第31話 このままでいいのか?
タレカは少し吹っ切れたように見えた。
「いい場所ね。ここ」
僕が普段昼休みを過ごしている場所へやってくると、タレカはさわやかに言ってのけた。
「もう三度目だろ?」
「言ってほしかったんでしょ? ここに来た初日にそんなこと言ってたじゃない」
覚えていたのかと僕の顔が熱くなる。
そんな僕の様子を見てタレカは、しおらしいのは好きよ、と鼻を突いてきた。
そんなキャラだったか、お前。
僕のジト目を機にすることなく、タレカはパンと両手を鳴らした。
「さ、食べましょ。数日過ごした感じからして人は来ないんでしょうけど、時間が経ったらもったいないわ」
「うん」
やけにニコニコした笑顔で開けられた弁当箱の中身はやたら揚げ物が多かった。
唐揚げ、コロッケ、磯辺揚げ。
全体的に茶色い食べ物が箱の中身を占めていた。
「何故に揚げ物揃いで?」
「どうしてって、好きでしょ? 男の子」
「偏見だぞ」
「嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど」
「素直じゃないわね」
ケタケタ笑いながら、タレカは早速、唐揚げを箸で摘み上げた。
またしても僕の分とか構わずに食べてしまうのだと思って見ていると、その箸は僕の方へと突きつけられた。唐揚げがグイッとくちびるにぶつけられる。
「ちょ、ちょっと。何してんの?」
「ほら、食べなさいよ」
「どんな脅しだ。急に怖いって」
「美味しいわよ。さあ」
「怖い怖い怖い。何も入ってないのは知ってるけど、何かあった?」
「何も? さ」
これ以上抵抗していると顔面が油まみれになりそうだったので、僕はおとなしく口を開けた。
入ってくる唐揚げは弁当用らしく、冷えてこそいたが硬めの食感としょうゆっぽい味付けが口いっぱいに広がって美味しかった。毒は入ってなさそうだ。
「どう?」
「美味いな」
「でしょ? よかった。頑張って作った甲斐があった」
一人勝手にはしゃぎつつ、毒味は済んだという感じで、タレカは自分でも唐揚げを食べている。本当、別人みたいに食事を楽しんでいるようで、んー、と満足げにうなりながら唐揚げを頬張っていた。
なんだか一人解決したみたいになっているようだが、僕としては昨日の一件だけで解決したとは思っていない。今のタレカの様子が演技だとは思っていないし、昨日のタレカの話が作り話だったと思っているわけでもない。だが、タレカはの笑顔を作れる。それも、かなりの精度だ。
今のタレカの様子は、あくまで隠すべきものを一つだけ気にしなくてよくなったことからだろう。
現に、僕らの肉体は未だ入れ替わったままだ。
「なに難しい顔してるのよ」
「いや、嫌いじゃないとは言ったけど、脂っこいもの、量は食えないぞ?」
僕の食事に対する正直な感想に、タレカはじっとりと僕の顔を見てきた。
「なんだよ」
「カッコ悪い」
思っていることがバレたのかと一瞬どきりとした。だが、タレカがため息をついてから続けた言葉に僕は少しだけ胸を撫で下ろした。
「食が細いのがかっこいいとか思ってるならやめた方がいいよ」
「別にそんなこと思ってないんだけど……?」
「もうね。痩せ細ってるから細マッチョとか、そういうんじゃないから。メイトのあれは単に細いだけだから」
「いや、細マッチョとも言ってない。なんだ? 僕は急に何をほじくり返されてるんだ?」
「そうやってとぼけて、察しが悪い自分を演じてるんでしょ? もう、寒い寒い」
「待て待て。そんな飛躍した発言、今までのタレカになかったろ。それは別キャラだろ」
僕の言葉を受けて、タレカはふふっと笑ってから、再度、僕に対して箸を突きつけてくる。
今度は料理にキスする前に口を開けて、されるがままに放り込んでもらう。
今放り込まれたのは、どうやら衣のついたものらしい。よく見ていなかったが、弁当箱の中身からして、コロッケだろう。じゃがいものコロッケみたいだが、これまた冷えて甘味が感じやすく美味い。
「どう?」
「うん。美味いな。やっぱ料理上手には憧れちゃうな」
「ふーん? 誉め殺しで仕返しをしようというのね? ただ、それには装填が少ないわ。もっとたたみかけるようにしないと、照れ殺しは出来ないのよ」
「いや、違う。確かにすごいと思ったけど、誉め殺そうとはしていない」
「またまた。メイトはそうやって恥ずかしがるところがあるからね。ただ、そんなところも可愛いのだけど」
「待ってくれ、お前誰だよ。そういう方向性でキセキを解決することにしたのか? なら話を通してくれ」
「ああ。キセキなんてものもあったわね。でも、もういいんじゃないかしら、こうして二人楽しく過ごせているのだから」
「……」
投げやりどころか投げ出したような言葉に僕は思わず黙ってしまう。
まだ攻撃力の高い言葉を言われたなら、何か切り返せたかもしれない。それほどまでに、タレカの言葉は雑だった。
「それ、本気で言ってるのか?」
「何よ、怖い顔して。そんな真剣にならなくてもいいじゃない」
「いや、大事なことだよ。タレカはそれで本当にいいと思ってるのか?」
「……」
そこでいつのものような冷ややかな表情に戻るとタレカはため息をついた。
「私だって考えたのよ。焦って色々やると人目について迷惑をかける、って」
「それは僕のことを言ってるのか? 昨日、僕の身にも色々あったから」
「……そうよ」
タレカは小さく返事をした。
「当然でしょ。メイトはメイトじゃない。私の問題に巻き込んでいいわけない」
「もう巻き込まれてるよ。だから、一つ二つ問題が増えても負担になんてなりやしないさ」
僕が言うと、タレカは少しだけ目を大きくした。こんな返事が返ってくるとは思っていなかったのかもしれない。
「気にしなくていいとは言わない。ただ、タレカが自分の気持ちをないがしろにしてまで、僕はこの状況がいいとは思わない」
「……そう」
それからしばらくタレカは黙っていた。
むしゃむしゃもぐもぐ黙りこくって弁当の中身を食べ進めて、中庭の日陰になった場所を見ている。
ようやく動きがあったと思った時には、タレカは大きく息を吐き出した。
「決まったか?」
「カフェに行きたい」
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