第52話 理由
光希の 口の中に広がる血の味。
自分がテイムしているモンスターだからといって、予告も承諾もなくいきなりこんなことをするなんてただのヤベー奴だな、と光希は思った。
しかし、現状三人……いや四人が生きて帰るにはこれが一番確率の高い方法だと思ったのだ。
光希は痛みに震えるミシェルの手をポンポンと叩き、タブレットを受け取る。
ミシェルの口角が上がっているのを見て、本当に感謝するぜ、と思った。
口にすることはできないが。
なにしろ今はなぜか喋ることができないのだ。
状況確認が先か、なんらかの動きを始めるのか先か。
ちらりと
が、それを見て光希はいける、と思った。
光希は剣の柄を握る。
鼓動の剣は固有スキルである。
ダンジョンの順応化が終わった探索者に一定確率で出現する個人独自の特異なスキル。
光希の鼓動の剣、つまり刀身ガチャもそれであるし、
音による詠唱の発声を必ず必要とする魔法とは原理が違う。
実際、
だから。
おそらく、鼓動の剣も発動する。
だが。
今はまだその時ではない。
一度出現した刀身はカプレカ数である297秒が経過するまでは消えない。
だから。
光希はまだ刀身ガチャを引かない。
敵の正体を見極めてからだ。
ミシェルが二本のレイピアを抜いて構えている、光希が噛みついた左肩にはあまり力が入ってないように見えた。
と、玉座の後ろから突然、巨大な炎が出現した。
シュゴオオォォォ! という音ともに、黒煙をまとった火炎が、ほとんど爆発に近い勢いで火炎放射のように光希たち三人を包み込む。
だがミシェルが跳躍し、コマのように回転しながらそのウサギ耳で炎を切り散らす。
さすが熟練のワーラビットの技だった。
「はははは! やるねえ、ウサギのくせに! でもどうですかねえ、その状態でいつまで戦えるのかな?」
聞き覚えのある声とともに現れたのは、見覚えのない女だった。
長身でほっそりした二十代くらいの女だった。
嘘みたいな完璧なプロポーションをしている、マイクロビキニの青髪の女。
片手には豪華な宝石が散りばめられた杖を持っている。
見た目は違うが、声はヴェレンディそのものだった。
とすると、あの杖が
「あははは! いっとくけど、これは輪魂の法ではないですよぉ! 言うなれば……分魂の法さ。私という魂はいくつにも分裂させ、それぞれ気に入った身体に入れてある……すべてが私だ」
その言葉と同時に、並んでいた棺のフタが開く。
そして、30体ほどの女がそこからでてくる。
見た目で言えば十代の少女から100歳を超えているかと思うほどの老婆までさまざまだ。
「魂を分割させ、ダンジョン内で捕らえた人間を入れ物にした……。もともとの身体に比べれば未熟な奴らだからそれなりの強さだがね。もちろん、〝私達〟だけじゃないよ……おいで!」
ヴェレンディの声とともに、棺が並べてあるさらに奥の闇から、多量の死体がのそのそとやってくる。
ドラゴン、巨人、ワイバーン、オクトパス、ケルベロス、ガーゴイル……それぞれ単体でも人間が倒すのはほぼ不可能なレベルの強大なモンスターたち。
しかしそのすべてに瞳の輝きはない。
全部、死体なのだ。
さらに。
そのモンスターのゾンビたちの巨体のあいだを人間のゾンビがぞろぞろと歩いてくる。
まるで戦車を守る随伴歩兵である。
「さあて、結局はね、戦いなんてもんは数の暴力なんですよねー。…………言っておくが。すぐには殺さない。死は救済さ、そんな生易しいことは許さないですよ―?」
よく喋るやつだ。
完全に自分の勝利を確信しているのだろう。
だが光希たちにもまだ奥の手があった。
それさえ発動させられれば勝ちの目はある。
とはいえ厄介なのは今現在受けているこの発声封じだ。
事実上、すべての魔法を封じられている。
特に、
それがないと切り札を切れない。
と、そこに機械音声が聞こえてきた。
:音速の閃光☆ミ〈これは無声の魔法なのだ。射程範囲は半径十メートル。ターゲットにされたのは光希。光希を中心にして十メートルの範囲で声を封じられているのだ。最強美少女魔術師の凛音ちゃんにはお見通しなのだ〉
