第28話 探していたもの
「やっぱこの店冷えるな」
「そう?」
「普段から来る場所だから気にならないだけで店内は結構冷えてると思うぞ」
「うーん。そういえば、このお店で暑いって感じたことないかも」
「だろ?」
とはいえ寒いわけでもないので気にせずカートを用意する。
うまそうに食べてくれたことで調子に乗ったわけでは断じてないが、まだ食材は余っているにも関わらず、僕とタレカはスーパーへと足を運んでいた。前日の宣言通り、今回はチャーハンを作るらしい。
男飯代表チャーハン。みたいなイメージがあるが、実のところ作ったことはない。なんとなく完成系のイメージはできるものの、具材と調理工程については全くと言っていいほど分からなかった。
「なんだか調教されてる気がする」
「ちょ、調教とか言わないで。二人で一緒に料理してるだけでしょ」
「昨日は片付けも一部やらせてくれたし、料理してるだけなのかもしれないけど」
「だけよ。だけ! 他のなんでもないんだから」
「はいはーい」
「まったく」
口調とは裏腹に、タレカは少しほほえんでいるように見えた。
さて、今回の料理であるチャーハンだが、僕も何をどうするのか分からないため、いつもより周りを見ていた。だが、なぜだかタレカまで周囲を観察しているように見える。
昨日の感じからして、どこに何があるのか把握しているようだったのに、タイムセールの予兆とかそういうのがあるのだろうか。
待てよ? ここに来るまでも、なんだか焦っているような様子だった。これは今回くらいは僕の予想が合っているという証拠じゃないか。
「タレカ。そういうことなら任せておけ」
「急になんの話?」
「みなまで言うな。僕とタレカの仲だろ」
なんとなく言ってみたかったセリフを口にしつつ、僕も昨日とは違う雰囲気を探してキョロキョロする。
「どんな仲よ」
対してタレカは僕の様子を見て不思議そうに眉根を寄せた。それから、あちこちへ視線を向けるのに戻ってしまう。
へーあれは玉子だったのか、なんてチャーハンの具材がカゴに入れられるのを感心しつつ、意識は周囲へ向けているのだが、すぐにタイムセールが始まる様子はない。これは単に恥ずかしいセリフを吐いたイタイヤツになっているかもしれない。そんな危惧をし始めた時、
「タレカ!」
聞き覚えのない声がタレカのことを呼んだ。瞬間、タレカの背中がびくりと跳ねた。
慌てて手を引いてくるタレカだが、カートが引っかかってうまく動けない。
仕方なく叫んだ声の方向を見ると、そこにはメガネをかけた中年くらいのおっさんが一人。少し駆け足で近寄ってきていた。そのおっさんは勢いを緩めることなく接近してくると、いきなり僕の肩を掴んできた。
「タレカ。十分休んだだろ。気持ちはわかるが戻ってくるんだ」
「……」
あっけに取られて僕はおっさんの顔を見つめ返す。
必死そうな表情で鼻息を荒くしたおっさん。肩を掴む手には興奮により力が入っているのか少し痛い。
普通に怖い。
何が一番怖いって、自分がどうしてこんな目に遭っているのか分からないのが何より一番怖かった。
「タレカ。なあ、返事をしてくれ。会話をしよう」
「タレカ……ああ。僕のことか」
何度か揺さぶられつつ名前を呼ばれ、どうしてタレカではなく僕に食ってかかってきていたのか分からなかったがようやく理解できた。今は僕がタレカの見た目をしていたのだ。学校でも変なものを見るような目を向けられていたが、お互いをお互いの名前で呼んでいた。そのせいで、すっかり入れ替わっていたことを失念していたのだ。今のキセキはただの女体化じゃない。それと、札はめんどいのでつけていない。
なんて言おうか考えていると、突然、おっさんの手が僕から離れた。何事かと身構えると、おっさんは体をわなわなと震わせ出した。
「ぼ、僕と言ったか。今、僕と言ったのか。休み過ぎてキャラがぶれているぞ」
「キャラブレって言われても……」
僕は別にタレカを演じてはいない。そもそも僕は演者じゃない。演技なんてできないのだ。見る人が見ればバレるという現実を突きつけられて、苦笑いしつつ頬をかく。
助けを求めようとタレカを見たが、タレカの方は顔を青ざめさせて動きを止めていた。今まで見た中で一番顔色が悪い。寒いわけじゃなさそうだ。様子が尋常じゃない。
このおっさん、ただのファンかと思ったが、なるほど。実の家族ってところなのか。どおりで距離感が近いわけだ。ただ、女子高生の娘に対する態度じゃないよな。僕の妹にやったら、ぶん殴られても文句は言えない。
「タレカ。今からでも遅くはない。キャラブレも戻ってくればすぐに解消できるさ。だから、な? また一緒にやろう」
「……そ、れは」
微かに声を出したタレカの声はおっさんの耳には届いていない。僕に掴みかかってきた時から、おっさんは他のものには目もくれていない。
周囲にいるお客さんは僕たちを見てうわさ話を始めている。そろそろ店員さんが来てもおかしくない。が、ここで大ごとにするのは僕らにとっても得策じゃなさそうだ。
僕はおっさんの目をまっすぐに見つめた。
「私は私の道を行く。これは決めたことだから。この子と変わるって決めたの。それじゃ。行こ」
「……あ、うん」
震えるタレカの手を引いて、僕はおっさんから離れた。
呆然としたように突っ立っているおっさんは僕らを見つめながらも追ってくることはなかった。強行策に出ることは、お互いにとって不都合だと悟ったのかもしれない。
必要そうなものは、ほとんどカゴに入れた後だったので、さっさと会計を済まして僕たちはすぐに店を出た。
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