第2話 専門家に相談しよう

 僕はクラスメイトで美少女の成山タレカさんと入れ替わってしまった。


 教室でいつの間にか入れ替わっていた時は、胸以外確認できず、何が何だかさっぱりだったが、改めて観察してみると、やっぱり成山さんは美少女だと思う。


 その顔は今、僕の顔になってしまっているので見えないが、それでも、長く伸びた色素の薄いロングヘアは綺麗に手入れがされていてツヤツヤだし、プロポーションはとても整っていて、身長も平均並みの僕より少し低い程度。女子の中では高身長だ。


 さらに、勉強も運動もそこそこできるってのが成山さんのスペックだった。


 はっきり言って近寄りがたいくらいにはできる人間だ。


「まあ、浮いているのはそのせいじゃないんだけどね。言わずと知れた有名人だから」


 僕の声にビクッと反応すると、腕の中にいる成山さんが急に暴れ出した。


「ちょっと待って。これ結構きついから動かないで」


「どういう意味よ! あんたが勝手に抱えてるのにその発言、女子に対して失礼でしょ」


「それは成山さんのトレーニング不足のせいだから」


「だから、女子にそれは失礼でしょって!」


「やめて本当に危ない、うわあ!」


 学校カバンを背負って、腰と膝を抱えることでなんとか移動していたのだが、暴れる成山さんのせいで僕は思わず転倒してしまった。


「あ」


 そこで少しだけ気まずそうに成山さんは視線をそらした。


 僕の眼前には、僕におおいかぶさるような形で成山さんが見下ろしてきていた。


 息と息が吹きかかるような、そんな眼前に女子がいる。ふわりといいにおいがする。


 もっとも、相手は僕の妹に似た、僕の面影を持つ女の子なので、ドキドキしたりはしない。


 シチュエーションとしては嬉しいのだが、なんだろう、実際に体感してみるとなんか違う。よっぽど、今僕の体が女の子の体になっているという方がドキドキする。


 しかし、成山さんの方はそうではなかったようで、少し顔を赤らめると、慌てたように起き上がって僕に手を伸ばしてきた。


「こんなところで寝てたら変な人に襲われるわよ」


「ありがとう」


 気を失う前までの態度が嘘のように、成山さんは僕を助け起こしてくれた。


「何よ。意外そうな顔して」


「いや、意外だったから、つい」


「私の体なんだから当然でしょ」


 そっぽを向いてそっけなく言うものの、うっすらと赤くなっているところが何ともほほえましかった。


「なんなのよ」


「ううん。なんでもない」


「それより、どうしてこんなところにいるの。私たち、学校にいたはずでしょ?」


「ああ」


 そういえばそうだ。


 僕に倒れかかってきた成山さんを抱えた時点では、僕たちはまだ学校にいた。


 ただ、その時すでに思い出していたように、もう少しで下校時刻だったのだ。


 というわけで、そのまま学校にいるわけにもいかず、僕はなんとか気を失った成山さんを抱えてここまで移動してきたわけだ。


 そんなことを説明すると、じっとりとした視線が僕に向かって飛んできた。


 男の姿の時にされたよりは可愛らしい感じで、成山さんがにらんできていた。


「それで、空き地に連れ込んで卑猥なことをしようとしていたのね」


「なんでそうエロ方面に話を進めるかな」


「え、エロって、遠谷くんがいけないんでしょ? この変態!」


「ここで罵られるのは納得いかない。そもそもここ空き地じゃないから」


「え?」


 僕が土管でも積み重ねられていそうな場所の中央を指差すと、つられたように成山さんはその方を見た。


 そこには、小さなサーカステントのような、紫色のカーテンで覆われた、いかにも怪しげな小屋が鎮座していた。


 異様な雰囲気に何かを感じ取ったのか、成山さんが僕の背後に隠れた。


「何あれ」


「もう状況は始まってるからね。専門家にかかる」


「専門家って、キセキってやつの?」


「そう。よく覚えてたね」


「記憶力はいい方なの」


「羨ましいなぁ」


「で、なんなのその専門家って」


 僕は一度咳払いをしてから成山さんの顔を見た。


