第4話 僕らはどこへ帰ろうか

「童島さん、ありがとうございました」


「ん。しかし、ようやく名前を呼んでくれたね」


 別れ際、なんだか気まずそうに頬を染めながら、成山さんが僕の手を引いて、そそくさと師匠のいる小屋、アリス・イン・ワンダーランドを後にした。


 今はと言えば、その帰り道だ。


「じゃあいったんここで別れて、姉妹ごっこはまた時間をとってってことにするか」


「ダメ」


 僕の提案を一蹴するように、成山さんはそう言った。


「いやでも、こんな状況で、どっちかの家に泊まり込むってわけにもいかないでしょ? なら、バラバラに別れるしかないんじゃないかな?」


「とにかくそれはダメ」


 なんだかよくわからないが、あまり気に入らないようなので、強制するわけにもいかない。


 そもそも、僕は師匠に依頼人である成山さんを任された立場だ。当然、成山さんの意見が優先される。


 実際、僕は演技力がある方じゃない。成山さんなしで成山さんのフリをするっていうのは、どこかで必ず無理が出るだろう。


「なら、ホテルとか?」


「ありえない!」


「別に何もしないけど」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 怒られてしまった。


 僕としては悪くない意見だと思ったのだが、仮のも精神的には男女だし仕方ないか。


 ただそうなると、他に何かあるだろうか。


「それより先に、メイトちゃんは私の家族について何も聞かないの?」


「もう妹としての呼び名はメイトちゃんに固定なんだね」


「茶化さないで」


 頼りにしていると言っていた割に、なんだか警戒した様子で僕に詰問してくる成山さん。


 茶化しているのは成山さんの方な気もしたが、そんな反論が許される雰囲気ではなさそうだ。


 ホテルとか言ったのがよくなかったのかもしれない……。


「それで、どうなのよ」


 キツめの声音で問い詰めてくる成山さんに、僕は一つうなずいた。


「うん。気にならないよ」


 そんな僕の返答を聞いて、少しだけ意外そうに、成山さんは目を見開いた。


「どうして? もう十分調べ尽くしたってこと?」


「別にそういうわけじゃないんだよね。僕自身、あんまりSNSとか詳しくないからさ」


「この現代でSNSを一つもやってないの!? それは友だちもいないわよね……」


 まったくもって信じられないという感じで、成山さんが驚きの声を上げた。


「偏見がすごいし、変なところで同情してるのは、僕に対して失礼じゃないかな」


「でも、やってないんでしょ?」


「いや、一応やってるし、使えないほどじゃないよ。だけど、使ってるだけって感じ」


「やってるのに友だちいないんだ」


「そういうこと。別にいいでしょーよ。まあ、だから、成山さんの事も一応知ってただけで、周りほどは知らない。単に一年一緒のクラスだった人くらいのことしか知らない」


「ふーん」


 どういうわけか、成山さんが少しだけつまらなそうに見えた。


 成山さんにとっては知ってても知らなくても不満なのだろうか。


 いや、クラスメイトのことを知ろうとしてないんだから不満も持たれるってものか。


「そんなことなら、余計に気になるものじゃないの?」


「それも別にかな。話したくないことは聞かないし、聞かなきゃいけない状況でもないでしょ」


「でも、私たち、その……か、家族のフリをするんだから、隠し事なんて……」


 家族、という時だけ、成山さんはうつむきがちになり、声を震わせながらつぶやいた。


 僕もそんな今日初めて見る成山さんの様子にうーんと唸ってみる。


 成山さんへの指摘通り、彼女は知っている方が普通の有名人。有名な動画配信者。正確にはその娘だった。


 親の動画に登場する家族のような立ち位置で、確か、家族全員が出るようなチャンネルもあったはずだ。そこで、可愛らしい女の子として有名となった。それが、成山タレカの人生の一部。


 最近はそうじゃないとかなんとか、SNSのニュースに疎い僕じゃ、知っているのはそこまでだ。


 まあでも、僕は成山さんだからこう言おう、みたいな、おもんぱかったことを言える人間でもない。思ったままを言うだけだ。


「家族だってそんなものじゃない?」


「え?」


「何もかも包み隠さず、全部を明かすのが優しさでもないでしょ。僕だって、他の家族のことで知らないこと、いっぱいあるよ」


「そう。そういうもの」


「そういうものだと思うけどなぁ。全ての兄がシスコンじゃないように」


「その例えはちょっとよくわからないわ」


 それでも、成山さんの表情は少しだけ柔らかくなった。


 ホテルとか口走ってからの警戒の色が薄れ、なんだか安心してくれたように見える。


「それで、成山さん」


「私のことを苗字で呼ばないで、私、あんまり好きじゃないのよ」


「ああ」


 なんとなく、家族仲が悪いんだろうということは分かっていたし、驚くほどのことでもなかった。


 だが、これまで耐えていただけに突然言われて少し戸惑う。


「じゃあ、なんて呼べばいいの?」


「た、タレカ」


 照れたようにつっけんどんな感じで、成山さんが提案してきた。


「え、呼び捨て?」


「メイトちゃんは私のい、妹なんだし? 呼び捨てぐらい当然でしょ」


 すねたように唇をとがらせて、成山さんが言ってきた。


「女子を呼び捨てとはなかなかにハードル高いなぁ」


「何よ。嫌なの?」


「そうじゃないけど」


「ああ、ぼっちだから……」


「だからそこで同情するのはどうなのさ」


 はあっと、一つため息をついてから、僕も覚悟を決める。


 妹のことは常々呼び捨てだし、あれもあれで女子は女子だ。


「そいじゃよろしく、タレカお姉ちゃん」


「ん。いいわねメイト」


「はーい」


 お姉ちゃんと言われると、なんだか照れたように頬は赤くして、タレカがそっぽ向いてしまった。


 小屋を出る時、師匠に感謝を伝えていたところからもわかるように、タレカの根っこはいい子なのだ。


「なにニヤニヤしてるのよ」


「いーや? そもそも問題は名前じゃなくてどこに帰るかでしょ?」


「そんなの初めから決まってのよ。バラバラとか、ホテルとか、メイトが変なこと言うから話がそれたんでしょ」


「僕のせい?」


「そうよ。妹の暴走なんだから」


 早速、姉のロールプレイを始めているタレカに向けて、何か小言を言おうかと思ったが、妹はよく暴走するものだし、そういうものかと納得してしまった。


「それで、どこにするの?」


「私の家よ」


 さも当たり前のことのようにタレカは言ってのけたのだった。

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