレ! 次はそっちだ! 弱点ががら空きなんだよっ!



 抱き着いて拘束しようと近づいていた機体の胸部に回し蹴りを放つ。かかとが胸部装甲を捉え、凹ませていた。



 ツーダウン! 仲間がやられてるのに判断が遅いっての!



 あっと言う間に俺が2機を戦闘不能にしたことで、残る1機がどう戦うべきかまごついていた。まごついている間に、一気に近づき、胸部装甲を拳を打ち抜くと、そのまま地面に倒れ込んでいった。



 スリーダウン! ミッションコンプリート!



「義父上、まだまだ物足りません! あと何機増やしますか?」



 観覧台の義父に向かってさらに挑発する。義父が周囲に居た部下たちに怒鳴り散らす様子が見えた。



 しばらく操練場で待っていると、格納庫からさっきよりも格段に動きのいいザガルバンドが5機ほど出てきた。



 あの動きの良さ……。操縦者は機士だ。義父の従機士たちが搭乗してる機体ってことだよな。相手にとって不足なし!



 機体が揃うのを待ち、改めて戦闘開始を告げるよう相手を手招きして挑発する。



 だが、相手の機体はこちらの様子を窺うだけで動く気配を見せなかった。



 さすがに機士ともなると、簡単には挑発されないってか。こっちの攻撃を待ってるっぽい。だったら――。



 相手を翻弄するため、機体を加速させる。ザガルバンドの中で世界最速に設定してある機体は、グングンと相手との距離を詰めた。こちらの機体を捉えようと続々とパンチが繰り出される。



 アームスティックとフットペダルを繊細に動かし、ショートカットコマンドを駆使して、先ほどより格段に精度を増した敵の攻撃を次々に回避する。



 くうぅ! さすがにGで身体がきついぜ! 集中しろ、俺!



 こちらの動きに翻弄された1機に狙いを絞り、機体を屈み込ませると飛び膝蹴りを胸部装甲にお見舞いする。膝頭の奇襲を受けた機体は胸部装甲を凹ませると吹き飛んでいった。



「機士殿たち、油断は禁物。武器は拳や蹴りだけじゃないんで」



 仲間が飛び膝蹴りで吹き飛んだことで、こちらの奇襲に警戒した機士たちが即座に距離を取る。



 こっちの奇襲を警戒し、機体同士の距離が空いたことで連携攻撃もできないはず。各個撃破してやる!



 左端を占めていた機体に狙いを絞ると、近接攻撃の届く範囲に機体を素早く移動させ、胸部装甲を狙って拳を打ち出す。攻撃は相手の機士によって捌かれた。



 さすがに一撃ではやらせてくれないか! なら、手数で押す!



 相手がこちらの攻撃を捌けないほどのパンチを繰り出し、ガードをこじ開ける。そして、こじ開けたガードの先にあった胸部装甲を拳で打ち抜いた。



「仲間を見殺しですか?」



 俺の言葉に殺気立った機士たちが、人間の視野の死角に近い場所に立ち、即座に取り囲んでくる。



 さすが対人模擬戦の仕方を知ってる機士様だ。人の弱点をよく知ってる。けど、俺は――。



 背後の死角から2機が迫ってくるのを察知した俺は、前方から突撃してきた機体の腕を取り、そのまま勢いを殺さずに背後に向かって投げた。投げられた機体は背後から迫っていた2機とぶつかり全員が戦闘不能状態となって終わった。



「義父上、今日の訓練はまだありますか?」



 俺の言葉を聞いた観覧台のブロンギが、『機体から降りてこい』とジェスチャーをしていた。



 どうやら今日の訓練はこれで終わりらしい。実機での操縦感覚を経験できたし、これからの課題も見つかった実りあるいい訓練だったと思う。



 訓練を終え、観覧台に向かうと、ブロンギからの俺の評価は激変していた。まだ、『対話の儀』を終えていないとはいえ、12歳の俺が歴戦の機士たち相手に操縦技術で圧倒し、完勝したというのが衝撃だったらしい。



 機士としての実力の一端を俺が示したことで、実妹であるルカと自由に面会をする権利を得たのはよかったが――。同時に重要な課題が見つかった。俺の操縦技術と、ルシェの精霊適性で霊機の戦いは万全かと思われたが、身体的負担の部分に不安があることが判明した。



 VRコクピットはリアルではあったものの、加速Gの再現性までは持ち合わせていなかった。実機での操縦は、その加速Gで身体に相当な負担がかかることが模擬戦をした翌日に判明したのだ。



 ベッドから目覚めようとしたら、極度の筋肉痛でのたうちまわったのは、ローマンだけが知ってる秘密にしてある。



 でもこの問題の解決は簡単だ。身体を鍛えることに多くの時間をかければ解決できる問題だからだ。まだ12歳の俺が持続的に取り組めば必ず解決できると思うので、妹のためにも自分のためにも、肉体の鍛錬を怠るつもりはない。

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