第16話 これが本物の美少女なんだ

「いやぁ。何も言えなくなってたなぁ」


「そうね。あそこまで悔しがってる吉良さんは初めて見たわ」


「僕もだよ。人ってあそこまで狂気に染まった顔ができるんだね」


「まさにぐうの音も出ないってことなんでしょう」


 僕らは、口々に吉良さんのことを話題に出しながら帰り路を歩いていた。


 普段ならこんなことありえないのだが、僕ら二人は学校での出来事を話しながら帰っている。


 授業後の着替えの場面でも、授業前と同じように目隠し、耳栓、鼻栓で着替えさせられたが、そんなこと気にならないほど、授業での出来事は僕の心をすかっと晴らしてくれた。


 あまり接点はなかったが、教室にいるだけでにらみをきかせてくるのが吉良さんだったので、個人的に一つお返しができたのは嬉しいことであった。


「それにしても、まだ戻らないんだな」


「そういえばそうね」


 これでも入れ替わってから丸一日だ。逆に言えば、まだ一日とも言える。


 僕は自分の体、もといタレカの体を見下ろしながら改めてキセキで起きた出来事を確かめた。


 可能な限り色々とやってきたつもりだが、それでもまだキセキへの対抗という面では足りないらしい。


 言ってしまえば、スピリチュアルでファンタジーな現象なので、何がきっかけで元に戻るかはわからないのだ。


 この一日の取り組みでも戻らないとなると、根気強く一つ一つの可能性を確かめていくことになるのだろう。


「まだ新しい誰かになることに満足いってないってことなのか?」


「そういうことになるのかしらね。いえ、違うかもしれないわ」


「と言うと?」


「もしかしたらだけど、メイトにとって私の妹という立場が重責だったのではないかしら。荷が重すぎたのよ」


「ほう? 僕に責任を求めてくると? さっきの授業では僕の活躍で吉良さんに一杯食わせられたというのに?」


「冗談よ。短い間で随分人となりがわかってきたわ。メイトは信用するには十分なくらい意気地なしで人がいいってことがわかったもの。妹という役割を全うできないわけではないんでしょうね」


「なんだか褒められてる気がしないな」


「褒めてはいないわ。ただ、信じているだけよ」


 楽しそうに微笑みながら、タレカはふふっと笑った。


 タレカは本当にこんな奴を助けていいのかと思うくらいには性根が腐ってると思う。


 それでも、僕のほうも、この一日で以前よりタレカの人となりがわかってきた。だから、ただのクールではなく面白い奴だという事はわかった。


 わかって思う。未だ見えない心の底。どうしてタレカが誰かになりたかったのかという真相が見えない。


「何よ。真剣な顔して。ちょ、ちょっと言いすぎたかもしれないわ。ごめんなさいって」


「いや、怒ってるんじゃないんだよ」


「じゃあどうしてむすっとしてるのよ。私つり目だから怒ってるように見えるのよ」


「それは悪かった。これでいいか?」


 タレカの指摘を受けて、僕はできる限りの美少女スマイルを作ってみせた。


「却下」


「ひどっ」


 即断即決で切り捨てられた。


「ひどくないわよ。キモいんだもの」


「キモくないだろ。キモくは!」


「キモいわよ。笑うならもっと写りのいい笑顔をしなさいよ」


「そんなに言うなら見せてみろよ。写りのいいスマイル」


「はあ……しょうがないわね。本物を見せてあげるわ」


 そこでタレカは、なぜか小さく咳払いをすると少しだけうつむいた。


 急に歩みを止めたタレカに、僕は少し前に出てからタレカのことを振り返る。その場で立ち止まってうつむいた顔を覗き込むように頭を下げたところで、タレカはすぐに顔を上げた。


 瞬間、僕の心臓が跳ねたかと思った。いや跳ねた。


 タレカの顔を見た瞬間、自分の心臓が早鐘を打つように、ドクンドクンと鳴っているのがわかる。心臓の鼓動が耳まで響いてくるのだ。それは、可愛らしくも儚げな本物の美少女を視界に入れてしまい、まるで花畑の中にでもぶちこまれたように、心が安らぎと興奮を同時に覚えているような症状だった。


 心も目も脳も思考も感情も、全てが目の前の美少女に釘付けになって一切合切離れない。今周りで何が起きていようとわからなくなってしまうほど、僕の全ては目の前の少女に注がれていた。


「はい。これでいいでしょ? わかった?」


「……」


「はいはい!」


「はっ」


 目の前で両手を叩かれて、ようやく僕の意識が現実に戻ってきたのを感じた。


 今まで自分がどこで何をしていたのか忘れてしまうほど、目の前のタレカは美少女だった。


「何自分の顔に見蕩れてるのよ。もしかしてメイトってナルシスト?」


「いや違う。違う、はずだ。だって今の笑顔は僕にはできない。タレカの天才的なスキルだろ?」


「……そうね」


 いつものタレカなら褒められて増長しそうなところを、ここではなぜか、さしてうれしくなさそうにそっけなくそっぽを向いて答えるのだった。


 これも、タレカの過去に原因があるのだろうか。


「ゲームやりたい」


「は?」


「ゲ・ー・ム・が・や・り・た・い・の!」


 急に話題を変えるように、タレカは一音一音切るように僕に向かって言ってきた。


「なに? ゲームがやりたいって?」


「そ。姉妹揃ってゲーム。いいでしょ?」


「それくらいやったことあるんじゃ?」


「いいからやるの! 持ってるでしょ? 男子なんだし」


「男子に対する偏見がすごいよな」


「え、なに? 持ってないの?」


「持ってるけどさ」


「持ってるんじゃない」


 当たり前のことを言わせないでとばかりに、タレカがやれやれと肩をすくめた。


 悔しいがここの偏見は想定通りだったわけだ。


 ただ僕は常日頃からゲーム機を携帯してるようなタイプのゲーム好きではない。


「ほら、帰ってやるわよ」


「残念ながら、僕のゲームはここにはないよ」


「ないの? 弟はどこへ行くにも持ってってたわよ?」


「僕は違うの。ゲームがあるのは僕の家。家庭用だからね」


「あ……」


 僕の言葉を聞いて、タレカは顔を青ざめさせた。


 そりゃ、僕の家って事は、今のタレカの肉体的な実家ってことだし、行けば僕の家族と会うことになる。


 聞いただけでも不安だよな。

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