第41話 遊園地の最後に

 観覧車に乗ると遊園地も最後って気がする。


 かろうじて小さい頃の悪くない記憶が思い起こされるからか、それとも最後の最後でようやく終わったと思ったら高所でゆっくりと過ごさないといけないトラウマからか、僕の記憶にも強く残っている。


 僕のそんな心情を知ってか知らずか、タレカは申し訳なさそうに僕の正面でうつむいていた。


「今日が終わるのが悲しい、みたいなセンチメンタルな感じなのか?」


 僕が冗談めかして聞くとタレカは首を横に振った。


「毎度毎度、家族が来てごめんなさい」


 謝るタレカに僕はふっと吹き出してしまった。


「別に気にしてないって」


 それを見て、上目遣いだったタレカは、ほっとしたように息を吐き出した。


「授業参観かよ、とか言われるのかと思ってたわ」


「ちょっと言おうかと思ったけど、先にタレカから言われるとはな。でも、別にいんだよそのことは」


 互いに笑い合うと少しだけ距離が縮まったような気がする。


 入れ替わった後の初対面時には、思いっきりぶたれたくらいだから、正直、嫌われているかと思っていた。だが、その後、師匠とのやり取りがあって切り替えてくれたところは、タレカに救われていたと思う。


「なあタレカ、一つ聞いていいか?」


「いいわよ。恥ずかしいことじゃなきゃなんでも答えてあげる。それが代償っていうなら望むところよ」


「代償とか言うなら、恥ずかしいことも答えてほしいけど」


「メイトがどうしてもって言うなら、一つだけ。一つだけだからね」


 もじもじしながら頬をあからめ、タレカはチラチラとこちらを見て言ってくる。


 珍しいタレカの様子に少しドギマギしつつ、じゃあお言葉に甘えて、と僕は口を開いた。


「タレカってさ、僕に内緒でSNS更新してるだろ」


 ギクリ、と音が出そうなほどぎこちなく固まって、タレカは僕から視線をそらした。


「な、ナンノコトデスカ……?」


 明らかに動揺した様子で、カチコチな言葉づかいで言いながら、タレカは僕と目を合わせようとしない。その額には汗が浮かんでいるのが見える。


「嘘、下手か?」


「そ、ソンナワケナイジャナイ。オンナノコナンテ、ウソマミレヨ」


 どこの大根役者だ、というくらいの棒読み加減で、タレカは言い切った。


 僕の方からにじりよっても、相変わらず僕と目を合わせようとしない。


 僕だってなんとなーくだが、おかしいな、とは思っていた。


 結構な割合で、僕の後ろに立っていたし、一歩引いて歩いていた。僕を矢面に立たせて肉壁にしてるのかと思ったけど、そんな危険地帯は歩いていない。挙げ句の果てに興味は薄れていない感じだし、という弟くんの言葉。たまたまスーパーで会ったとか、たまたまカフェで遭遇したのなら、近所だし、で一応の説明はつくだろう。でも、そうdではなく、遊園地のどこともない場所にいる僕らに遭遇。その前にも、周りの人の浮ついた反応。


「挙げればキリがないけど、どうやら僕が成山タレカらしい、ってことが周りにバレるような何かがあって、それが原因なんじゃないかと思ったんだよ。それでSNSの可能性を疑った。僕は当然やってないから、近くにいるタレカってことになる。違うか?」


「た、多分、そうです……」


 自主した犯人みたいに、タレカはガックリとうつむいた。


 かなりの割合、僕は割りを食っていたかもしれない。


「ごめん、なさい」


 謝るタレカに僕は深刻にならないように大袈裟に腕を振った。


「いや、別にいいんだよ。なんでも話さなきゃいけないワケじゃないし、未練があるのも自由だけどさ」


「そうじゃないの!」


 僕の言葉に割って入るようにタレカは大きな声で言う。


「それは違う。隠してたのは申し訳ないし、ファンの人は好きだった。受け入れてもらえないかもしれないって不安な気持ちもあった。それは事実。でも、今はそれが第一じゃないの」


「第一じゃ、ない?」


 言うか言うまいか悩むように、タレカは視線を泳がせる。


「さっき言ったな、恥ずかしいことも一つならいいって」


「い、言ったけど、いいの? こんなことで。もっと、その、え、えっちなこととかじゃなくて」


「いーよ別に。今女の子だし、タレカだし。姉妹だし。それに、女の子の秘密を知るのは、よっぽどえっちじゃないか?」


「ば、馬鹿! 変態!」


 ひどい言いようだったが、タレカは少し安堵したのか、肩の力が抜けたように見えた。


「初めは、なんとなくだったのよ。メイトに言われたような気持ち。名残惜しさ。でも、被写体であるメイトはカメラ向けると歪な顔だけど、自然にしてる顔は結構好きだったから」


「ふーん?」


「だから、すぐに残しておきたいって思った。それだけだったの。メイトといる瞬間を切り取って、確かめたいって。そしたら、だんだん楽しくなってきちゃって。それで……」


「写真を、残したい」


 僕がうなずきつつ聞き返すと、タレカは、かーっと耳まで赤くなって、ぶんぶんと顔の前で手を振ってその顔を隠してしまった。


「い、今のなし! やっぱなし! この変態!」


「いや、それって」


「いーから、これ以上深く聞かないで! 質問は一つだけ! 以上! 実質二つだからね」


 何か言おうと口を開くと、タレカが涙目でにらんできたので僕はおとなしく口を閉じた。


 少し興奮気味に呼吸を整えるタレカは、やはり僕の面影があるのに別人のようで、僕みたいにキセキがなくとも生きていけそうなほど豊かな人生を送っているように見える。


 でも、今話してくれたように、彼女もまた色々と考えて生きているのだ。


「これまでのこと、多少吹っ切れたってことでいいのか?」


「全部は無理よ。そんな簡単にいくワケないでしょ」


「だよな」


「でもね」


 観覧車は最上部まで来たのか、動きが一度止まった。遠くまで、僕らの住むあたりまで見えそうなほど、遠景が見渡せる。


 そこでタレカは黙って立ち上がると僕の隣に座ってきた。


 グラグラ揺れるゴンドラの中で、にわかに心臓が跳ねる。


 まだ少し赤い顔でタレカは僕を見て笑った。


「メイトのおかげで進めた気はするのよ。ありがとう」


「い、いやぁ」


 照れる僕にタレカはそっと体重を預けてくる。


「弟もぶん殴ってくれたものね。清々したわ」


「あっはははは」


 僕は少しだけその体温を感じながら観覧車に揺られていた。

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