第39話 絡んでくる男

「視線は気にしなくていいわよ」


 うつむいたままの姿勢で、タレカはぽつりとそんなことをつぶやいた。


 僕がタレカの顔を見ると、それに合わせて顔を上げたタレカが無理をしてるような苦しそうな笑顔を作った。


「どうして」


「あんまり周りが触れてこなかったから実感はなかったかもしれないけど、気づく人は気づくってことよ。私が成山タレカだって」


 流し目に周囲に目を向けながらタレカは言った。


 周囲の人は、特に何もしていない僕を見て、なにやらうわさしている様子で、顔を向けると、にわかにはしゃいでいるのがわかる。せっかく遊園地まで来ているというのに、他のものには目もくれず、僕を見ていた。それでも彼らは楽しそうだ。


 タレカはかなりの有名人。覚えている人は覚えている。例え見なくなったとしても、インターネットに動画は残り続けている。時間が経って顔が多少変わったところで面影までは消せない。


 言いたいことはそんなところか。


「堂々としていれば案外気づかれないものなんだけどね。いかんせん人が多いと割合は同じでも結果は変わってきちゃうのよ」


「そういうものか」


 少しの間、自分が何と直面しているのか理解が追いつかなかった。けれど、そう、僕は未だタレカの中にいるだ。今起きていることは自分の身に直接降りかかってきていること。


 これもまたキセキに合えば起こること。


「こんなところまでついてきてくれたのに、私のせいで迷惑かけちゃったわね」


 頭を下げようとするタレカに、僕は手を伸ばしてその動きを止めさせた。すぐに首を横に振る。


「メイト?」


「別にタレカが謝るようなことじゃないって。それに、対して気にもならないよ」


「でもメイト、人の注目を集めるタイプじゃないでしょ? フォロワー何人?」


「ぬぉい! 人がフォローしようとしてるってのに」


 ただ、事実だから仕方がない。


 タレカが笑ってくれたからよしとしよう。


「たしかに僕は人の注目は集めないさ。けど、衆目の的にされることには慣れてるよ。はぐれものってのは石を投げるにはもってこいなんだろうさ」


「なるほどね。それはとても、身に覚えがあるわ」


「ここでこそナイフを突き立ててほしかったけどね」


 お互いの傷をえぐり合うような真似になってしまい、僕は苦笑いを浮かべて誤魔化した。


 それでもこれはこれでお互い様だと思う。僕はいつもタレカの言葉に翻弄されてきた。


「はーいはい! やめやめ! 彼女たちはこの場所のキャラクターじゃないよー!」


 突然、人垣をかき分けるようにして、僕らより少し年下に見える男の子が大きな声を張り上げた。


 口に人差し指を当てたり、身振り手振りを大きくしたり、カメラを向ける人の間に割って入ったりと、なにやら縦横無尽に動き回って、この場を収めようとしてくれているみたいだ。


「ほら、撮るな撮るな、勝手に撮るな。あっちいけ」


「チッ」


「んだよ態度悪いな。人に迷惑かけてるのはどっちだよ、ったく」


 色々ぶつくさ言いつつ、めんどくさそうにしながらも、男の子は僕ら目当てのお客さんを一掃してくれた。


 ここらの遊園地じゃ、周囲さえエンタテインメントにしてしまう、なんて話は、流石の僕でも耳にしたことがある。一部でキャーキャー言われていたし、もしかしたらスタッフの人が気を回してくれたのかもしれない。そんなふうに思ったのだが、この場所に誘った張本人であるタレカは、男の子のことをにらみつけていた。


 余計な真似をと言いたげな表情でこちらへ歩いてくる男の子に今にも噛みつきそうだった。


「さーてと、厄介者はあらかた片付いたってことで、彼女たち、女二人でなにしてんのさ。俺も混ぜてよ」


 スカしたように前髪をかきあげつつ男の子はそんなことを言ってきた。


 前言撤回。


 こんな奴が遊園地で働いていたら傍迷惑だ。絶対にあり得ない。働きながらナンパをするような輩は例え何をしていても絶許だ。バラして埋めてやろうか。


「おいおい。無視は酷いじゃんよ。俺との仲じゃん。なぁ?」


 僕らが何も答えないでいると、男は傷ついたみたいに胸を押さえながら、僕の顔を見て言ってくる。


 さっきの今で何を知ったような口をきいているのか。これがチャラ男。軽い男。とかそういうやつか。どうせ女の子と付き合っても平気で乗り換えたりするんだろうな。


 僕はひとまず立ち上がった。


「お。何? やっと行く気になった? 話す気になった?」


 それから軽く体を回してストレッチをする。


「ああ、ずっと動いてなかったみたいだしな? でも迂闊だったよな。人に写真撮取られちゃうほど同じ場所にいるってのは」


 整ってきた呼吸を大袈裟に確認するように僕は深呼吸を繰り返した。


「いやぁ。でも、今のはやっぱり俺のカリスマかな? あれだけの人がいても、俺ならできるって思ってたわ。ごめんね、お姉さん」


 何やらよくわからないことを言う男は、タレカに対して手刀を切って謝っていた。


「さ、行こうか」


 僕は伸ばされた男の手をかわすように体を捻る。


「え」


 予想外の行動だったのか、男は驚いたように両目を見開いて、少し重心が傾いたようだ。


 さっきストレッチのフリをして、周囲の人間がこちらを見ているか確認は済ませた。結果、誰も見ていなかった。そして、男の前振りのおかげで、誰もカメラも向けていない。誰のカメラも向いていない。何もかもが僕を見ていない。そう、これがいつもの僕。


 捻った勢いをそのまま威力に変えて、僕は男の顔面を思いっきり殴り飛ばした。


 ナンパ男は鉄拳制裁。


「ふがっ」


 吹っ飛ばされた男は、やはり何が起きているのかわからない。そんな顔で吹っ飛ばされた。


 ゴロゴロと地面を転がって、無様にその場に倒れ伏した。なおも周りは、僕も男も見ようとしない。


 まるで何も起きていないように見ようとしない。


「ふぅ」


 息を吐いて手を払う。


 吹っ飛ばされている男の顔は、誰かに似ているような気がした。が、きっと気のせいだろう。

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