アリアとクロモの書店 583話

「まもなく着くのがラノベ作家の聖地クロモの街です。ここでは古本も多く出回っていますので、王都では入手しづらい名作も手に入りやすいのです」


 ビオラ様、いえビオラがあたしに、いえ私に向かって目を輝かせながら言いました。


「ラノベ、お好きなのですか?」


 寮でも文学サークルの子がいたわね。一部の生徒は盛り上がっていたけど。


「好きとか嫌いとかじゃないのです。レイシア様がラノベをもとに魔道具を開発しているのは御存知ですか? アリアお姉様」


 はい? どういうこと?


「例えばドライヤー、髪を乾かす魔道具がありますよね。あれは『魔道具師は俯いていられない!』という希少本の中にあるアイデアを参考にしたと聞いております」


 へ~、そうなんだ。


「『文字中毒者かつじジャンキーの下剋上』は巻数が多く、私も全て集められていないのです。レイシア様の愛読書で、ここから魔道具のヒントとアイデアを生み出しているそうなのです。他にも教育の広げ方や領地経営など、ラノベを通して考えていらっしゃるそうです」


「ラノベって、恋愛小説じゃないの?」


「そちらは、黒猫歌劇団で流行らせていますが、本質は未だない道具や政治システム、教育システムの思考実験ですね。軍でもラノベを解析しているチームがあるくらいです」


「軍が、ですか?」


「いまや魔道具開発においてはラノベを抜きには語れないのです。まあこれは一般には広めてはいけない情報なのですが、アリアお姉様は知っておいて下さらないといけない立場ですので。他言無用ですよ」


 なんだかとんでもない情報を伝えられた。どうしろっていうの?


「まあ、今日はこの街で一泊しますので、本屋を散策しましょう」


 門の前で馬車から降りると、執事さんとメイドさんに囲まれながら本屋まで歩いた。



 街で一番大きな本屋に着くと、店主が出迎えにきて応接室に通された。


「これはこれは、ヒラタ伯爵令嬢のビオラ様と……ええとこちらのお嬢様は?」


「私の姉になるアリア様です。養子縁組いたしますの」


 ビオラがあたしに挨拶をするように促した。


「えーと、初めまして。グレイ男爵家よりヒラタ伯爵家へ養子として籍を移しました、アリア・ヒラタです。お見知りおきを」


 このくらい猫かぶったらいいですか? ビオラお嬢様!


「は、はい! 失礼いたしました。私ここの書店の店長をしております……」


 ごめん! そんなにかしこまれるような生まれじゃないんだけど。


 ビオラが探してほしい本のリストを渡すと、店長は店員さんにすぐに持ってくるように指示を出した。


「私の知っている中で欲しい本はこちらですが、やはり本というのは情報だけでなく出会いが大切だと思いません?」


 はぁ? 何をおっしゃっているのですか?


「先程渡したリストの本がどれくらいあるのかを確認した後に、店舗の方を自由に散策したいのですがよろしいでしょうか」


「もちろんでございます。店員を付けましょう。何なりとお申し付けください」


「いいえ、むしろ店員は付けないでほしいのです。こちらから声をかけることはあるかもしれませんが、基本一介のお客として扱って欲しいのです。ゆっくりと見たいだけですので」


 そんなやり取りをしている間に、大量の本をもった店員が戻ってきた。


「現在店にある在庫では全ては揃いませんでした。こちらのリストに有無のチェックを付けておきました。ご確認ください」


 ビオラはリストを見ながらため息を吐いていた。


「やはり、魔道具師一巻は手に入りませんか」


「一巻だけは異常な高値になっておりまして、私共も手に入れるのが困難になっています」


「ドライヤー回ですものね」


「そうなのです。アクレク商会のドライヤーのモデルということで、ご夫人、お嬢様方の注目の的になりまして。また、軍や騎士団が、火を放つ兵器になるのではないか、ヒントがあるのではないかと買いあさったのも高値の原因です。現在再販予定もなく中古しかなく、出てもすぐに売れてしまうのです」


「活ジャンの三巻と七巻と十二巻も」


「はい。特に三巻は魔道具を認識する最初のエピソード、十二巻は温かいお風呂のエピソードが人気となり、やはり入手ができないのです。今では魔道具師の一巻は10万リーフでも買えない状態です」


 はぁ? 中古の本が10万リーフ? ありえない!


「もし手に入ったら取り置きしてくださいませんか? 20万リーフでも欲しいのです」


「申し訳ございません。みなさまそうおっしゃっておいでで……」


 はぁ? 20万リーフ? 金貨二枚だよ!