「ははは、その通り! 最終破壊魔法はやっかいですからねー。ま、それさえ防げれば良いのですー。お前らには到底使えない恒久魔法。そこの男は私が存在している限り、二度と魔法の詠唱ができない。つまり、二度と最終破壊魔法は使えない。ちなみに会話もできないですよー? ふふふ、敵を完封してからいたぶるのは楽しいですねー。さ、じゃあ拷問の時間ですよー?」
光希はタブレットを床に置いた。
そしてそのまま手と膝をつき、頭を下げた。
いわゆる、土下座だ。
すがるような表情をつくり、ヴェレンディに対して頭を下げる。
「命乞い……ではないな、拷問がいやなのか?」
光希は
「ははは、そうはいかないですねー! さんざんお前の前であの子どもを拷問してやりますよー?」
光希の意図を察したのか、凛音が喋る。
:音速の閃光☆ミ〈でもちょっと待つのだ。わかったのだ。負けを認めるのだ。せめて即死させてほしいのだ。拷問はやめてほしいのだ。というかそこの端っこの死体、めっちゃ美人だけどヴェレンディ様はどう思うのだ? まあ言ってしまえば私の死体なんだけど。せめてあのかわいい死体だけは大事にしてほしいのだ。世界の秘宝ともいえるほどの美貌なのだ。ヴェレンディ様もそう思うのだ?」
ヴェレンディがちらりと死体を見る。
そこにいるのは、いまだ生きているときと変わらない姿をした凛音の死体。
その隙を狙って光希はタブレットのメモ帳をひらき、文字をフリック入力する。
:音速の閃光☆ミ〈絶世の美女なのだ。どうか、あの身体だけは傷つけないでほしいのだ〉
「ふふふ、そうか、あの死体の魂か、お前は。だがあの死体を使ってそこのガキを拷問してやるよ、きっと楽しいでしょーねー!?」
その頃にはメモ帳に文字を打ち終わり、光希はそれを隣にいた
直後、
そして光希は逆にヴェレンディに向かって走り出す。
同時にミシェルも動いた。
「コソコソやってるのはわかっていたけど、見逃してやってたのさあ! お前らが万全だとしても私達の全力にはかなわない! 最終破壊魔法さえなければ私は絶対に負けない! では行くぞ! まずはウサギ! 最高の恐怖を味わわせてやる!
ヴェレンディが杖を振る。
すると、ヴェレンディにまっすぐ跳躍していたミシェルの姿が――そこからかき消えた。
いや、消えたのではない。テレポートさせられたのだ。
それも、すぐそこの壁の中に。
半身だけ。
「……!? …………! ………………!」
ミシェルが声にならない声を上げている。
頑丈な作りの壁、そこにミシェルは身体の正中線を中心にしてピッタリ右半身だけ壁に埋め込まれた状態になったのだ。
そして、ミシェルの身体の半分だけをかたどった石材――壁の素材だ――が、ミシェルがいた地点に出現して床に落ちた。
「あははは! どうだ、これこそがツバキをも殺した
半分身体を壁に埋め込まれたまま左手に持ったレイピアをブンブンと振り回すミシェル。
右半身は壁の中だ、怒りに満ちた赤い瞳をギョロギョロさせている。
「あははは! 面白いな、そのまま御主人様が恋人の死体から拷問されるサマをみているがよい。さて、行くぞ、我が闇の魂たちよ、我の声に共鳴せよ、獅子となり……」
本当に助かった、と光希は思った。
ヴェレンディは最終破壊魔法を封じたことで完全に勝ちを確信し、そして獲物で遊ぶモードに入ってくれた。
獲物を殺すのに無感情に淡々と狩りをこなすタイプであれば、完全敗北だった。
それに。
やはり、ツバキを殺したという方法も光希の予想どおりだった。
解呪されたはずなのにすぐに復活したツバキの魂の存在もこれで説明ができる。
「ははは! さあ、〝私たち〟と我がかわいい死体どもを前に、どんなあがきをみせてくれるんだ?」
光希はミシェルが埋め込まれている壁まで進み、そして、鼓動の剣を発動させた。
「
心の中で叫ぶ。
先程、ミシェルを噛んだ。
その血肉が光希に幸運を運んでくれるだろう。
柄が光り輝く。
全身がしびれる。
さあこい、今俺が一番必要としている刀身!
