第5話 少年と裸の付き合い


 メノと感動的な再会を果たしたフィルは、しばらくの間彼女に好き勝手されていた。


「お兄ちゃんだ……お兄ちゃんの匂いだぁっ! ばぶぅっ!」

「よ、よしよし……メノ、僕はどこにも行かないから、そろそろ離して欲し――」

「お兄ちゃんっ! はぁっ、はぁっ、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんっ! すううぅぅぅぅっ!」

「め、メノ……聞いてる?」


 ちなみに二人の背後――錬金室の入り口には様子を見に来たベルーダとライカが立っている。


「なんか……犯罪的な絵面だな……」

「しっ! 失礼だよベルーダ! 兄妹愛ってやつなんだからさー」

「分かってるけど、ちょっと……」

「まー、うん……外でやったらメノが衛兵さんに捕まっちゃうかもしれないけどー……」


 自分より遥かに年下の少年を「お兄ちゃん」と呼んで甘える成人女性の姿は、事情を全て知っている二人にとっても異様な光景に見えた。


 普段は落ち着いた理知的な振る舞いをしている分、余計に。


「お兄ちゃん大好きっ!」

「僕も……メノのこと大好きだよ」

「じゃあ! 結婚しよっ! 今すぐっ!」

「あはは……メノは大きくなっても変わらないね」


 しかし、フィルの方は徐々に適応しつつあるらしい。


「これ、やっぱり何かしらの犯罪なんじゃないか?」


 腰の剣に手をかけながら、小さな声で呟くベルーダ。彼女は本能でメノのことを危険な存在であると認識しつつあった。


「……と、とにかく! お兄ちゃんが帰って来たお祝いをしないとっ! ベルーダとライカも手伝って!」


 一通りフィルのことを堪能し元気を取り戻したメノは、殺気を感じたのでひとまず大好きなお兄ちゃんから手を引くことにしたようだ。


 彼女は被っていたとんがり帽子を脱いだ後、それをフィルの方に差し出して言った。


「これ、お兄ちゃんに返すね。……やっぱり、魔力の少ない私じゃなくてお兄ちゃんが被るべきだと思うから」

「う、うん。ありがとう、メノ」


 愛用していたとんがり帽子とも十年ぶりの再会ということになるが、あまり帽子が古くなった感じはしなかった。


「……綺麗に使ってたんだね」

「えへへ……うん! お兄ちゃんの……形見だったから」


 おそらくよほど大切にしていたのだろう。


 微笑みながら帽子を見つめるメノは、どこか寂しそうだった。


「――やっぱり、これはメノが持ってて」

「え……?」

「元々、師匠が僕たちにってくれた物だし……メノの方が大切に使えると思うから」

「お兄ちゃん……っ! ありがとうっ!」

「うぐっ!」


 帽子をメノに譲ったフィルは、再び胸の中に埋もれることになるのだった。


「お兄ちゃんの好きなもの、いっぱい作ってあげるっ!」

「フィルは十年間も何も食べてなかったんだから、きっとすごくお腹が空いてるよねー!」

「夕食の準備はアタシ達でしておくから、その間に風呂でも入っておくといい。一階の奥に浴場がある」

「わ、分かったよ。……みんなありがとう」


 かくして、十年ぶりに蘇ったフィルの波乱に満ちた生活が始まったのであった。


 *


「ふぅ……」


 お風呂場でようやく一人になれたフィルは、体を流して湯船に浸かり、深々とため息をつく。


「ぜんぜん、理解が追いついてないな……」


 そして、ぽつりと独り言を呟くのだった。


 つい昨日まで肩を並べて冒険していたはずの仲間たちが、二人とも自分より遥かに強いSランク冒険者になってしまった。


 そもそも自分と同じ男の子だと思っていたのに、揃いも揃ってお姉さんに成長していて意味が分からない。


 おまけに、自分より小さかったはずの妹まで随分と大きくなってしまった。


 もはやフィルは、妹のためにお金を稼ぐ必要もないし、仲間と一流の冒険者を目指すこともできないのだ。


「僕……これからどうすればいいんだろう……」


 自分一人だけ置いていかれてしまったような気持ちになり、じっと湯面ゆおもてに写った顔を見つめるフィル。


「これから……何をすれば……」


 疲れがたまっていたのか、そうやって考え込んでいるうちにゆっくりとまぶたが落ちていくのだった。


 *


「おい、起きろよフィル」

「え……?」


 肩を揺すられ目を開けると、そこは見覚えのある宿屋の廊下だった。


「まったく……なにいきなり寝てんだよ」

「寝不足は良くないよー?」


 目の前には、よく知っている――少年の姿をしたベルーダとライカが立っている。


「ベルーダ……! ライカ……!」

「あ? なんだよ、いきなり人の名前なんか呼んで」

「まだ寝ぼけてるのかなー?」


 見慣れた仲間たちの姿を前にして、胸が一杯になるフィル。


「ベルーダっ! ライカぁっ!」 

「うわっ!」

「おー?」


 我慢できなくなり、思わず二人に抱き着いた。


 頬っぺたが顔に当たり、柔らかい感触に包まれる。


「良かった……本当に、良かったっ! うぅぅぅっ!」

「おいおい、コイツはどうしちまったんだ?」

「うーん。怖い夢でも見たんじゃないかなー?」


 いきなり涙を流して抱き着くフィルに困惑している様子のベルーダとライカ。


「二人ともっ……男の子だよねっ?!」

「は? 何言ってんだよお前。頭打ったか?」

「そこは確認するまでもないでしょー」


 その返事を聞いたフィルは、言葉では言い表せないような感激に包まれた。


「僕と同い年のっ……友達だよねっ!?」

「いきなり変なこと聞くなよ。気持ち悪いぞ」

「そんなの、当たり前でしょー」


 いつもならここでベルーダと言い争いになるところだが、今はその口の悪さが何故か嬉しかった。


「お風呂もっ、一緒に入ってくれるよねっ?! 男同士だもんねっ?! 隠し事とかしてないよねっ?!」


 最後に、フィルは一番大切な確認をする。


「そ、そこまで入って欲しいなら……まあ別にいいけど」

「裸の付き合いってやつだよねー。ボク、憧れてたんだー」

「わぁ……!」


 望んでいた答えが返って来たので、感動のあまり目を潤ませるフィル。


「よかった……! あれは夢だったんだ……っ! 本当によかったっ」


 *


「あ、おはよーフィル。でも、お風呂場で眠るのはちょっと危ないんじゃないかなー?」

「ふぇ……?」


 気付くと、フィルは風呂場でお姉さんライカの胸に挟まれていた。もちろん、お互いに服は着ていない。


 辺りには湯気が立ち込め、ライカの胸からは水滴が滴り落ちていた。


「な、なんで……」

「裸の付き合いってやつだよー。フィル、昔はよくボクたちと一緒にお風呂入りたがってたでしょー?」

「今は隠し事もしてないから……その、お前の望みを叶えてやろうと思ってな。……ずっと心残りだったんだ」


 よく見ると、隣にはベルーダの姿もある。


「あ……!」


 その時、夢の中で感じた柔らかい頬の感触の正体が痴女二人の胸であることに気づいてしまった。


「う、あ……!」


 恥ずかしさのあまり顔が真っ赤にのぼせ上り、頭から湯気が立ち始めるフィル。

 

「う、うわあああああああっ!」


 彼の悲痛な叫びが風呂場に響き渡るのだった。


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