第25話 祝言亭八咫烏ワデア その3

 しばらくの間、ぎゅ~っときつく抱きつかれて。

 ようやく僕は解放された。


 そのあと。

 さらに詳しい話を聞くため、天条院てんじょういんさんをテーブルへと案内する。


 紫月しづきは紅茶を淹れるためにキッチンへ。


「天条院さん、ひとつ質問よろしいでしょうか?」


「もちろんですわ」


「お会いした時からずっと気になってたんですけど。どうしてうちの場所がわかったんですか?」


「その前に優太さま。わたくしの名は陽子ようこと。どうぞ下の名前でお呼びになってくださいませ♪」


「え。ですけど・・・先輩ですよね?」


 さっき聞いた話だと。

 天条院さんは高2みたいで。


 さすがに先輩を下の名前で呼ぶことには抵抗がある。

 それになんか恥ずかしい。


「この際なのではっきりお伝えしておきますわ。わたくし、そーゆう上下関係みたいなのはだいっきらいですの。先ほどもお伝えしましたが、優太さまは命の恩人ですわ。どんどん馴れ馴れしくしてくださってけっこうですのよ?」


 なぜか目が本気だ。

 有無を言わさぬ圧のようなものを感じるし・・・。


 うん。

 ここは大人しく従っておこう。


「そういうことでしたら・・・。陽子さん?」


「はぁい、陽子ですわ♡ よくできました♪」


 天条院さん――もとい陽子さんはとても満足そう。


 これまで会ったことないタイプの人だよね。

 その分、新鮮だった。


(やっぱり先輩だけあって、雰囲気大人っぽい)


 顔のパーツなんか整い過ぎてて。

 話してるだけで、めちゃくちゃ緊張してしまう。


 正直、目を合わせただけでドキドキだ。


 でも。

 それでいて子供っぽい無邪気さも残ってるっていうか。


 いいところのお嬢様って雰囲気なのに。

 好奇心旺盛で、元気が有り余ってるって感じ?


(まあ、東京からひとりでやって来るんだから。間違ってはないんだろうけど)




 それでさっきの質問の続きだ。

 どうして自宅の場所がわかったのか。


 答えがわかってしまえば、なんてことなくて。


 なんでも事務所の人を通じて、探索者クランから僕の個人情報を入手したみたい。


 紫月もそのことは聞かされてたっぽい。


 陽子さんは勝手なことしてごめんなさいって謝ってくれたけど。

 べつに悪用とかされたわけじゃないし。


 わざわざ自宅までお礼をしに来ていただいたんだから。

 むしろこっちが感謝しなきゃだよね。




「学校の方は大丈夫でした?」


「ええ、とくに問題ございませんわ。午前中はきちんと授業受けましたので。それにわたくし、普段はちょー真面目に取り組んでおりますのよ? ですから、先生も簡単に早退を許可してくださりましたわ。これもわたくしの日頃の行いがいいからですわね♡」


聖葉せいは女学園に通われてるみたいですよ、陽子さん」


 淹れたての紅茶をテーブルに置きながら紫月が言う。


「どうぞ。おふたりとも」


「ありがとうございますわ。それではお言葉に甘えて」


 紅茶を啜る陽子さんを横目に見ながら。

 紫月に確認してみる。


「聖葉女学園って?」


「都内のお嬢様御三家ですよ」


「それって・・・すごいんだよね?」


「ええ。日本でも有数の超進学校です」


「おほほほ~♪」


「それだけじゃないんですよ。陽子さんって、天条院グループの本家本流のご令嬢なんです」


「天条院グループって・・・。まさか、あの天条院製薬とか天条院建設とか、あの天条院グループのことっ?」


「大したことないですわ。お父さまの経営ってけっこうテキトーなんですわよ?」


「いやいやっ。すごいですって・・・」


 なんか聞き覚えのある名前だと思ったんだよね。


(まさかあの天条院グループのご令嬢だったなんて。とんでもないお嬢さまじゃん!)


 マグカップをテーブルに置きながら。

 今度は陽子さんが訊ねてきた。


「優太さまはいつもこのお時間にダンジョンへ入られてるんですの?」


「え? あぁ、そうですね」


「失礼ですが、有名になりたいからダンチューバーやられてるのかしら?」


「とくに有名になりたいってわけじゃないんです。僕がダンジョン配信するのはある理由があって」


「ある理由?」


 向かいのテーブルに視線を向けると。

 紫月はこくんと小さく頷いた。

 

「実は・・・紫月のためなんです。僕が毎回ダンジョンに潜ってるのは」


「紫月さんのためなんですの?」


「私がお兄さまにお願いしているんです」






 昔からそうだった。

 紫月はダンジョンに強い関心を持ってて。


 なんでも心の中に不思議な風景を抱えているらしく。


 その話を。

 僕は幼い頃からずっと聞かされてきた。


 その風景は、どこかのダンジョンの最下層にあるみたい。

 

 〝黒い双月そうげつの模様が描かれた巨大な祭殿〟


 それが目印って話だ。

 

 このことは自分の病気となにか関係があるって、紫月は考えてるみたい。


 だから。


 紫月が望むその風景を探すため。 

 紫月に直接その風景を見せるために。


 僕はダンチューバーとして配信を続けてるんだ。

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