「分かりました。増刷されることを祈っておりますわ。まあそれでも十七巻と十八巻が一緒に手に入ったのはよかったわ」


 何を言っているんだろう。ラノベだよ。学術書じゃないのに。


「では、店舗を見せて頂きます。行きますわよアリアお姉様」

「は、はい」


 そうして二人で階段を下りた。



「まあ、クロウ様の書籍がこんなに!」


 ここ希少本のコーナーだよ。誰? クロウって。


「クロウ様はラノベの祖、ラノベの神と言われている方ですよ。世に初めてラノベという概念と作品を広めた方です。『魔道具師は俯いていられない!』や『文字中毒者かつじジャンキーの下剋上』の作者ですよ」


「へ~。すごい方ですね」


「そうです! 『魔道具師は俯いていられない!』を代表とする、物語の数々を発表しているのですが、『あれらは私の物語ではない、私は神に教えられた通り写しているだけなんだ』という謙虚なお方。そのせいか、決して増刷をしないため、人気になってからは品不足が続いているのです」


「そうなのですね」


「神が許せば増刷するのでは、と噂になっているのですが本当のところはわからないのです。高値で買った資産家が値崩れを起こさせないために圧力をかけているという噂もあるのです」


「へ、へ~」


「さすがにこの値段では私も手が出せませんが、いいものを見せて頂きました」


「はぁ」


 わからない……。価値がわからないよ~。


「では、アリアお姉様。あちらの参考書を見に参りましょう。図鑑はいくつかあった方がよいでしょうし、会話術の参考書も必要ですわね」


 希少本の部屋からラノベコーナーを通っていくと、不思議な扉が目についた。


「あそこはなんでしょうか?」


 ビオラに聞くと、困ったように首を傾げていた。


「なにか特別な本が置いてある部屋だそうですが、合言葉が必要らしいです。何度聞いても私には教えてもらえないのです。それほどの価値のある本だけが置かれた部屋があそこなのです」


 なんだろう。気になる。


「まあ、入れない所は気にせずに。今は参考書を選びましょう」


 ビオラが私のためにいくつもの本を選んでくれた。その後、ラノベコーナーでそれぞれ本を物色した。


 だけど、あの扉がきになる。


 こっそりと扉に近付き、トントントンとノックをした。

 小窓が開き、こちらを見る目が私を品定めをするように見ている。


「…………『セメ』の反対の言葉は?」


 あっ、寮で何回か聞かれた質問だ。守りっていったら馬鹿にされて、『いいのよ、知らなくて』って笑われたっけ。答えを無理やり聞き出したから知ってる。


「受け」


 目が優しくなった? また問題が出された。


「……『ネコ』の相方は」


 ネズミって言ったら爆笑されたっけ。


「タチ」


 意味は教えてもらえなかったけど、答えだけ聞いてるわ。どうだ!


「ようこそ同士よ。秘密の花園へ。腐腐腐」


 なにか笑い声が気持ち悪かったけど、ゆっくりと開いた扉の中に入って行った。


 …………………………なにこれ。


 そこには、男同士の…………うっ、これ以上は言えない!

 くらくらするほどのイラストが載った本があふれていた。


 それを楽しそうに手を取り、笑い合うお嬢様達。


「どうしました?」


 店員さんがあたしに聞いた。


「すみません。私には早すぎました」


 何を言っているんだろう。早すぎたって何?


「そう? 素質はありそうだから軽いのから始めてはどう? これは、文章だけで絡みがない、泣けるやつだから。入門書としては最適だと思うわよ」


「そうですか。ではそれを」


 とにかく早く出たかった。言われるがまま、挿絵のない本を買って部屋から出ることができた。


「あ、アリアお姉様。入れたのですか。どうでした」


 興味津々に聞かないで!


「ええ。私にはまだ早いと返されました。いろいろなことを経験した後でなければ入ってはいけない部屋だったのです」


「でも合言葉は知ってたのですか? 教えてください」

「だめよ! 毎回変わるらしいから」


「そうですか?」

「そうです。ビオラにはまだまだ早いです。時が来るまで興味を持ってはだめです」


 時が満ちてもだめです!

 あたしは手に入れた本を思わず隠してビオラに言い含めた。







 後日、部屋に籠ってこっそりと読んだら、


「なにこれ、男同士の友情から恋愛に変わる心情の丁寧な書き方いい! なぜ女性じゃダメなのか悩む姿切ない! 隠れるように付き合う背徳感って最高じゃない! うわ~ 尊い!!!!」


 って感じで悶えまくったのだけど、それはまた別のお話。

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