口の中にミシェルの血の味が残っている。
今こそ、あの刀身を引くときだ。
これこそが、元魔女、ツバキが光希に助力をしようと思った理由。
それだけで、数百年生きたモンスターであるツバキが、
魔法契約書まで交わして協力してくれるか?
ツバキが死にかけの
光希と二度目の戦闘をしたあと、再び光希の前に現れたツバキは妙に友好的だった。
そもそも、解呪されたばかりで存在が薄くなったツバキがまた光希たちの前にでてくる理由がない。
それも、
違う。
違うのだ。
あいつは嘘をついていた。
光希にも、
死んだ?
殺された?
誰が、どうやって?
壁の中にテレポートさせられた?
だが死体は自分で処理をした、とツバキは言っていた。
つまりヴェレンディはツバキの死体を確認していない。
握った柄から、ズズズ、と青く光る刀身が生成されていく。
こいつを引くのは、この探索で三回目だった。
そして、これこそが求めていた刀身だった。
あらゆる無機物を溶かす刀身。
メルティングソード。
よし、そうだ、これだ。これがほしかったんだ。
勝った、と光希は思った。
メルティングソードを壁に叩きつける。
その効果で壁はどろどろと粘液状の液体となって溶け落ちる。
「ああ? なにしてるんだ、ウサギを助けるのか、だがそんな武器では私を殺せは……」
ミシェルが壁から開放されて床に降り立つ。
泥のように変化して溶け続ける壁、そしてその奥に……。
埋め込まれていた。
『ヴェレンディを倒すためのアイテム』とツバキが呼んでいたものが。
それは、少女の石像だった。
いかにも魔女っぽい、とんがり帽子をかぶった派手なワンピースの少女の石像。
だが、本当に石像であれば無機物をすべて溶かすメルティングソードの力で溶けたはずである。
そうはなっていない。
これは有機物。
それも、凍結と石化の魔法――ツバキオリジナルの凍結石化魔法によって氷像化させた、ツバキ自身の身体。
ツバキは壁の中での窒息死を避けるため、自らの身体を凍結石化し、保存したのだ。
だが。
凍結石化の魔法は二つの魔法術式が複雑に絡み合い、解除することなどできない――。
そして凍結石化の魔法をかけられた肉体はもろく、崩れやすい。
ただ壁を掘り進んだだけでは安全に氷像だけを掘りだすことは難しい。鉄球で壁をぶちこわすなど論外だ。
霊体となったツバキに、自分の身体を掘り出すことなどできない。
できないはずだが。
その方法を探しだすため、ツバキは霊体となって――つまり、幽霊ではなく生霊として――35年間ダンジョンの中を
そして、見つけた。
壁の中から自分の身体だけを安全に取り出せる方法をもつ男を。
さらに。
二つの魔法を複雑に絡み合わせたまま同時に唱えることができる天才を。
見つけたのだ。
氷像となったツバキをミシェルがやさしく抱きとめる。
少しの力でも崩れてしまうほど繊細な石像である、注意深く取り扱ってくれよ、と光希は思った。
高レベルモンスターであるミシェルは怪力だ。
ミシェルはツバキを抱えたまま、その場で回転する。
円盤投げやハンマー投げの要領である。
おいおい、そんなに乱暴に取り扱うなよ、と光希はヒヤッとする。
そして、光希のかわいいワーラビットは
メモ帳に書かれていた通りの行動だ。
一つの魂を持つ人間が、二つの口を同時に使って二つの魔法を複雑に絡み合わせて一つの魔法として放出する。
「悪しき夢の時間は終わった。目覚めよ、眠れる石よ。束縛された肉体に血が巡るときがきた。脈動よ動け、筋肉よ働け。朝がきたぞ、朝がきたぞ、朝がきたぞ」
「天つ神、地つ神、八百万の神々。かしこみかしこみももうす。おおみかみの姿見ゆ。天に上りて我らを照らされる。雪解け。凍える川は長るる。ありがたき」
そして、
「
「
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