第3話 死神の見識

(1)――「オレは、自分の霊力の高さには自信がある、とも言ったはずだぜ?」

 旧校舎音楽室の一件から二週間が経ち、衣替え移行期間が始まったことで、校内で夏服の生徒を見かけることが多くなってきた。

 それ以外の変化といえば、俺がほぼ毎日、遅くとも放課後には意識が浮上するようになったということだろうか。

 仕組みは全くわからないが、この間のように、気がついたら一週間も経っていたというのは、ただただ恐怖しかない。今日がアサカゲさんたちと会える最後の日になるかもしれないと怯えながら一日を終える可能性が低くなるのではれば、俺としては喜ばしいことこの上ない。

 アサカゲさんもしばらくそんな俺の様子見をしていたようだが、流石に二週間も安定して姿を現していたことで、一安心したらしい。

「こっちもちょうど準備ができたし、今日から本格的にオレの手伝いをしてもらうぜ」

 早速夏服に衣替えをしているアサカゲさんは、いつものように放課後いの一番に俺を発見すると、挨拶もそこそこにそう言った。

 この二週間、俺とアサカゲさんは、時間を見つけては、第一特別教室棟にある第一書庫へ赴いていた。そこで俺は卒業アルバムに載っている生徒の顔写真一覧から、見覚えのある人物や、生前の俺自身が写っていないかを探し。アサカゲさんはその横で、ハギノモリ先生から貰った護符に、なにやら手を加えていた。……まあ、俺のほうは見事に空振りに終わったわけだが。アサカゲさんのほうは、着実に成果物を仕上げていた。

「そういえば準備って、あれ、なにやってたの?」

「結界の補強素材だよ」

 アサカゲさんは護符を一枚取り出して、言う。

「最初は、オレが校内を歩き回っていれば良いと思ってたんだけどよ。実際に学校内を歩き回ってみると、現実的じゃなくてさ。結界に自分の霊力を流しておくと異常を検知しやすいからお勧めだって、萩森先生からも言われたし。せっかくだから補強もしとこうと思ってな」

「それができるんなら確かに効率的だろうけど、アサカゲさん、結界張るの苦手って言ってなかった?」

 俺は音楽室の一件を思い出しながら、そう指摘した。

 しかしアサカゲさんは、はん、と鼻で笑う。

「オレは、自分の霊力の高さには自信がある、とも言ったはずだぜ? 今回も、萩森先生が作った土台を元に、オレの霊力で補強していくわけだから、むしろ得意分野だね」

「ああ、なんだっけ、『レベルを上げて物理で殴る』ってやつ?」

 音楽室に結界を張ったとき、確かユウキさんがそんな風に表現していた。多少の些事は力量で黙らせるパワープレイだが、誰にでもできることではないのだろうし、そういう意味では確かに、得意分野足り得るのだろう。

 アサカゲさんはオレの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、うるせえ、なんて言う。

「ともあれ、これが校内全体に展開できれば、心霊現象に対処しやすくなるし、校内の空気も多少はマシになるだろうよ」

 マシになる。

 それは、以前先生が言っていた、除湿剤としての役割のことを指しているのだろう。

「それじゃあ俺は、例によって道案内役ってことで良いのかな」

「良くわかってんじゃねえか。頼りにしてるぜ、ろむ」

「うん、任しといて!」

 俺は胸をどん、と叩いて答えた。

 相変わらず、俺が学校の構造に詳しい理由は不明のままだ。しかしこの知識が役に立つのであれば、俺は素直に嬉しいと思う。

「ちなみに、だけど」

 アサカゲさんは俺をじっと覗き込むようにして言う。

「お前の生前について、なにか思い出したことはあるか?」

 卒業アルバムを、一ページ一ページ丁寧に目を通し。

 校内のどこかに、過去を思い出すきっかけはないかと探して回り。

 俺なりに、努力は続けていたのだけれど。

「残念ながら、手がかりゼロ」

 肩を竦めて、俺は言った。

「そっか」

 アサカゲさんは軽い口調で頷き、続ける。

「オレのほうでも、過去にこの学校で起きた事件やら事故やらを調べてはみてるけど、手がかりゼロだからな。まあ、長丁場になることは覚悟の上だし、気長にやっていこうぜ」

「うん。……あの、アサカゲさん」

 一抹の不安を感じた俺は、堪らず、言う。

「記憶を取り戻す手伝いをしてくれるのは、本当に有難いんだけど、その、無茶だけはしないでね?」

 学生の本分である勉強に加え、ハギノモリ先生に代わって校内巡回をしたり、結界を補強する護符を量産していたり。それを平日だけでなく、学校が休みの日まで行っているのだ。

 いくらアサカゲさんに体力があるとしても、決して無尽蔵ではない。

 学校側から求められていることだけでも大変だろうに、俺関連の調査が彼女の負担になることは避けたかった。

「無茶なんてしてねえよ」

 アサカゲさんは不敵に笑って、俺の抱く不安を否定する。

「お前のことについては、手の空いてる時間にやってる程度だから、心配すんなって」

「それなら良いけど……」

 いくら協力関係を結んでいるとはいえ、俺の為には、あまり時間を割いてほしくはなかった。

 死者が生者の時間を奪ってはいけない、というのが一番だと思うのだけれど。

 他にもなにか、失った記憶の中に、それを心苦しいと思う理由がある気がしてならなかった。

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