第43話 お師匠の助言

「戻ってないじゃないか」


 と師匠。


 アリス・イン・ワンダーランドに来て、開口一番言われてしまった。


「おっしゃる通りで……」


 変わりない様子の幼い容姿の師匠に、僕は苦笑いを浮かべて返した。


 僕の斜め後ろではタレカが少しだけ緊張したように師匠を見ている。そういえば、以前僕が家に入るためにここを訪れた時には僕一人だった。となると、タレカと師匠の対面は、初対面時以来になるわけか。


「全く。これでワタシの弟子を名乗ってるのだから、困りものだな」


「色々やっても戻れなくて」


「そうみたいだが、だからって、高校生が来るようなところじゃないんだよ。いかにも、な雰囲気は鈍感なメイトでもわかるだろうに」


「いかがわしいのはわかりますけど、師匠のことは信頼してるんですよ。僕の件だってありましたからね。頼れる大人だと思っているんです」


「そ、そうか」


 急に机に置かれた水晶玉をのぞき込むと、師匠はうーんとうなった。


 師匠は普段、大人を相手にしてるのだろう。机は大人サイズなので、肉体が子どもサイズの師匠は、足をぶらぶらさせながら何やらぶつぶつ呟き出した。


「全く、世話の焼ける」


 そこで師匠は、ぴょんと椅子から飛び降りると、僕のところまでちょこちょこ歩いてきて、いきなり腹をついてきた。


「痛い!」


「まず、気の張り方からなってないのさ。そりゃ、トレーニングを受けていないから仕方ないところもある。けれど、そこまでキセキに対して無警戒でいるようには言わなかったと思うんだが?」


「いや、僕の時と違って体が入れ替わってるだけですし、そこまで警戒する必要は、痛い!」


 言い訳をする僕の体に、師匠はあちらこちらからツンツンと指でつついてくる。


 向こうの方が突き指をしそうな速さなのに、師匠は特に気にした様子も見せずに僕の体をつつき続ける。


「実力不足、努力不足。あとはあれか、才能不足」


「ひどくないですかね?」


「思い上がるな。一人で向き合えないのに力を貸そうとした代償だよ。どうにかしようと動くのが速すぎるんだって全く」


「痛い、痛いです! これタレカの体なんですからね」


「今の痛みは一瞬だよ」


 その後もタレカの体ということを気にした様子もなしに、師匠は僕の体を突き続けてきた。


 まるで針で突かれているんじゃないかと思うほど鋭い痛みが身体中に突き刺さる。


 何か、キセキが源泉となる力でも使っているのかもしれない。


「これは特になんでもないよ」


「何も言ってませんって」


「あ、あの!」


 そこでようやく、タレカが口を開いた。


「タレカちゃん。どうかしたのかな?」


 僕に対してたのは打って変わって、師匠が柔和な笑みを浮かべる。


 僕に対しては一度も向けたことがない幼女らしい無邪気な顔だ。羨ましい。


「痛い! なぜ」


「変なこと考えたからに決まってるじゃないか」


 口に出してもいないのに……。


 本当に僕に対してはいつもこうだ。なんだってこんな目に遭わねばならんのじゃ。


 少しあっけに取られて呆然としていたタレカは、こほんと小さく咳払いをして師匠を見た。


「あの。メイトが可哀想ですから、その辺でおやめにしてもらえませんか?」


「そうだね。ワタシもそんなところだろうと思っていたところよ」


「嘘だぁ。ヒッ」


 キッとにらみつけてきただけなのに、なんだか突かれていたところがジンジンと痛む気がする。


 僕は身体中をさすりながら師匠が座るのを見守った。


「かなりの荒療治だけど、これでも戻るにはいい手がある」


「そういうのがあるなら最初から教えてくださいよ」


「だから荒療治なんだ。初めから勧めるものじゃない」


 まったく、と理解の遅い子どもでも見るような目を向け、師匠が説教を講じようとしたその時、僕のスマホが鳴った。


 着信ではなく、メッセージの通知。


「はぁ。人と会うなら通知は切っておくべきじゃないのかな? メイト」


「いや、連絡がほとんどないんで忘れてました」


「いつくるかは人の多さとは関係ないだろう」


 諭されてしまった。タレカとは別ベクトルだ。


 なんて考えながら、パスワードを入力してメッセージを確認。


 ただ、送られてきた内容に、どうしたものかとほほをかく。


「なんて書いてあるの?」


 スマホの画面をのぞき込んできたタレカは僕と同じように渋い顔をした。


「流石に帰ってこいってさ」


「どうするの?」


「前と同じ方法で戻るしかないかな」


 僕が久しぶりにお札を取り出そうとしたところで、師匠は短い腕を目一杯僕らの方に伸ばしてきた。


「返せと?」


「そうじゃないさ」


 にこやかに師匠は僕ら二人の顔を見てくる。この人のこの顔には嫌な予感しかしない。


「ちょうどいい機会だ。なってみるといい。そこでならきっと別人になれる。今のタレカちゃんならきっと普通に立ち回れるさ」


 僕は一度スマホに目を落とし、それから師匠を見て、タレカの顔に目をやった。


 驚いた表情で固まったタレカは口をパクパクさせて緊張したように顔をこわばらせている。


 つまり、タレカが僕になるってことか……?

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