「悪魔の悪戯とか神の施しとか、言い方は色々あるけど、とにかく不思議な現象をひっくるめてどうこうするエキスパートさ」


 僕の言葉に成山さんは疑わしげな視線を送ってきた。


「そんな妙ちくりんなものが本当に存在するの? いえ、存在しているからあんなところにあるんでしょうけど……」


「そういうこと」


 僕が一歩踏み出そうとすると、背後から肩を掴まれて僕は前に進めなかった。


「何するのさ」


「何よ。『アリス・イン・ワンダーランド』って。どう考えてもいかがわしいお店じゃない」


「いかがわしいかもしれないけど、大丈夫だよ」


「いかがわしいなら大丈夫じゃないでしょ。きっと、男性に対してあんなことやこんなことをする対価として、この状況を解消するに決まってるわ」


「じゃあ僕はどうして普通の生活に戻れてたんだよ」


「さっき一瞬ドロドロになってたでしょ。だったらもう、それは恐ろしい方法で男の人に快楽を」


「やめろやめろ! 僕で変な妄想をするな! そんなことは断じてない。表向きは占い屋さんだから」


「占い屋さんって、安っぽいけど、やっぱりいかがわしいじゃない。壺とか売りつけられないでしょうね」


「少なくとも僕は買わされてない」


「それは安心材料にはならないわよ」


 不安そうにしながらも、今度こそ踏み出した僕のことを成山さんが止めることはなかった。


 薄暗い小屋の中に入ると、香水のようなにおいが香ってきた。


「いらっしゃい。アリス・イン・ワンダーランドへようこそ。って、メイトじゃないか」


「お久しぶりです師匠」


「ふーん。なるほどね」


 小屋の中には、フリルの多くついた水色のワンピースを着ている小学生のような子が一人、怪しげな水晶を前に座っていた。


 金髪碧眼の少女はあきらかに日本人離れした見た目をして、その姿はまるで絵本の中から出てきたお人形さんのようだ。


 本当に、見かけだけは可愛らしい人なんだよな、師匠は。


「何、この子」


 成山さんがいぶかしむような目を向ける。


「こちら、童島どうじまさん。僕を助けてくれた人」


「どうも初めまして。童島アリスです。よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」


 警戒しつつも、成山さんが頭を下げる。


「そしてこちら、成山タレカさん。今回の依頼人」


「成山タレカです。って、あれ、私たちまだ何が起きてるか話してなかったわよね?」


 そこでようやく驚いたように、成山さんが僕に対してつかみかかってきた。


 師匠こと童島アリスさんは、僕が何か言う前に、僕の姿が変わっているにも関わらず、僕のことをメイトと下の名前でそう呼んだのだ。


「メイト。その子にキセキやワタシについて、何も話して来なかったのかな?」


「話しましたよ。でも、全ては話せませんから」


「どういうことよ。この人が元凶ってこと?」


「それは違うよタレカちゃん。ワタシはあくまで専門家として、経験値から状況を推測しただけにすぎない」


「それだけでわかるんですか? そんな見た目なのに」


「わかるよ。見た目が単なる飾りだってこと、キミが一番わかってるんじゃないかな? すでに二度も肉体が変わったキミならさ」


 ゴクリと唾を飲む音がした。


「なら、あなたが私を治してくれるんですか?」


「それはキミ次第だよ」


「どういう意味ですか?」


「だって、キミの願いは叶っている。キセキとはそういうものだ。人の願いがどうあれ、歪んでいようと、正しくあろうと、強制的であろうと関係なく、キセキは願いを叶えてくれるものだ。キミは、誰かになりたかった。自分の立場を誰かに押し付けてしまいたかった。違うかな?」


「……」


 成山さんは答えなかった。


 それを見て、童島さんは満足げにほほえんだ。


「なら、このまま願いを叶え続けるも、願いを捨てて戻るのもキミ次第だよ。キミがどうしたいか次第」


「私が、どうしたいか次第……」


 迷ったように成山さんはうつむいてしまった。

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