第13話 陽子Side その1
その日の夜。
「皆さん。好き勝手言ってくれちゃってますわ」
大型掲示板に書かれる内容はほとんどが無益な情報だ。
が、たまには有益な情報もあったりするわけで。
エデンの名を陽子はそこで知った。
「ふぅ」
アンティークチェアにもたれかかり、息を吐いて天を仰ぐ。
総資産1兆円を誇る大企業・天条院グループ。
その本家本流の令嬢――それが陽子だった。
また、彼女はべつの顔を持つ。
大手ダンチューバー事務所・いちじよじに所属し、
チャンネル登録者数は200万人。
今をときめくアイドルダンチューバーだ。
そのプライドからか。
私室にこもっていても、陽子はオシャレを決して怠らない。
ゴシック調のドレスを身にまとい、自身を着飾っている。
深紅色のベルベットに黒いフリルのレースが繊細に施された衣服は、エレガントで幻想的な雰囲気があり、陽子のお気に入り服のひとつ。
艶やかな長い黒髪は、上品なツインの縦ロールに整え、ゴールドの髪飾りでスタイリング。
当然、メイクも抜かりはない。
濃いカラーのアイシャドウとリップで病み具合をアピール。
いわゆる地雷系メイクで。
すっぴんなら、朝ドラのヒロインにでも抜擢されそうなほどの美少女なのだが。
たとえ私室で寛いでいても陽子はメイクをばっちり決める。
これが一番自分らしくいられる姿だと、わかっているからだ。
(結局、エデンさまを特定できるような情報は見つかりませんでしたわね)
陽子が探っているのはエデンの個人情報。
もちろん、それには理由がある。
(きちんとお礼をお伝えしませんと)
昨日。
『新宿ダンジョン』に潜っていた陽子は、凶悪なエネミーに襲われた。
敵の名は、記憶域シヴァドラゴン。
浅層階ではめったにお目にかかることのない
(エデンさまが助けに現れてくださらなかったら、間違いなくわたくしは命を落としておりましたわ)
難なく記憶域シヴァドラゴンを倒したエデンは、すぐさま姿を消してしまう。
あのとき。
礼を言えなかったことを陽子は後悔していた。
今彼女を突き動かしているのは、命の恩人に感謝をちゃんと伝えたいという純粋な想いだった。
(ただ、まさかこんな騒ぎになるなんて)
そのあと。
予期せぬことが起こった。
配信終了間際にエデンの姿が少しだけ映り込んでいたらしく、彼氏なんじゃないかとネットで騒がれはじめたのだ。
アイドル売りをしているダンチューバーに男の影は厳禁。
それは陽子もよくわかっていた。
いや。
実際には理解できていなかった。
熱狂的なガチ恋信者の多いワデアストの心理を。
(たしかに・・・。ファンの皆さんには余計なご心配をかけて申し訳なく思いますわ)
どう釈明すればいいのか。
そんな風に悩んでいるうちに時間だけが過ぎていき。
本日は木曜日。
本来なら平日はダンジョン配信を行っているのだが。
思いのほか騒ぎが大きくなってしまい、配信は中止とすることに。
(ですが、今日エデンさまの配信があったなんて。惜しいことをしましたわ)
学校終わりは赤坂の事務所に立ち寄り、昨日の状況をいろいろ説明したりしてたので、配信を見る時間がなかったのだ。
ブルブル、ブルブル。
(・・・なにかしら?)
そのとき。
スマホが着信を知らせる。
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